第六話 貴族様の憂鬱
基本的には仕事の少ない職である貴族だが、部下にばかり任せていては色々と滞ることもある。
勇者候補を八人も確保したこの非常事態に俺が家を空けたのは、それらの停滞を塞ぐ為の月に二度ある定例会議へ出席するためだ。
俺の代わりに、エイディンラム家の末端神経として土地を治める下級貴族たちだが、奴らは不正の塊だ。無論、一端の貴族としてある程度までの着服は許容するが、それが度を超えたときなど、上から警告しなければいつまでも付け上がってしまうのだ。
あまつさえ隣の領地に勝手に侵入したりしだす。他家との摩擦を減らすためにも、こうしてエイディンラム一派ではない有力者も交えて、土地に関しての「オラテメェ何処まで俺の領地に入り込んでんだアア?」「テメェこそ会議で決めた税率と違うじゃねぇかアア?」という話し合いをするわけだ。
ついでにこの会議で、エイディンラムに連なる土地の領主の人選も俺がやる。本当はサボっても良いのだが、下級貴族たちに任せていると内部からあっという間に溶かされてしまうのだ。賄賂を渡しても、少しはマシになるだけで、後は向こうを調子に乗らせるだけ。まるで動物の躾をしているような気にすらなってくる。
「犬にしては質が悪すぎる」
「ん? 何か仰いましたか、エイディンラム侯爵」
「いいえ何も。ではサウスシュティーアはシュピーゲル侯爵にお任せするということで。領主は以前話した庶民に特権階級を与える方針で行きましょう」
「あそこなら牧場ばかりですし、試験的な実施にはもってこいですな。民の指揮が上がれば、儂も美味い牛乳を飲めるという寸法。三年後くらいには結果が出ていて欲しいものです」
プチ民主主義を娯楽として始めてみた。効果の程は知らん。クーデター? 起こるかもな。だが構わん。
究極的にはリリーさえ不自由なく生きていればエイディンラムが没落しようとも気にならない。栄枯必衰という言葉もあるしな。
エイディンラムは貴族社会では上の下程の位置にある。今の状態では王族への発言権すら薄い。はあ、全く憂鬱になる。リリーを国王が所望したらどうしよう。正妻以外許さんぞ。
何処ぞで戦争でも起こらないものか。武勲の一つや二つを立てれば権力も大きくなり、世論で俺の評価が高まる。そうすれば国王と言えども無理な行動は控えることになるだろうに。
思考に耽っていると、会議の最後の出席者がやって来た音がした。
「やあソーマ殿、遅れて済まないね」
「やあスペリオル侯爵、構わんさ」
構うに決まってんだろボケ。
こいつのせいで会議が三十分は伸びた。彼奴を待つために雑談をしなければならなかったし、早速リリーの婚約者が決まったかどうかの探りが入ってきている。
何よりこいつ自体が気に入らない。何故ならこいつが、一番リリーに執着している婚約者候補だからだ。
テロル・スペリオル侯爵。現在の俺と同等の立場であることをいいことにかなり強引にリリーを狙ってくる十九歳の男だ。一年しか変わらないくせして年上ヅラ。いかにも腹が立つ。テメェ俺の中身は三十路越えてんだかんなオラァ。
十九歳のこいつになら、まあ九年差だし、リリーを任せてもいいんじゃないか、と思う奴もいるだろう。最初は俺もそう思った。しかしこいつには重大な欠点があるのだ。それは――。
「ごめんよ、姉さんが離してくれなくて」
重度のシスコンということである。
くどくどと姉が如何に愛らしく振る舞い自身を引き止めたのかを語るスペリオルに辟易として、嫌味の一つや二つ言ってやろうかと口を開いた途端、二人目の来訪者が扉を開く音が聞こえた。
「ソーマ様、テリーを苛めてあげないで。私が引き止めてしまったのよ」
かつかつと足音が近付いてきたかと思うと、俺の体に絡みつく細い腕。体が押し付けられ、下から潤んだ目が見つめてくる。
「ウウ……"おっぱい当たってんだよビッチ"」
日本語で軽く毒づきつつ、なるべく穏やかな笑顔を意識して――頬が引き攣る感触がする――やんわりと手を押し返す。
もう一つ、スペリオル一家にリリーに渡したくない理由があった。それは勿論、この毒婦の存在である。普通の貴族として育ったとはとても思えない妖艶さに、色々と下品な噂が飛び交い彼女の評価は地に落ちているのだが、その割りにスペリオルは我がエイディンラムよりも高い地位を持つおっかないお家だ。
シスコンテロルは矢張りシスコンなので姉の言いなりも良い所である。スペリオルの家が武力を蓄え厳つい風格を保っているのはこの毒婦――パウリーネが一役買っていると見ていいだろう。
「パウリーネ嬢、紅茶を用意させよう。何が良いかな?」
エスコートしつつ椅子を引く。その際流れるようにパウリーネから三歩ほど離れることも忘れずに。
「ふふ、相変わらず紳士的なのね。リリアーネ様は貴方と同じくらい素敵な紳士とご婚約なされたの?」
「さぁ……レディの心には疎くてね。兄としては、己ような鈍い男ではなく聡い人間が妹を貰ってくれると良いのだがね」
カァーッペ! これだよ! どう考えてもテロルがリリーを欲しがってるのはこいつの差し金である。
初めて会った頃から俺に矢鱈と乳を押し付け抱きつき流し目を送り……とさんざ俺の婚約者探しを邪魔してくれやがった女である。俺に秋波を送ってくる理由が長年分からなかったが、リリーのことを狙っているのだと考えれば全て辻褄が合う。
そんな俺的ブラックリスト上位ランカーであるこの女だが、噂で流布されている以上の尻尾は掴ませてはくれない。それがますますミステリアスというか怪しいというか。まさか既婚者になった今も胸を押し付けてくるとは思わなんだが。
メイドが紅茶とお茶菓子を入れ替えて退出する。パウリーネも無事着席した。仕切りなおしだ。
「さて、会議を再開しましょう」
卓に肘を着き再開を宣言すると、雑談で緩んだ空気が一気に引き締まる。面の皮を分厚くして内心嘆息する。あーあー、貴族やめてぇなぁと思う瞬間だった。
視界の端でパウリーネが扇で口元を隠したかと思うと、テロルが挙手をした。ウワァ当てたくねぇ。
「以前より話していた庶民の特権階級計画だが。サウスシュティーアには我がスペリオル家が誇る精鋭一部隊を送ろう」
い、いらね~!!
