第22話 テオドール拉致事件④
「ここが占い師オニキスの館……」
シャルロットが馬車の窓から眺めながら呟く。
占い師オニキスの店は、高級店街の端にあった。
レンガ造りでこじんまりとしているが、神秘的な雰囲気のある外観だ。
「さあ、行きましょう」
赤い髪のウィッグを被ったシャルロットは、目元だけの仮面ーーマスカレードマスクを着けた。
テオドールの関係者とバレないよう、念のため変装をしているのだ。
(お忍びで訪れる客はマスカレードマスクで顔を隠していると噂好きのマダムが言っていたから、怪しまれることはないはず)
「馬車から出たら僕は護衛、シャルロットは貴族のお嬢様の設定だからね」
ユーリは護衛役なので顔を隠すことはしていないが、伊達眼鏡をかけて髪をオールバックにしている。
普段と全く印象が違うため、気付かれることはまずないだろう。
「ええ、気をつけま……気をつけるわ」
先に馬車から降りたユーリが、シャルロットに手を差し出してエスコート。
重厚な扉から店内に入って突き当たりにある扉を開くと、お香の匂いが漂って来た。
室内は少し薄暗く、幾重にも重なった赤や紫色のカーテンをランプの灯りが照らす。
天井から吊るされた月と太陽をモチーフにした金属のガーランドが輝き、美しくも妖しい雰囲気。
そんな部屋の中央に、ローブを羽織った若い男が座っていた。
「ようこそいらっしゃいました」
占い師オニキスが立ち上がり、挨拶をする。
長めの黒髪に緑色の目をした、ミステリアスな雰囲気の美男。
シャルロットはさりげなく左のイヤリングに触れる。
それを見たユーリが「私は外で待っております」と言って部屋を出た。
「さあ、お座りください」
オニキスに促されてシャルロットは椅子に腰を下ろした。
大きな水晶玉が乗った丸いテーブルを挟んでオニキスと向かい合う。
「今日は何を占いましょう?」
「『手相占い』で全体運を」
「では、右手をテーブルの上に乗せてください」
「はい」
オニキスが「美しい手ですね」と囁きながら、シャルロットの右手に触れた。
サイコメトリーが発動する。
『貴族のお嬢様やマダムは、これくらいで赤面するからチョロいんだよなー』
オニキスの心の声と共に、彼に手を握られて頬を染める貴族女性達の姿が次々とシャルロットの脳内に浮かぶ。
適当に占いっぽいことを話しながら、自慢の声で催眠術をかけ、金貨や宝石を少し奪う。
催眠の効きが悪い時は、セシュネを使えば催眠術をかけ放題。
貴族様からすればはした金だし。
催眠を解けば忘れるようにしてるから、問題になったことはないーー
(なるほど、そういう手口なのね。少額なら騒ぎになりにくいと)
『それにしても、仮面つけてても美人だな。サクッと食っちまうか? どうせ催眠で忘れさせるし~』
お香に混じってセシュネの匂いが漂い始めた。
オニキスがテーブルの下で、セシュネの瓶を開けたのだ。
(こいつ、女の敵だわ。二度と悪事ができないよう心を折らないと)
ゆっくりと瞼を開けたシャルロットが、口を開く。
「ティリトゥーダ・ク・ヨルシェ」
それは、サイコメトリーでオニキスから読み取った言葉。
途端に彼の顔色が変わった。
『死んだ親父に言われてた言葉……なんで知ってる!? 誰にも言ったことないのに!』
オニキスは弾かれたようにシャルロットから手を離して立ち上がる。
ガタンッ!
