第12話 ユーリの結婚相手②
バシッ! ドンッ!
何度も何度も振り下ろし、思い切り叩く手。
叩かれる背中は、とても小さい。
『このっ!』
カティア王女の激しい声。
『うぅっ! ぐぅっ!』
子供の呻き声が漏れても、手は緩むどころか激しさを増したーー
(これって……ううん、今は視えたものを正確に描き写すことだけ考えるのよ!)
シャルロットはとにかく急いで、けれども的確に描き写した。
「これは……」
シャルロットが描いた絵を見たテオドールの顔が険しくなる。
細い柱が数本建った背景の前、カティア王女の指輪をつけた左手が7歳くらいの小さな子供の背中を叩く絵。
絵の横に、聞こえた内容も書き記してある。
その絵をユーリが呆然と見つめながら呟いた。
「カティア王女が子供を虐待してるってこと……?」
「これだけでは判断できません」
「子供が悪事を働いて叱っているなどもあり得る」
二人のフォローでユーリはハッと我に返る。
「そうだよね、前後がわからないと。でも真相に辿り着くにはどうしたら……」
「叩かれた子供に聞くしかあるまい。シャルロット、その子供の髪の色はわかるか?」
テオドールに問われたシャルロットは、声を潜めて答えた。
「……白銀色の髪です」
「!」
白銀の髪色はコートゥナ王家の血統だ。
今の王族の中で7歳くらいの子供は1人だけ。
テオドールとユーリが顔を見合わせる。
「カティア王女の甥にあたる、王太子の長男キルケ王子か!」
つまり、コートゥナ王国の次期次期国王。
「もしカティア王女が、甥のキルケ王子に暴力を振るっていたとしたら看過できん」
「でも、王宮に滞在する他国の王族を調べるのは至難の業です。
キルケ王子に触れて視ることができれば良いのですが、本人に触れる機会なんて……」
「いや、ある!」
大声でシャルロットの話を遮ったユーリが、一息吸ってから続けた。
「今度王宮で行われるガーデンパーティなら、キルケ王子も出席する!」
夜会や晩餐会などの夜に行われるパーティには幼い王族は参加しないが、昼間のパーティは顔見せをするために参加するのだ。
「ガーデンパーティの最初の挨拶で握手。その後は軽食を食べながら歓談、音楽演奏にあわせてダンスで終了の流れだから……」
「まだ幼いからダンスは不参加。チャンスは挨拶の一度きりか」
チャンスは一度。シャルロットは無意識にぎゅっと手を握りしめる。
「僕はとりあえずカティア王女に指輪を返して来るよ!」
ユーリは立ち上がり、軽やかな足取りで執務室から出ていった。
「……そういえば、ダンスがあるんですね」
「ああ。我々も公爵夫妻として参加するので、ダンスをせねばならない。今、練習するか」
「あっはい!少々お待ちください」
シャルロットはワンピースのポケットからシルクの手袋を取り出した。
触れた時に視てしまわないためだ。
(テオドール様は、視られて恥ずかしい行動などしてないから構わないとおっしゃっていたけれど、私が視るのが怖いのよね……)
「私、ダンスはあまり経験がなくて……」
「私はダンスのステップ等全て覚えている。体の力を抜いていれば私がリードする」
「わかりました、お願いします……!」
「では、手を」
シャルロットとテオドールは向き合って、伸ばした左手を合わせた。
テオドールの右手はシャルロットの背中に添えられ、シャルロットはテオドールの肩に右手を乗せる。
(ダンスって結構密着するから恥ずかしいわ……)
頬に熱が集まるのを感じるシャルロットをよそに、テオドールが「音楽がないので、口頭でカウントする」と言った。
「は、はいっ」
「ワン・ツー・スリー」
テオドールは三拍子のカウントを正確に刻みながら、ブンッと音がしそうな勢いでナチュラルターンをしたので、シャルロットは目を白黒させた。
(確かに動きは合っているけれど……優雅さゼロだわ!)
