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オタクじゃない何かはヤンキーを更生させる

「おい佐々倉、また遅刻か。最近どうしたんだ」

「……ちっ、別に」


 10時を過ぎた頃になってようやく教室にやってきた雲母は、悪態をつきながら自分の席に座る。一時期は慎吾の隣の席だった雲母ではあったがその後席替えで離れてしまい、後ろの席で授業も真面目に聞かずに惰眠を貪るのみだ。


「あー腹減った」


 4時間目の授業が終わり、あくびをしながら教室を出て行く雲母。少し前までは陽気な女子生徒と共に仲良く食事をしていたが、雲母が交友関係を昔に戻してからはすっかり敬遠されてしまい今では一人寂しく学食へ向かう日々だ。そんな雲母を見送った後、ミアは慎吾の方を見てアイコンタクトでエールを送り、立ち上がった慎吾は今日は学食だから、とオタク仲間に断りを入れて学食に向かい、素うどんを注文して空いている席に座りスマホを見ながらダラダラとすする彼女の前に座りお弁当を広げる。


「……ここは学食だぞ、弁当なら教室で食えよ」

「お前がほっとけないんだよ。小食なのは知ってるが、素うどんばかりじゃ栄養が足りなくなるぞ?」

「うるせえな……その気遣いはミアにしろっての。金が無いんだよ、大人な先輩達との付き合いは大変だからな」

「これでも食えよ」


 嫌な顔をしながらも別の席へ移動しようとはしない雲母。慎吾は自分のお弁当から唐揚げや玉子焼きを小皿に入れて雲母の前に差し出し、食欲には勝てないのか無言でそれをつまむ雲母。


「けっ、まっずい弁当だな。人様に食わせる出来かよ」


 口では不満を述べる雲母であったが、その口元は明らかに緩んでおり、無意識に慎吾の弁当箱からもおかずを取って口に運ぶ。雲母の好みの味付けを熟知していた慎吾にとっては、例え料理スキルが未熟だとしても彼女を満足させる料理を作ることは造作も無い事であった。


「とりあえず今つるんでる人達とは縁を切れ。おばさんも凄く心配してたぞ」

「……私にはああいう連中の方が心地いいんだよ。飯だって、先輩の気分がいい時はすげえ高級料理奢ってくれるんだぜ」

「その高級料理はさっきからお前が頻繁につまみ食いしてるもんより美味いのか?」

「……」


 再更生を持ちかける慎吾に対し、悪い人達との付き合いを自慢する雲母ではあったが、その手は止まることなく慎吾の弁当からおかずを奪い取り、実際にはつるんでいても心地よくなんて無いのだろう、ポロポロと涙を流しながら素うどんに塩気を追加して行く。


「このままつるんでても、お前みたいな馬鹿は食い物にされるだけなんだよ。経験豊富なフリしてるけどどうせバージンだろ? 昔から臆病だったもんな、大人ぶって調子に乗って活発な連中とつるんだって、いざそういう空気になるとずっと逃げて来たって想像がつくよ。でもこのままじゃ逃げられなくなるぞ」

「……っ! それでも、いいんだよ! 私みたいな馬鹿は、他人に支配されてる方が幸せなんだ!」


 大事にしていたモノを失うことになるぞ、と慎吾が忠告すると、処女であることを看過され顔を真っ赤にしながら立ち上がり、食べ終えていないうどんを置いて学食を出て行ってしまう。彼女の代わりに食器を片付けて教室に戻る頃には、既に雲母のカバンは机から無くなっていた。ミアの姿も見当たらず、スマホが震えて近くの公園で泣いていますとミアから連絡が届く。気分が悪くなったから早退するとクラスメイトに伝えて学校を出て行き、近くの公園のベンチですすり泣いている雲母と、それを陰からこっそり眺めているミアを見つける。


