第三話 邂逅前
煌びやかな室内をシャンデリアが照らしている。丸机に料理が並べられ、人々は話しながら、今回の主役を待っていた。
パーティーの主催はエイディンラム公爵家で、今回の主題は、リリアーネの……聖女の、十歳の誕生日パーティーだ。
リリーの魔力は増え続けた。天井知らずとはまさにこの事である。最近なんて宮廷に呼び出されたと思ったら国王様に迂遠に「テメェ実家で兵器飼ってんじゃねぇよ」とか言われちゃってブチ切れる所だったわ。
俺はせめてリリーが戦わずに済むよう(他の奴らは何故か忘れているようだが、我が妹は今日十歳になったはがりのか弱い少女なのだ)書庫のめぼしい本は全て読破したが、その何処にも、聖なる特異点以外の者が魔王と対抗せしめた記録は無い。
というかそもそも、魔王は何処に居るのだろう。勇者が見つからないのは分かる。庶民が勇者になった例なんてザラにあるのだから。しかし魔王が発見されていないのはおかしいのだ。
魔王あるところに聖女あり。その反対もあり。魔王がいなければ倒すための勇者も聖女も必要ない。しかし聖女は生まれている……。
歴代の魔王は生まれてすぐに活動を始め、たちまちの内に各国を侵略し始めた。だというのに、今代の者は動きすらしない。それが人々の気を緩め、欲を膨らませた。
聖女と結婚し国に縛りつけ、子供を産ませ、優秀な魔術師を国に従属させよう、という風に。
「お兄様、気にしないで。リリーは平気だから。婚約者もお兄様が決めてくれた人ならきっと、怖くないから……」
「リリー……すまない。俺には……何も出来ない。けど、出来る限りは、お前を守るから」
フ××ク! まだ十歳だぞ?!
内心歯噛みしながらも、開いたパーティーを無かったことには出来ない。俺は妹をエスコートしながら、会場への扉を開いた。
「やあ閣下、此の度はお招きに預かり真に光栄でございます」
「ハハハ……閣下とは、気が早いですよヴェーツェリン侯爵。当主になるのは十八を越えてからと父は宣言しました。私は侯爵の身の上ですよ」
「はっは、そうでしたな」
何も面白くないのだが、そのまま暫く談笑していた。リリーの側についていてやりたいのだが……彼女の為のパーティーだ。主役の側に一人の男が立ち続けるのは、例え兄妹だとしてもマナー違反。その上俺はもう十七歳だ。
この世界では結婚をすると、如何に兄妹であろうと疎遠になるのが普通。というかそもそも、兄妹間の交流はそうそうないのだ。乳母とかいるしな。
俺とリリーが仲が良すぎるのは、リリーの魔力暴走を俺が体を張って止めていたからだ。折角魔術のある世界に生まれたんだから、ってな安易な理由で魔術を修めていて本当に良かったと思う。
そんな俺も後半年ほどで当主。既に父から政務的なことは学んでおり、今年には無事子供も授かった。
当主となれば様々な権利を得ることが出来る。少しでもいい。それでリリーのことを幸せに出来るといいのだが……。
グラスのワインを眺めながら考えていると、肩を叩かれた。
「ようソーマ、久しぶり」
「お前……相変わらずだな……」
振り返ると片眼鏡をかけた男が立っていた。伯爵家出身の癖に、公爵家な俺の肩を叩いたこいつの名はブリュスズ・ヴィルゴという。
腐れ縁である魔術馬鹿の天才野郎だ。実力だけはあるので、ありとあらゆる方面から目をつけられているものの、このようにピンピンしてパーティーに出席なんぞしている。
背後では、息子が公爵家の次期当主に気安く話しかけたことに青ざめ泡を吹いているロットン・ヴィルゴ伯爵が立っている。
「ブブブブルース、そ、そ、その、その手、手を、はな、離しなさいぃぃぃ……! エイディンラム侯爵、も、ももも申し訳ございません、すぐに、すぐに退けさせますので……!!」
「いえ、気にしないで下さい。ブルースとは学生時代には殴りあった事もあるんですよ」
「懐かしいなぁ。あれだっけ? 俺がお前の妹のこと、冗談でビッグフロッグに似てるって言ったら、お前が速攻でブチ切れて鼻の骨を折ってきた事件だろう?」
「次言ったら殺すからな」
「ブルースゥゥウ……!!!」
ロットンが失神しそうになっている。こんなのが息子だというのになんて常識人なのだろうか。育てるのも大変だったろうにこんな変人になってしまって……心中察するに余りある。
「そうだそうだ。それで、お前の愛しのリリーちゃんはどんな調子だい?」
「お前本当に気をつけろよ? 俺以外だと完全にお家取り壊しコースだぞ?」
「ああ、分かってるさ。それでリリーちゃんは? また面白い事件起こしたりしたんじゃないのか? なぁ、なあなあなあなあ!」
ド変態の真性の魔術フェチもこいつの特徴だ。こう見えて本当に天才なので、妹に関することではよく相談していた。
「どうもこうもねぇよ。見てみろあの可哀想な天使を。脂肪まみれのおっさんに詰め寄られて、今にも魔力暴走起こしそうになってる」
「ホントだ。相変わらず凄い魔力だねぇ」
「だよな……聞くまでもないと思うんだが、お前の見解を聞いてもいいか? リリーが……聖女である確率は、何パーセントぐらいだ?」
「百パーセントぐらいかなぁ」
だよなぁ……。
項垂れていると、ぽんと肩を叩かれた。気安いなぁこいつ。嫌いじゃないけど。