ダンスの練習が終わり、時計を見るシャルロット。
「私これからトレーズ侯爵夫人のお茶会に出かける支度をしますので……」
昨夜の晩餐会でダリラの妊娠を見抜いた侯爵マダムトリオの一人、トレーズ夫人。
晩餐会の後、お茶会に誘われたのだ。
「トレーズ夫人は噂好きなので、ダリラの件で何か聞いてくるかもしれません。どこまで話して良いでしょうか?」
「そうか、情報を得るにはこちらも提供せねばなるまい。
ダリラの子の父親の素性と、二人の関係性は恋人同士だったことは話して良いだろう」
「わかりました」
シャルロットは仕事に行くテオドールを見送った後、自室に戻った。
クローゼットを開けて眺める。
(お茶会だから重々しくない方が良いわね)
若草色のシンプルなドレスを着て、派手すぎないアクセサリーをつけたシャルロットは、馬車に乗り、トレーズ侯爵邸宅に向かった。
「ごきげんよう、トレーズ侯爵夫人」
「お待ちしておりましたわ、シャルロット様!」
トレーズ侯爵邸宅に着くと、クリーム色のドレスをまとったトレーズ侯爵夫人がにこやかに出迎えた。
案内された部屋はテラスに面しており、色とりどりの花が咲く庭が見える。
シャルロットはすでに席に着いている他の招待客達にも挨拶をしながら椅子に座った。
すぐにメイドがやって来て、シャルロットの前にティーセットが置かれる。
「シャルロット様、昨日は大変でしたわねぇ。ダリラ様のお腹の子の父親は誰だったのかおわかりになりまして?」
早速トレーズ侯爵夫人に尋ねられ、シャルロットは微笑を浮かべて答えた。
真相を聞いたマダム達は、驚きや非難の混じった声を上げる。
「ユーリ様はご結婚する前にダリラ様の不貞が発覚して、良かったわねぇ」
「そうそう、ユーリ様と言えば、コートゥナ王国のカティア様と結婚の話が持ち上がってるそうよ」
ユーリの話題を出したのは、侯爵マダムトリオの一人、モンゴメリ侯爵夫人。
(さすがモンゴメリ夫人。情報が早いわ……!)
「この国にはもうユーリ様と釣り合う方がいらっしゃいませんものね」
シャルロットが相槌を打つと、トレーズ侯爵夫人は声を潜めて話し出した。
「でもカティア様って、美しいけれど無愛想であんまり評判が良くなくて……王太子妃のクリスタ様と不仲の噂もありますわよ」
「えっ!?」
「クリスタ様がキルケ王子の面倒をカティア様に見させてるとかで、カティア様がたびたびクリスタ様を睨んでるって噂を聞きましてよ」
「キルケ王子ってわんぱくだから大変そうよねぇ」
(カティア様が甥を叩く理由がわからなかったけれど、噂が本当ならこれが『動機』なのかも……?)
シャルロットはその後も時折紅茶を飲みケーキを食べながら、マダム達と歓談をして情報を集めた。
その日の夜。
「テオドール様、お帰りなさいませ。ユーリ様、いらっしゃいませ」
帰宅したテオドールと共にユーリもいたので、三人で執務室に行くことに。
人数分のコーヒーと焼き菓子をテーブルに置いたメイドが退出すると、テオドールがシャルロットの方を向く。
「シャルロット、トレーズ侯爵夫人のお茶会はどうだったんだ?」
シャルロットは聞いた話をそのまま二人に話した。
「へえ~、カティア王女とクリスタ王太子妃が不仲って噂が流れてるのか」
「どうなんだ? 王宮に一番出入りしているユーリから見て」
「不仲かどうかはわからないけど、最近クリスタ王太子妃の体調があまり良くなさげなんだよねぇ」
「あっ、それでカティア様がキルケ王子のお世話をしているんでしょうか?」
「王子の世話は専属メイドや教育係がいるはずだが。
そもそも、もしキルケ王子がカティア王女に暴力を振るわれているとしたら、周囲に訴えるのでは」
「うーん、弱味を握られているとか?」
「憶測を重ねてもわからないことはわからんな」
テオドールは腕を組んで目を閉じた。
「我々の目標は、キルケ王子がカティア王女に虐待をされていないかを突き止める事。
もし事実であれば、速やかにキルケ王子を保護する」
「はい!」
シャルロットはテオドールに感心したような目を向ける。
(テオドール様が仕切り直したことで、やるべきことがはっきり見えた。
私はガーデンパーティで、キルケ王子の負担にならないよう自然に触れる流れを考えておこう)
◇◇◇◇◇
あっという間に交流パーティ当日。
シャルロットは淡い水色に白いレースがついたドレスを選んだ。アクセサリーは銀色のもの。
白銀色と水色はコートゥナ王国の色だからだ。
「では行こう」
「はい」
馬車に乗り込み、暫く揺られていると王宮に着いた。
(王宮に入るのは、半年前の国王陛下の記念式典以来だわ)
シャルロットは数えるほどしか来たことがない王宮。
上位貴族達が参列する中、国王陛下と王妃と共に、コートゥナ王国の王太子カインと王太子妃クリスタが現れる。
その隣に、第三王女カティア。
(嘘でしょ、キルケ王子がいない!?)
テオドールとシャルロットはわずかに顔を強ばらせた。
「……キルケ王子は体調不良で参加されないそうだ」
後ろからユーリがやって来て、小声で教えてくれた。
(欠席の場合のことを考えてなかった……! というか、キルケ王子は本当に体調不良なの?
どうしよう、触れることができなかったら八方塞がりだわ……)




