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妹の為なら金も命も惜しくありません!  作者: どっすん丼
第1章 貴族、勇者たち(仮)を買う
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第四話 特異点たち


 「――っ!?」


 檻の中の八人の豹変に、彼は何度か頷いた。恐らく確信したのだろう。私たちが、日本人だということを。


 「ドラム、この子を貰おう」


 「っぁ、まって……」


 するりと抜けていった手を追うと、ドラムがギロリと睨みつけてきた。体がビクリと跳ねて固まった。彼は折檻と称して、何度か私たちを戯れに嬲った。そのトラウマが体に染み付いていたのだ。

 声も出なくて、エイディンラムさんが出て行くのをただ見送った。彼は何者? 日本人を知っているの? なら、なら、もしかして。他のクラスメイトが何処に居るのかも知っていて……いや、もしかすると、他にも日本人の人たちは沢山居るのかもしれない。

 心が久方ぶりの期待に揺れる。振り返ると、七対の力強い視線が突き刺さった。


 「わ、私、頑張る。エイディンラムさんに、日本人について、聞く。も、もしかしたら、いっぱい居るかもしれないんだよね? み、皆助かるかもしれない……そうだよね!?」


 頬が紅潮しているのが分かる。こんなに大きな声を出したのはいつ以来だろうか。一度買い戻された五人は心配そうだったが、皆何処かしら希望を宿した目をしていた。


 「結叶ちゃん、無理しないでね。戻ってこれるかわかんないし……お世話係りだったら、きっと痛いことはないと思うけど、貴族って怖い人たちなんだよ。私たちのことは忘れてもいいからね……?」


 一度男性の貴族に買われて行った(ゆき)ちゃんが、控えめな声で言った。三輪ちゃんがドラムにバレないようにこっそりと治したが、彼女は内股に酷い切り傷を幾つも作っていた。とても惨い目にあったらしく、クラスメイトの男の子にも怯えていた。


 「うん。無理しない。慎重に……もし出来るなら、エイディンラムさんに皆も買って欲しいって、お願いする」


 「能力について、絶対に言うなよ。この世界には魔術があるけど、俺たちみたいな能力を持ってる奴は少ないんだ。……俺と同じ、鑑定の能力を持ってる奴は、王宮の官僚として大金もらってるらしい。そんな奴と同じ能力を、首輪付きの俺たちが持ってるなんてバレたら……何をさせられるか、分からない」


 和馬君が青ざめた顔で言う。首輪、そこが問題だ。これがある限り、買い主には逆らえない。魔術という奴はとことん忌々しい。佑太君も同意するように頷き、私を諭した。


 「谷咲(たにざき)、頼むから無茶しないでくれ。幸い、俺らの中で死者は出てないけど……奴隷には何してもいい、命があるだけありがたいと思え。……貴族は大抵、そう思ってる。だから本当に――気をつけろよ」


 そう言う佑太君の左腕の服は、虚ろに揺れていた。

 彼もまた買われて行った一人で、何処か遠くの闘技場で戦わされた際に――片腕を、失ってしまったのだった。




 契約書にサインをしたエイディンラムさんは、使用人が大勢待ち構える店頭へと進む。道中一度も私を振り返ることはなくて、『日本人』なんて単語は、白昼夢か何かかと思ってしまった。

 あんなに驚いていたのに。日本人だから私を買ったのだと思ったのだが……。


 戦慄するほどに立派な馬車に乗るように促され、恐る恐る足をかける。そこからはあっという間で、屋敷に着くと、執事服を着たおじさんに馬車から降ろされた。

 門は途方もなく高くて、その先に広がる庭園は校庭よりも広かった。生垣に沿って、数名のメイドさんたちがお辞儀をしてエイディンラムさんを迎えている。


 「おかえりなさいませ、ソーマ様」


 「ただいま」


 お屋敷に着いたころには、外を歩くのが久しぶりすぎて、私は肩で息をしていた。エイディンラムさんは自宅だから当然毎日通っている訳で、上着を脱いで、傍らの執事さんにスマートに渡していた。


 私は何をすればいいんだろう? こんな大貴族の人に奴隷が話しかけたら、佑太君や雪ちゃんが言っていたように殺されてしまうかもしれない。どうすることも出来ずただ着いていくと、エイディンラムさんは私に、メイドさんに付いて行くように言った。