俺がなんのためにクーデターの芽を育てゲッフンゴッフン、民主主義の実験までこぎつけたと思ってるんだよ。ふざけるなよ。お前ら……俺は負けねぇからな! リリーよ、俺に力を!
燃え尽きちまったぜ……真っ白によ……。
なんとか領の国境警備の役は譲らなかったが、代わりに何がどうなってか来週エイディンラム家の別荘でティーパーティーが開かれることになった。本当に何が起こったんだ?
ため息を吐きつつ、主催として最後まで座ったままだった椅子から立ち上がる。何で俺の領地って概ねスペリオルと隣接してんだろう。
がらんとした部屋に窓から西日が入り込む。時刻は十八時ってところか。早く帰ってやらないと、きっと結叶ちゃんたちは不安だろう。
立ち上がって退室する。背後から二名の使用人が付いて来るが、この感覚も慣れたものだ。全く、日本人からはとことん遠ざかってしまったものである。
「――ソーマ」
「っ、驚いたな、パウリーネ嬢。一体どうしたので?」
「貴方、相変わらず優しいのね。八人、だったかしら。貴方なら大丈夫だと思うけど……ふふ、可愛がってあげてね」
茫然とする俺の顔を見て微笑んだ毒婦――いや、寧ろそれは無邪気な子供のようだった。彼女は今、見たことも無いような穏やかな顔で笑った。その弟であるテロルはというと、俺に一礼をしたかと思うと姉の背に付き従って、黙って邸から出て行ってしまった。
帰宅してコートを脱ぎネクタイを緩めて夕食の席へ向かう。食堂には既にアデリーが着席していた。なんと、女性を待たせるとは貴族失格である。
「アデリーごめんよ、今日は忙しくて……」
「ええそのようね。Mr.スペリオルが来たんですもの、そりゃあ疲れるに決まってるわ。彼ったらいつも貴方に突っかかるものね」
「ああ(今日何でかお辞儀されたけどな)……。そうだ、来週ティーパーティーをやる事になったんだ。顔見知りだけの小規模な集まりで非公式だから、ブルースの奴を巻き込もうと思ってる。どうだい?」
「まあ! ブルースを呼んでくれるの!?」
アデリーは代々精霊をその身に宿し、それに守護される一族の出身だ。その影響なのか、魔力の強いものに惹かれる体質で……まあぶっちゃけると、彼女はブルースに恋をしている。
とんでもねぇ三角関係である。が、彼女も貴族令嬢。不義の子を孕んだと疑われては堪らぬと、妊娠が明らかな体型になるまではブルースに会いに行ったりはしないらしい。
政略結婚に夢など見ていなかったがこれは流石に酷くないだろうか? しかし、お家発展の役には立ったし、得体の知れないパウリーネと結婚するよりはまあ……マシかな……。そうやって自分を慰めることしか出来ない。
互いに同意の上で、俺は将来的に好みの面をした妾を娶っても良い事になっているので、その時に期待だ。是非とも奥ゆかしい美人を娶りたいものである。瞳は黒か茶色がいいな。
歓談しつつもディナーを終える。俺は仕事をすると言って書庫に引っ込んだ。
「今日も疲れたなぁ……。さて、もう一踏ん張りするか」
転移魔術を行使し、肉体を分解し移動する。実をいうと八人の日本人たちが居る部屋には入口も出口もない。あそこへ行くには、俺の魔術によって転移するしかないのだ。
ああ、改めて自分の外道さが身にしみる。
俺って死んだら地獄行きかも。まあいいさ、リリーがその分幸せになってくれるだろう。……いや、リリーが不幸な時に俺が死ぬはずがないから、リリーは成るまでもなく既に幸せだろう。
俺はリリーを幸せにしてから死ぬ。きっとそれまでは俺は死んでも死んだりしないだろう。……なんてな。
n+1年 4月
転生者はソーマ一人だけです
明日は更新できません




