第18話 二人の関係②
自室のソファーに腰を下ろしたシャルロットが独り言を呟きながら、雑誌を開く。
「ええと、タイトルは……『冷血侯爵様と契約結婚のはずが愛されているのですが』!?」
困惑しながらもあらすじを読んでいくシャルロット。
《親の支配から自由になりたい伯爵令嬢マリアンヌが、侯爵家当主のエルネストと契約結婚をするが、健気なマリアンヌにエルネストの冷酷な心が溶けていくーー》
(確かに設定は私達とかなり似てるけれど、健気も冷酷な心が溶けていくのも当てはまらないわ)
シャルロットは静かに読み進めていたが、あるエピソードで目を見開く。
《エルネストの父アーサーに結婚の報告をするため領地にやって来た、マリアンヌとエルネスト。
夜もすっかり更けているので、まず客室に案内された。
その部屋のベッドは……ひとつだけ。
(どうしようっ! 本当は偽装結婚だから、私達は清い関係なのに)
マリアンヌが真っ赤になり固まっていると、エルネストはベッド横にあるソファーに寝転んだ。
「私はここで寝る。ベッドは君が使え」
「そんなわけに行きませんわ! 私がソファーで寝ますっ!」
慌ててソファーに駆け寄るマリアンヌ。
「きゃっ!」
マリアンヌはテーブルの脚に躓きーー
「うわ!」
ソファーに寝転ぶエルネストの上に倒れこんでしまった。
「す、すみません!」
顔を上げたマリアンヌの目の前には、エルネストの美しい顔。
見つめ合う二人。
エルネストの顔がゆっくりと近づいてーー》
シャルロットはそこでページをめくる手を止めて、深い溜め息を吐いた。
(シチュエーションは微妙に合ってるけれど、実際はテオドール様は私を気にすることなく熟睡で、何も無かったけれどね!)
「恋愛小説ってこんな感じなのね……」
シャルロットは恋愛に興味がなかった。
父親が浮気性な上に、10歳の頃からサイコメトリーで人間の下卑た欲望を沢山見てきたからだ。
(この間のジョンもそうだけど、私達は外からは仲の良い夫婦に見えているのね。
仲が悪いわけではないけれど、恋愛的な仲の良さではないわ)
立ち上がり、窓の外を眺める。
執事長が庭師に指示を出していた。
(私、テオドール様との関係って、ああいう上司と部下みたいな感覚なのよね。
庭師が庭仕事の技術で雇われているように、私はサイコメトリーという能力で雇われてるという感じ)
「それから、妻という役を演じる仕事もしているわね。……そうだわ」
自分の呟きで、あることを思い出すシャルロット。
(色々慌ただしくてなんとなく触れて来なかったけれど、テオドール様にきちんと確認しよう)
夕食を終えた後、シャルロットはテオドールの執務室をノックした。
「テオドール様、今お時間よろしいでしょうか」
「ああ」
執務室に入ると、テオドールはデスクで書類を読んでいた。
シャルロットが近づいて来たので、書類を置いて顔を上げる。
「テオドール様に確認をしておきたいことがございます」
「なんだ?」
「テオドール様は白い結婚で構わないとおっしゃいましたが、公爵家当主という立場上、いつかは必ず後継ぎをもうけなければいけないのではないでしょうか?」
シャルロットの問いに、テオドールは腕を組んで答えた。
「そもそも私は世襲制度に疑問を抱いている。優秀な人間の子供が優秀とは限らないし、その逆も然り。
それにいずれ、身分制度は崩壊する」
「!」
「私が当主を退く時、優秀だと思う人間に継がせようと考えている。もし私が急死した場合も用意してある。よって、白い結婚のままで大丈夫だ」
「そうなのですか……」
「もし私の身に何かあったとしても、君が死ぬまで今の生活を維持していける準備はしてあるので、安心してほしい」
「ありがとうございます。お気遣い感謝いたします」
シャルロットはテオドールにお辞儀をして、自室に戻った。
(まさか、後継ぎをもうけない選択肢があるなんて思いもよらなかったわ。
テオドール様って本当に色々な意味ですごい。
私はさておき、テオドール様の血をひいていたら優秀だと思うけれど)
自室のソファーに座り、メイドが用意してくれた紅茶を飲んで一息つく。
(私、子供をもうけなくて良いと言われて、ホッとしてる。まさか閨でも手袋をするわけに行かないし)
サイコメトリー。
力のコントロールを覚えてからは、『右手』で触れた時だけ発動するようになったが、そういう時に力が暴走しないとも限らない。
(それより、身分制度がなくなるかもしれないなんて、想像したこともなかった……)
シャルロットは手に持ったティーカップを見つめる。
この美しい磁器も美味しい紅茶も高価なものだ。
身分制度がなくなったら、働かなければ手に入らなくなるだろう。
(テオドール様は私が路頭に迷わないよう手配してあるとおっしゃっていたけれど、今のうちから職に繋がりそうな技術を身に付けておいた方が良いかも)
裁縫道具を取り出して、刺繍を始めるシャルロットだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
「読み終わったから返すわね。ありがとう」
「ど、どうでしたか?」
雑誌を貸してくれたメイドに手渡すと、メイドは心配そうな面持ちで尋ねて来た。
「確かに設定は似ていたけれど、そもそも貴族の婚姻ってある意味、契約結婚なのよ。
私は健気でもないしテオドール様も冷酷でもないから、私達をモデルにしているとまでは言えないわね。
だから、みんなも気にしないでね」
シャルロットがにこっと微笑む。
「わかりました! 騒いでしまってすみません」
「心配してくれたのよね、ありがとう」
頭を下げるメイド達に優しく声をかけてから、使用人達の休憩室を後にした。
その後、メイド達が「シャルロット様って、健気な自覚がないのね」「テオドール様の冷酷な心を溶かしていることにも気づいてない」と話していたことをシャルロットは知らない。
玄関前を通りかかると、丁度テオドールが出かけるところだった。
「テオドール様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ」
いつものように挨拶を交わす二人。
テオドールは毎朝、王宮のすぐ近くにあるフィリス国家保安警察本部に出勤する。
そして、部下と二人一組で王都を巡回警備したり、事件の報告があれば調査をして犯罪者を逮捕したりして、夕食頃に帰宅するのだ。
しかし。
夕食の時間が過ぎて、湯浴みの時間になってもテオドールは帰って来なかった。