 「身なりを整えてやってくれ」


 「畏まりました」


 メイドさんはぴしりと背を伸ばし、美しくお辞儀をした。

 ホワイトブリムの揺れる頭を追いかけながら、一度だけエイディンラムさんの方を振り返った。彼は立ち止まって、私の方をじっと見ていた。




◆◆◆***◆◆◆




 「……日本人、だったよな」


 思わず衝動買いしてしまったが、彼女は何者なんだろう。彼女の存在は俺という人間に何か関係しているのだろうか。

 俺がここへ生まれた弊害、或いは俺への世界か何かの修正力が働いた? 分からない。そんな大規模な話があるだろうか? 何十億人と人間が存在するこの広い魔術の世界で、わざわざ俺一人のために、八人も日本人を送ってくる? 考えにくい話だ。しかし、彼女が俺にとっての何かしらの脅威になる可能性はあった。

 それでも、わざわざ買い取った。殺すわけでもなく、風呂にすら入れさせた。


 「はぁ……」


 椅子に深く腰掛ける。俺は矢張り、気が急いているようだった。

 黒壇のうっとりするような色の机に、幾つかの冊子がある。ぱらぱらと捲ってみると、老け顔デブ顔痩せぎすのオンパレード。どいつもこいつも明らかに四十路を越えている。……リリーの、婚約者候補の姿絵だ。


 「はぁー……」


 もう一度ため息を吐き、今度は懐に常に入れているリリーの似顔絵を見た。可愛い。スーパー可愛い。マジ地上に舞い降りた天使。


 こんなに可愛いリリーが四十代を越えたおっさんと婚約? 考えられない。クソデブおっさん貴族と結婚させるくらいなら、せめて同年代であろう勇者の特異点と結婚させてやりたい。


 今回の日本人(?)女性購入は、そんな思いが突っ走った結果だった。

 だって考えてみろ? リリーはまだ十歳だぞ? 万歩譲って婚約までは許そう。だが、リリーがこんなおっさん達と初夜を迎えるなんてそんな……。もしそんな日が来れば、その晩俺は血涙を流して悶え苦しむだろう。


 「っく……想像だけで辛い」


 そう、俺がこんな風に先走ったのもリリーの為を思ってのこと。

 日本人とくると、俺は真っ先に先ほどの懸念を思い浮かべるのだが、脳裏には同時にある可能性が浮上していた。


 ――ずばり、勇者の存在である。


 日本人とライトノベル。決して切り離せるものではない。聖女が存在するというのに、動かない魔王と勇者……そんな中、現れた日本人八名。あからさまに怪しい。ブルースのような優れた魔術師にでも確認しないと何ともいえないが、あの檻に居た八人は魔か聖かどちらかの特異点に関係しているはず。

 彼女の瞳を見た際魔力を確かめてみたが、彼女自体は凡人で、軽い聖の気の魔力が存在するのみ。特異点と言われる勇者のような輝くそれでは決してなかったが、魔に属するものではないと断じ、危険性は少ないとした。

 が、同時に勇者でもなかった。


 「どうしたものか……」


 目を閉じ、思考に潜っていく。八名全員の購入は、結託されることを考えるとリスクが高い。しかしあの中に特異点の手がかりがあったとしたら……いや、特異点ともあろうものが、たかが仕入れ屋に捕まるか? では彼女たちは何の特徴も無い日本人?

 また振り出しか、と思うと体から力が抜けた。眠気が擦り寄ってくる。昨日も遅くまで特異点の情報集めに励んだからなぁ。


 少し、眠ろう。意識が溶けていくのを感じながら、妹を思った。

 お前が幸せになるのは、どうしてこんなに難しいのだろう。




◆◆◆***◆◆◆




 お風呂に入ると身も心もすっきりした。綺麗な服を着たのは日本以来だ。先刻のメイドさんの着ていた物とは違うデザインのメイド服に袖を通し、導かれるままに執事さんへ着いていった。


 こんこん、と執事さんがノックすると、中からエイディンラムさんの声が聞こえる。私が入室すると、執事さんは命令されて出て行ってしまった。

 二人きりの空間で緊張する。高級そうな机やカーペットに、体が縮こまった。

 エイディンラムさんが、口を開いた。


 「……君の名前は何と言うんだ?」


 「わ、たしの名前は、結叶です」


 この世界では苗字を持つのは貴族だけだと和馬君に聞いたので、下の名前だけを名乗る。するとエイディンラムさんは何故か疲れたような顔で嘆息した。


 「苗字を、聞いても?」


 「!! は、はい! 谷咲です、谷咲結叶といいます!」


 普通、奴隷に苗字など聞かない。ということは、やっぱり彼は日本人を知っているのだ! 興奮のまま名乗りをあげると、何度かエイディンラムさんは頷いて、指輪を弄った。それには、奴隷の所有権が登録されていると商人が言っていた。



n+1年 4月

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