第五話 神の采配
「では、結叶。君は――特異点かい? 『答えろ』」
指輪がぼんやりと光ったかと思うと、私の首輪がきゅうっと絞まる。すると、意思は関係なく、勝手に唇が動いた。
「は、い……私は、特異点で、す」
「……そうか……。今代の特異点は、なんというか、その、随分……」
言い辛そうに彼は私を見た。私自身は魔王か勇者か、自分がどちらの特異点か分からないので迂闊なことはいえないが、きっと想像よりも弱そうだと思っているのだろう。
だがそれは私だけだ。私の能力は実用性が殆ど無い。だけど、佑太君や雪ちゃん、他のクラスメイトは、少なくとも戦えるし、文ちゃんに至っては人を操ることすら出来る。
「その、君が聖なる特異点だというのは分かったが、それで、その。魔王を……倒せそうかい?」
「っへ?」
「だから、魔の特異点を潰せるかどうか、という質問なんだが」
「だ、大丈夫です!」
私は聖なる特異点らしい。つまり、勇者側! 安心した私は、思わず饒舌に話してしまう。エイディンラムさんに失望されないように。そして、残りの七人を、全員買ってもらうチャンスだと気づいて。
「私以外の皆は凄い特異点です! 和馬君は王宮の鑑定師さんと同じ能力を持ってますし、雪ちゃんは人を凍らせたり出来るし、えっと、三輪さんは人の怪我を治せますし、それに、それに、土門君は地面も鉄も、金属自体を自由自在に操れるし――」
「待て、今、何て言った? 他の特異点だって?」
「? はい、他の皆も特異点、です」
「……他の、特異点? 他の? 複数……?」
エイディンラムさんは明らかに動揺した様子で、物凄い勢いで机の引き出しを開けて、大量の付箋の貼られた手帳を確認しだした。
「いや、確かに特異点が一人だけとは書いてない。が、過去に宿に泊まった署名では聖女と勇者のみってあるぞ……ありえる、のか……? というか特異点が奴隷? しかも八人も居てその全員が…………待てよ? ぜん、いん?」
さーっと彼の顔から血の気が引く。怯えたような顔で、エイディンラムさんは私を見た。口を微かに開いたり閉じたりしていて、とても聞きたくなさそうだが、彼は顔を引き締めて、覚悟を決めたようだった。
「君は……君たちは、何人の特異点なんだ? 『正確に答えろ』」
彼は明らかに、「頼むから十人前後であってくれ、欲を言えば八人だと尚良い」という顔をしていたが、私の首輪はきゅっと絞まって、私の口を勝手に動かしていた。
「四十人です」
「ア?」
「四十、人です……。……すみません」
エイディンラムさんの顔が青を通り越して土気色になっていくのを、私は所在無く見ていることしか出来なかった。
◆◆◆***◆◆◆
おお神よ! 聖なる神ドレアスよ! 何故このようにイカれた采配をなさったのか!?
――頭おかしいんじゃねぇの!?
四十人て……四十人て。突っ込む気力すら湧かない。馬を駆って再び奴隷商の元に訪れた時、残りの七人が売られずに居た時のこの俺の安堵がわかるか神よ!?
周囲を口の堅い者達のみで固め、屋敷の裏口から七人を連れて入る。公爵家、それも身内に聖女が居る俺が日に二度も外出したという事実はガソリンに火を落としたような速度で広がるに違いない。何か適当な理由をでっち上げないといけない。面倒くさい。
四十人て……いやほんとに四十人ってなんだよ……。何でそんなに多いんだよ……というかどれが勇者? みんな勇者ってことでいいの?
噂の聖剣とか……ホラ、伝説で有名な勇猛果敢とかいうスキルはどの子に付いてんの?
手元に特異点は八名。残りの三十二人は何処に居るのかも、その生死すら不明。
目元を押さえて天上を見上げる。天窓から入り込む月光が本を照らした。
結叶ちゃんは七人の入浴を待つ間にソファーで眠ってしまった。日本人の推定十六歳程度の少女がメイド服を着ている姿にはぐっと来るものがあるが、それも彼ら彼女らの境遇を考えると萎んでいく。
辛うじて身につけていたボロ切れは制服だった。つまり彼らは高校生で、しかも着替えや武器がなかった、そして能力を使いこなせず奴隷に甘んじていた点からして、恐らくは何の心構えもなくこの世界にやってきたのだろう。そして俺に買われた。
「もう大丈夫だよ、と言うにはまだ早いか」
俺が買い主になった以上、無意味に虐げたりはしないし、衣食住も保障する。なるべく日本人らしさを殺さずに生活させることも出来る。
だが、彼らは特異点だ。ただ安穏と暮らしてもらう訳にはいかない。
「ごめんな」
結叶ちゃんの頭を軽く撫で、横抱きにして立ち上がる。迂闊に彼らを見られる訳には行かない。ブルースみたいな変態は一目見るだけで特異点を特定できるのだ。……リリーの兄である俺が、勇者の特異点すら手元に置いているという事実は、周囲の敵をいたずらに増やしてしまう行為だ。
「……ごめん」
腕の中で身動ぎした少女は、歳相応に軽かった。今後彼女に俺が押し付けるだろう宿命を思うと、吐き気がするほど胸糞が悪い。
書庫へ仕掛けた隠し扉を開き、階段を下りていく。かつ、かつ、と一段降りるたび、蝋燭の炎が揺れた。