そのせいでオニキスが座っていた椅子が激しい音を立てて倒れてしまった。
しかし、シャルロットは動じることなく話を続けた。
「ルスラド皇国はもう雪が降っているのでしょうね、ソリュコペ・ダットゥオ」
故郷も本名もバレているーー
オニキスは、急いで出入口に向かって走った。
シャルロットは椅子に座ったままで、追いかけて来ない。
逃げられる! そう思った、直後。
「ぅがッ!?」
ドアが勢いよく開き、目の前にいたオニキスの顔面に直撃した。
反動に耐えきれず、カエルのように床にひっくり返る。
ドアを開けて入って来たのは、ユーリ。
そして、背後には彼の私兵に背負われた、眠ったままのテオドールが。
ユーリは馬車の中でシャルロットと交わした会話を思い出していた。
『声を聞いて犯人かどうか分かった場合、さりげなく合図を送ってほしいんだ』
『では、犯人なら左のイヤリングを触りますわ』
オニキスが犯人だと知ったユーリは外へ出た後、馬車の中で寝かせていたテオドールを私兵に背負わせて、ドア越しに中の様子をうかがっていたのだ。
完璧なタイミングで突入するために。
(さすがユーリ様だわ)
シャルロットは立ち上がり、床に転がったオニキスを冷たい眼差しで見下ろした。
「お前の所業は全て把握している。
死にたくなければ、テオドール・グレイヴンにかけた催眠を解きなさい」
いつもより低い声で、はっきりと告げるシャルロット。
両手に縄を持ったユーリが、すかさずオニキスの背後に立つ。
オニキスが震えながら何度も頷いた。
そのたびに鼻から流れる血が飛び散る。
「テ、テオドール・グレイヴン。私が手を叩いて目覚めたら、すべて元通り」
そう言った後、パンッ! と手を叩いた。
「う……、ここはどこだ……?」
「テオ! 大丈夫!?」
「ああ、特に気分が悪い等もない」
ユーリの問いかけにテオドールは答えながら、私兵の背中から降りた。
(良かった、テオドール様が元に戻った!)
まだオニキスが居るので、シャルロットは喜びを表に出さず心の中で噛み締める。
ユーリはテオドールが無事目を覚ましたのを確認してすぐに、オニキスの両手を後ろから縛り上げた。
「こいつがキミを拉致した犯人さ」
「経緯は後で聞くとしよう」
ユーリの言葉を聞き、テオドールは震えるオニキスに手錠をかけた。
「ジョンに伝令で知らせておいたから、もうそろそろ来るはず」
とユーリが言うとテオドールが、すっかり戦意喪失したオニキスに外に出るよう促す。
「魔女……」
部屋から出る直前、オニキスはぽつりと言葉を残していった。
シャルロットは思わず笑う。
「ティリトゥーダ・ク・ヨルシェ……。私はルスラド語を知らないから意味まではわからなくて賭けでしたが、ばっちり効果があったようですわ」
「えっそうなの!? 確か意味は『自慢の我が息子よ』だったかな」
「幼いオニキスが父親に抱っこをされて言われている映像が視えたので、彼にとって重要そうだなと思って言ったのです」
オニキスに全部の所業を知っていると言ったのもハッタリだ。
サイコメトリーで読み取った情報を上手く組み合わせて、そう思わせる言い方をしただけ。
「それにしてもシャルロット、ドア越しに聞いていたけれど、よくオニキスを追いつめたね」
シャルロットは目を伏せた。
「……私の父の真似をしただけですわ」
シャルロットにサイコメトリーで情報を探らせて、様々な人達を脅迫していた父親の話術。
「……引きましたか」
自嘲的な笑みを浮かべるシャルロットに、ユーリは悪戯っ子のような顔でポケットから出したものを見せた。
革製の小棍棒。携帯型の打撃武器だ。
「君がやらなければ、僕はこれでオニキスを拷問する気だったよ。引くかい?」
「いいえ」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
力を合わせてテオドールを助けたことで、シャルロットとユーリはお互いに戦友のような気持ちになっていた。
ガチャッ
ドアが開く音がして、二人は振り返る。
入って来たのはテオドールだ。
「ジョンが来たので、犯人は引き渡した」
いつも通りのテオドールの言動に二人はホッとして駆け寄るが、テオドールの表情はなぜか険しくなった。
「二人が私を助けてくれたことは感謝するが、警察に任せず危険な行動をしたことは賞賛できない」
「ユーリ様は悪くありません、ここに乗り込んだのは私が言い出したことで」
「シャルロットは悪くないよ、僕も乗り気だったし」
「ユーリ、いつの間にかシャルロットを呼び捨てにーー」
「ちょ! シャルロット大丈夫!?」
テオドールが話している途中で、ユーリが大きな声を上げてシャルロットに駆け寄る。
シャルロットが青い顔をして、苦しそうに床にうずくまったのだ。
ハッとするテオドール。
「力を使いすぎたな!?」
「眠れば……治り……ます……」
言い終わらないうちに、シャルロットの意識は途切れたーー




