第16話 未然の贋作作家②
その日、ミラン・ヒースは描きあげた絵をいつものようにギャラリー・モリスに委託し、帰路を歩いていた。
このギャラリーは上流階級専門の高級店街の一角にあるため、ミランはいつも裏通りを利用している。
平民出身の画家ミランの住居兼アトリエは、ここから少し遠くにあるので、行く時は絵を搬入するため乗合荷馬車を使い、帰りは徒歩だ。
王族や貴族に召し抱えられたり、定期的に貴族に絵を教える仕事が入れば安定した生活が送れるのだが、ミランは内向的で口下手のため、なかなかお呼びがかからなかった。
(このまま貯金が尽きたら……)
以前、パブで隣り合った男に画家だと話したら、贋作を描かないかと持ちかけられたことがある。
贋作を描くのは犯罪だ。
しかし生活が苦しくなると、その時に提示された破格の報酬額が脳裏によぎってしまう。
「おーい、ミラン君! ああよかった、間に合って!」
「あ、モリスさん……」
ミランが振り返ると、先ほど訪れたギャラリーの主が手を振りながら駆け寄って来た。
(も、もしかして絵に何か不備があった!?)
びくびくするミランにモリスは満面の笑みを向ける。
「君が持って来たばかりの絵を、ある公爵夫妻がいたく気に入ってな」
「こ、公爵様が!?」
「それで、話があるそうだ!さあ行こう!」
「ええっ!?」
ミランは混乱しながらも、モリスと共に店に戻った。
モリスの後について個室に入ると、若く美しい貴族の夫婦が並んでソファーに座っていた。
「こちらのお方はテオドール・グレイヴン公爵閣下。お隣が奥方のシャルロット様だ」
モリスがテオドールとシャルロットを紹介し、ミランは慌てて頭を下げた。
「ミ、ミラン・ヒースです! あ、あの、どういったお話で……?」
「妻シャルロットが君の絵をとても気に入ってな」
「ひゃっありがとうございまひゅ!」
ミランは緊張のあまり噛んでしまったが、テオドールは何も気にせず話を続ける。
「君に絵を習いたいそうだ。週に何回か我が邸宅に来て、絵を教えてやってくれないか。支払いは毎回これくらいでどうだろうか?」
「ほぁ!?」
テオドールが紙に書いた金額を見て、ミランは驚きのあまり奇声を上げた。
「安かったか? ゼロをひとつ増やそう」
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、逆です!」
テオドールの勘違いを詰まりながらも訂正するミラン。
「ボ、ボクはこのとおり口下手でして、絵を教えるのは初めてですし、この金額に相応しいか自信がなく……」
(ああ、折角のチャンスなのにボクは何を言ってるんだ! でも、後から期待外れと幻滅されるよりは……)
申し訳なさそうに目を伏せるミランに、シャルロットが聖母のような笑みを浮かべて話しかける。
「私が理想とする絵は、貴方の絵なのです。これからよろしくお願いいたします」
「シャルロット様……」
シャルロットの力強い言葉を聞いたミランは、感激で泣きそうになる。
「精一杯努めさせていただきます……!」
こうして、ミランは週に二回、グレイヴン邸宅でシャルロットに絵を教えることとなった。
「ーー計画通り、彼が引き受けてくれて良かった。これで金のために贋作に手を出す確率は下がっただろう」
「もし脅されてるなら、私が視て組織を突き止めればいいですし」
小声で話をしながら、店を出るテオドールとシャルロット。