「ありがとう。後は俺に任せて学校に戻りなよ」

「野次馬したいところですが、人の恋路にあまり首を突っ込むべきではありませんね。では」


 学校に戻って行くミアを見送った後、自販機でホットココアを2つ買って雲母の下へ。慎吾に気づいて逃げようとした雲母であったが、ここへ走ってくるまでに体力を使い果たしてしまったこともあり、観念して隣に慎吾が座るのを受け入れる。


「……ミアとは、もう無理なのか?」


 ココアをコクコクと飲みながら、ミアと慎吾はもう恋愛関係になることは無いのかと恐る恐る尋ねる雲母。雲母が自分の感情から逃げたり否定していた理由の1つは、自分では絶対にミアには敵わないという劣等感だった。だからこそ、二人が結ばれるために尽くしてきたのだ。


「俺そこまで美少女好きじゃ無いんだよ。だからオタクに戻ろうって必死にもなれなかった。風見さん、じゃなかった、ミアは放送部に入るんだってさ、あそこオタクが多いからきっと仲良くやっていけるさ」

「そうか……私はお前はミアと付き合えば絶対に幸せになれると思ってたんだ。だけど私の勘違いだったんだな、ごめん。それじゃあな」


 慎吾がミアへの想いを否定したのを聞いた後、どこかほっとした表情になるもすぐに悲し気な表情になり、ココアを飲み終えて慎吾に深々と頭を下げ、近くにあるゴミ箱にそれを投げる気力も無いのか歩いて缶を捨て、その流れでとぼとぼとその場を去ろうとする雲母。そんな雲母の腕を慎吾はがっしりと掴む。


「逃げるなよ。言っただろ、俺はミアと一緒にいるより、お前と一緒にいる方が心地いいんだって。お前だって、さっき俺がミアとはもう無理だって言った時ほっとしてただろ。自分じゃ絶対に勝てないミアがライバルにならないって知ってほっとしたんだろ?」

「……もう何もかも遅いんだよ、私は昔のようなクズに戻っちまった。友達だって失ったし、悪い連中のモノになっちまった。お前が私にちょっかいかけてるのがバレてたら、怖い連中がお前をボコボコにしちまうよ」

「自意識過剰なんだよ……その悪い連中もお前に大して興味は無い。ただ擦り寄ってくるから相手してるだけだ。何食わぬ顔で縁を切ればいいんだよ。友達だって、また作ればいいだろ? 起こしてやるから学校にも遅刻するな、授業も真面目に受けろ」

「お前にまた迷惑を」

「俺はお前に迷惑かけられて世話するのが楽しいんだよ!」


 ミアと比較しなくても、雲母には自分が馬鹿な女であるという劣等感が常に付きまとっていた。慎吾の事をキモオタだと馬鹿にしながらも、内心は自分より遥かにマシな存在だし、自分とは違って報われるべきだと思っていた。せめて今まで慎吾に迷惑をかけてきた分の恩返しとして、自分より遥かに可愛いミアと結ばせようとしてきた。そんな慎吾からミアより自分の方がいい、と言われて感情が爆発したのか、ミアはもっと幼い頃、今よりずっと慎吾と一緒に行動していた頃に戻ったようにわんわんと泣く。そんな雲母を抱きしめながら、お前の苦しみに今まで気づいてやれなくてごめんなと頭を撫でる慎吾であった。



「……おはようごじゃいます」


 翌日。慎吾と共に遅刻することなく登校した雲母を見てクラスメイトはざわめく。髪を黒に戻し、派手な髪形も辞め、使い慣れてない敬語を喋りながら自分の席に向かう雲母は昨日までとは完全に別人だったからだ。ミアの登場で色々と迷走してしまったが、今度こそ馬鹿でも真っ当な人間になるんだと言う雲母の覚悟の現れであり、正直なところ見慣れていた金髪の雲母の方が良かった慎吾ではあるが、彼女の決意を蔑ろにするつもりも無く、本来は目立ちたがりなはずなのに周囲からの視線を集めて恥ずかしそうにする雲母が席に座り授業の準備をするのを微笑ましく見守るのだった。

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