第14話 番外編 ユーリ視点
ユーリ・フォラツは柔和な顔立ちである。
人懐っこそうな垂れ目。
緩やかなアーチを描いた眉。
高いけれど小さな鼻。
口角の上がった、ぽってりとした唇。
すべて、母親であるレナ・フォラツ公爵夫人譲りだ。
柔らかにうねる金髪は、父親であるリュート・フォラツ公爵譲り。
両親からそれぞれ受け継いだユーリは、他者にふんわりとしたソフトな印象を与える。
口調ものんびりとして気さくなので、初対面でも話しやすいタイプだ。
ユーリは幼い頃、自分をかわいがる父に「どうして母上と結婚したの?」と尋ねたことがある。
父リュートは笑顔でこう答えた。
「婚約者候補の中で、一番柔和な顔だったから選んだ。外交には柔和な顔立ちが有利だからなぁ」
フォラツ公爵家は、代々外交官を務める家系だ。
ユーリの父リュートは、外交においてプラスに働く柔和な顔立ちの子供が欲しくて、レナを選んだのだ。
その事を知ったユーリは衝撃を受けた。
お付きのメイドが夫である執事と幸せそうに笑い合っているのを見て、父に質問をした答えがこれだったのだから。
(僕も父上も母上もみんな家の道具なんだ。それが貴族)
と幼いながらも悟ったのだった。
◇◇◇◇◇
ある時、ユーリは高位貴族達のパーティに連れて来られた。
その一角に、ユーリと同年代の子供達が集められていて。
『皆、高位貴族達の子供だ。幼いうちから利益のある人間と、関係を結んでおくのだ』
と父に耳打ちされていたユーリはさりげなく様子をうかがった。
子供達もユーリと同じように突然連れて来られたらしく、もじもじとした戸惑った空気が漂っている。
(僕から行くか)
ユーリはにっこりと微笑を浮かべて、一番近くにいる少年に声をかけた。
「ねえキミ、それ素敵なブローチだね」
話しかけられた少年は褒められたのがうれしかったのか、はにかみながら「これは我が○○領で発掘された宝石で職人が作ってくれたんだ!」と喋り始める。
(○○侯爵家の息子か。仲良くしといた方が良いな)
「わあーっすごいねぇ! あっ僕はユーリ・フォラツって言うんだ。よろしくね」
ユーリが名乗ると少年の目がきらりと光り、そわそわし始めた。
(……ああ、公爵家とは仲良くしときたいもんね?)
ユーリが満面の笑みで話を続けていると、他の子供達も会話に入って来た。
公爵令嬢、侯爵令息、伯爵令息、侯爵令嬢、伯爵令嬢。
聞いた名前と爵位を次々と頭に叩き込む。
「ーーこれからも仲良くしてもらえるとうれしいな」
「も、もちろんです!」
「こちらこそですわ!」
パーティが終わる頃には、公爵令息なのに気さくで温和なユーリに皆メロメロになっていた。
父の言う通りに仲良くやれているのに、ユーリの心は冷えていくのを感じる。
自分もみんなも笑顔の仮面を被ってるようにしか見えなかった。
「私は別に君と仲良くしたくないので、お断りする」
きっぱりとした拒絶の声が響いて、ユーリは目を見開いた。
婉曲表現の会話が繰り広げられる社交場では、明らかに異質で。
ユーリ以外の子供達も、遠巻きに見守っている大人達もざわつく。
声が聞こえた方を見ると、泣きそうなのをこらえて必死に微笑を作る令嬢と、仏頂面の少年が向かい合っていた。
(なんだアイツ! あんな自分の感情丸出しでいるなんて、本当に貴族なの!?)