結叶ちゃんを魔法陣の中央に置き、メイドが俺の指示通りに睡眠薬を混ぜた水を飲み眠りこけている七人もまた、同じように寝かせた。魔力を注ぎ込み転移陣を作動させ、彼らを先に地下室へ送る。
俺はそれを追うように、暗い地下へと進んでいった。
後ろめたいことなんて何も無い。そうだろ? 彼らが戦わなければ、人間は絶滅してしまうのだから。それは十分な大義名分であるはずだった。
例え、彼らが何の関係も無い別世界の人間だとしても、だ。
◆◆◆***◆◆◆
「ん……」
目を覚ますと、そこはエイディンラムさんの居た部屋ではなかった。カーペットのふかふかさは変わらないが、広さが段違いだ。
体育館一つ分ほどの何の置物もない空間。四隅にメイドさんと執事さんが二人ずつ目を閉じて立っている。天井には光る石が沢山嵌められており、まるで昼間のような明るさだった。
「っあ、三輪さん! 雪ちゃんも!」
眠りこけている二人の肩を揺さぶると、二人は目を擦りながら起き上がった。
男子も女子も、あの檻に居た八人は全員ここに居た。エイディンラムさんは全員を買ってくれたようだった。
「谷咲? ここ、は……確か、エイディンラム、さんが俺たちを……」
佑太君もシャツとスラックス姿でちゃんと居た。片腕が無い彼も、エイディンラムさんはちゃんと買ってくれていたのだ。内心不安が無いわけではなかったので、涙腺が一気に緩んだ。
「よ、よかった……戦えなくても、ちゃんと、買ってくれたんだ! エイディンラムさん、あ、ありがとうございます、本当に……っ」
「お、俺たち、助かったのか?」
土門君が和馬君を起こしながら辺りを見渡す。私も再び部屋の中を散策するが、殺風景なここには使用人さんたち四人以外は何も無い。
「結叶、エイディンラムさんは何処に居るんだ?」
「私も寝ちゃってて……あ、使用人さんたちに聞いてみようかっ?」
声が若干引き攣ってしまう。だって何だか怖いのだ。どことなく無機質な感じで、まるで機械のような人たちだった。
私の視線を追って使用人さんたちを見た和馬君はあっと声を上げた。
「あ、あの人たち人間じゃない……」
「ご明察です。貴方は鑑定系のスキルを持っていらっしゃるようですね」
冷たい口調が和馬くんの能力をたちまちの内に暴くと、彼は青ざめて固まってしまった。
彼もまた、一度貴族に買われた身の上だ。エイディンラムさんは今までの誰とも違う気がするが、恐ろしいことには変わりないだろう。思わず私たちまで固まって使用人さんたちの動向を小動物のように見つめてしまうが、彼らは何ら反応せずただ佇むだけだった。
「皆様全員の意識の覚醒を確認しました。これよりソーマ様からの伝言をお伝えします。
『目覚めた時に傍に居られなくてすまない。私がそこに居ないのは仕事の為だ。今日は大体午後八時頃に帰る予定だから、君たちはそれまでお互いの状況などを話し合ってくれ。
そこに居る四人は人形だから気にしないで構わないが、余程暇なら彼らに質問するといい。私が教えていることには何でも答えてくれるから。……そろそろ行かねば。帰ってきたらまた話し合おう。昨日は随分駆け足になってしまったからね』……以上です」
彼はそう言うとまた目を伏せて壁の花に戻ってしまった。
部屋には私たちの声だけが響く。こんなに落ち着いていて、寒くもひもじくもない空間で過ごすことは久しぶりだったから、皆で肩を寄せあって、ぽつぽつと思うままに話しを続けた。
「他の皆は今頃何してるんだろう」
「買われて行った奴も気になるけど……エイディンラムさんに頼むか?」
「エイディンラムさん、いい人、なのか……?」
「いい人、だよ。多分。だって、奴隷にお風呂とかご飯くれたんだよ?」
「……美味しいご飯も、お風呂も、全部一年ぶり。明日もあるのかな……」
「……三輪さん、ごめん。エイディンラムさんが居ない内に、怪我治してもらってもいい? もう奴隷商人は居ないし……戦わされたり、とかするかもしれないから……」
「私たち、特異点、だもんね。……魔王と戦うのかなぁ」
「エイディンラムさんは魔王を倒したい、んだよな」
「でも、問答無用! って訳ではなさそうだ」
「あーあ、首輪さえなければ」
「……エイディンラムさんは、取ってくれるかなぁ」
「……多分、無理だよ」
「でも、もしかしたら、って……もしかしたら、私たち……帰れるように、なるかもしれない」
この国で最も広く信仰されている聖神ドレアス曰く。大望は身を滅ぼす悪魔なり、だそう。それが転じて、民間では大望を抱くと天罰が下るとかなんとか言われている。
私たちはただ帰りたいだけなのに、それはこんな罰を受けるほど、身の程知らずな願いなのだったのか、と。私は神に問いたい。
元に在った場所に戻ることは、そんなにも悪いことなのか。もし、そうだと言うのなら。
「――きっと、私たちの神様はエイディンラムさんなんだ」
他の神様なんていらない。だって何にもしてくれなかったもの。
静かな部屋で私の呟きはよく響いた。一年前の私なら驚くような台詞も、誰にも否定されずに沈黙の中に溶けていった。
n+1年 4月