貴族は自身の感情をそのまま表情に出してはいけないルールなのに、少年ーーテオドールは不快な感情をそのまま顔に表していた。
「では失礼」
テオドールはそう言って、庭に出ていった。
「テオドール・グレイヴン公爵令息は変わり者だな。グレイヴン公と似ているのは、顔だけじゃないか」
「グレイヴン夫人がああいう性格だそうだ」
ひそひそと大人が話しているのが聞こえて、そこでユーリはテオドールの名前を知った。
(へえアイツ、テオドールって言うんだ。父親のグレイヴン公爵は裁判官。仲良くしといた方が良さそうだけど……)
きっぱりとした拒絶の言葉を思い出し、ユーリはぶるっと震える。
泣きそうになっていた令嬢も恐らく自分と同じように、親の命令に従っただけだろうに。
(もう少し様子を見よう)
その日、ユーリとテオドールは一度も言葉を交わさなかった。
◇◇◇◇◇
二度目の高位貴族の子供達だけの集まりは、お茶会だった。
王宮の庭でのガーデンパーティだ。
家庭教師やメイドが後ろに控えている。
これは交流に加え、デビュタント前にマナーを学ぶ場でもあるのだ。
テオドールは前回の行動が知れ渡ったのか、彼に積極的に話しかける子供はいない。
彼は周りが会話をしていても気にすることなく黙々と紅茶を飲み、サンドイッチやスコーンを食べていた。
(ふうん、所作は綺麗だな)
ユーリは適度に発言をしながら、テオドールを観察しているとガサガサと葉が揺れる音がした。
「なんだ、お茶会か?」
葉陰から現れたのは、△△王国の王子。
年齢はユーリやテオドールと同じくらいだ。
(△△王族が来訪中だっけ。護衛の姿がないから勝手に来たのか)
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
ユーリが一番に立ち上がり、王子に向かって紳士の挨拶をした。
(この場で王子の次に位が高いのは僕だから、挨拶はこれで間違ってないはず)
すると、王子の方から近づいて来て。
「ギャハハ! くるくる巻いて、羊の毛みたいだな!」
なんと、王子はユーリの巻き毛を掴み引っ張ったのだ。
「いっ……」
(痛いって言っていいの? 抵抗したら不敬罪になる?)
予想外のことにユーリは内心パニックになった。
いつもユーリを持ち上げる子供達も使用人達も王子を恐れて、ただ苦笑いを浮かべるだけで助けてくれない。
(でも、僕も逆の立場だったら同じだろうしなぁ……)
ユーリは目を閉じて、ただ王子が飽きるのを祈るしかなかった。
「ぅわ! お前ッ何をする! 私は△△王国の第一王子だぞ!?」
ふいに王子の焦った声が聞こえて、ユーリは目を開ける。
そこには。
ユーリの髪を掴む王子の腕を掴むテオドールがいた。
「他人の髪を許可なく掴む行為は暴行罪だ」
無表情で言い放つテオドールは王子よりも背が高く、迫力に圧倒された王子は舌打ちをして王宮の方に逃げていった。
方々から安堵の溜め息が聞こえて来る中、ユーリはテオドールの方を向く。
「どうして僕を助けたの? 僕はキミと話したことがないし、王族を敵に回したらキミの不利益になるのに」
ユーリに問いかけられたテオドールは無表情のまま、少しだけ首を傾げた。
「?100%君が被害者で、あの人間が加害者だからだが」
ユーリは衝撃を受けた。
立場関係なく、公平を貫ける貴族がいるなんて!
「ありがとう、テオドール」
ユーリは心からの笑顔をテオドールに向けた。
「ああ」
「僕はユーリ・フォラツ。困ったことがあったら、僕が力になるよ」
「困っているわけではないが、会話が続かないので、教えてほしい」
「いいよ!」
こうして二人は、お互いに不得手な部分を補い合う仲になったのだ。
ちなみに△△王国から何か言われるかと身構えていたが何もなかった。
恐らく、王子は恥ずかしくて言えなかったのだろう。
ーー余談だが、数年後。
この王子、何やら庇いきれない大罪を犯して廃嫡となったそうだ。