片手に持ったローストビーフを俺に差し出して、ブルースは片眼鏡に触れた。
「にしても、あれは殆ど聖女として完成してる。魔王も、もう一つの聖の特異点ももう完成したはずだ。……なのに、何で誰も出てこないんだろうな。リリーちゃん可哀想に。一人だけ化物扱いなんてなぁ。もう一人一緒に化物になってくれる人、欲しいだろうなぁ」
「気色悪い発想を語るのはやめろ。俺の妹はもっと清らかだ。……まあ、半年後には俺も当主だ。嫁連れて実家に住むことになる。そしたらアデリーがリリーの遊び相手になってくれる筈だ」
アーデルハイト・ドルーシア……いや、姓はエイディンラムになったのか。愛称アデリー。俺の嫁だ。海に銀糸を散らしたような瞳が特徴的な、海運系事業に携わる一族の娘である。
パーティー開始時は俺と共に数分ほど過ごしていたが、今は既婚者の女性達と端の方で談笑している。無論、彼女もリリーの誕生日プレゼントを用意してくれていた。海向こうの国で作られた大きなテディーベアの瞳には、不安や恐怖を和らげるといわれるモルダバイトが使われている。
「アーデルハイト嬢か。ならリリーちゃんが暴れても安心だね。彼女の守護精霊は半端じゃない」
「そうだな……妊娠したからか知らんが、精霊が普段よりも強力になってたよ」
「……っえ? 子供? ソーマの? えっ? 聞いてないぞ俺!!」
「デカイ声出すな。ま、そういう訳だ。リリーの孤独は癒される。……多分な」
「おめでとう……。ソーマ、勿論俺に一番最初に言ったんだろ? そうだろ? 他のやつに言ってたら俺何するか分かんないぞ」
「気色悪い奴だな……。まあ、なんだ。実はそのことについて、お前に相談したいことがあってな――」
◆◆◆***◆◆◆
聖女の誕生日パーティーが行われたらしい。私達に残された時間はあと数日ほどだ。
奴隷商人が一昨日、祈りを捧げ、生真面目に頭を下げていた聖女の偶像を見ながら、私は文ちゃんの肩を支えて立たせてあげる。先日、ついに買い手がついたのだ。
喜ばしいことではないが、"廃棄"されるよりはよっぽどマシなはずだ。いつか他のクラスメイトとも再会できるかもしれない。文ちゃんの能力は封印というもので、相手の行動や魔術を封じることが出来る。きっと逃げ出すことだって出来るだろう。
「結叶ちゃん、私一人で行きたくない……怖いよ……」
「ごめん、文ちゃん。でも、私の能力じゃ文ちゃんの足を引っ張るだけだよ。……文ちゃんだけでも、逃げて?」
文ちゃんが商人に連れていかれた。何度も振り返っているのが痛々しくて、ずっと手を振っていた。
視界から文ちゃんが消える。手を下ろして檻に戻ったら、中が随分広く感じることに気づいた。人数がかなり減っている。
かつて十七人居たここには、たったの八人しか居ない。その内五名は一度売られて、返ってきた者だ。
奴隷と一口に言っても、雇用理由は様々。雇い主が満足したり、破産したりすると奴隷は商人の元に戻されるのだ。使用して返却した場合は、一割ほどの金が購入者に返って来たりするらしい。本当に商売として確立しているようで、この国の奴隷商人はさぞ儲かるのだろうと思った。
次の競りが始まる。他人事のようにしか思えず、ここ一年とそうしたように、座りこんで膝に顎を載せた。
「エ、エイディンラム様でいらっしゃいますか? は、はい、お話はヴィルゴ伯爵から……はい、はい。うちは品質がいいのが売りなんですよ。食事も二食、水浴びも三日に一度はさせております」
「そ……か、と……だ」
微かな声が聞こえる。いつの間にか眠っていたようだ。人が来たのを察したのか、佑太君は女の子を庇うように前に出た。
「エイディンラム様、本日はどのようなモノをお求めで?」
「ああ。女の……頭の良い奴が良いな。侍女として教育して、妹か、直に生まれる子供の話し相手にするつもりだ」
「それはそれは……おめでとうございます。はい、それでしたら此方に仕舞ってあるのがよろしいでしょう」
テントの入り口が開く。光が大量に降り注ぎ、暗さに慣れた目が痛んだ。
影となって顔が見えない貴族男性が、商人に案内されて入ってきた。佑太君は先ほどの話を聞いて危険が少ないと判断したのか、今度は自分は後ろに下がって、女の子を前に出した。
私も前に押し出され、目を凝らしてその貴族を見る。
金の髪が光を浴びて透き通って見えた。恐らく相当高位の人間なのだろう。肌艶が非常に良く、服も柔らかな絹で出来ている。彼は穏やかな笑みを湛え、翠の瞳を緩めて慣れた様子で檻を眺めていた。
右から順番に動いていく視線。一度も留まらず、気の無い様子だったそれが、何故か私たちの居る所で止まった。
「……ドラム、といったか。お前、彼女たちは何処で仕入れたんだ?」
「は、はい? ええと、いつも卸してくる仕入れ屋を利用しましたが、何か問題でも?」
「いつもの仕入れ屋? ……いや、問題は、ないんだが……」
屈んだエイディンラム……さんが、私の頤を掴んでじっと見つめてくる。
こんなことは奴隷になってから初めてで、見慣れない異国の顔に思わず頬が赤くなる。何だろうか。
「……瞳孔まで黒い。焦げ茶色を帯びた瞳。……いや、まさか」
明らかに顔色が変わったエイディンラムさんに、商人は顔面蒼白だ。彼の縁者をとっ捕まえてきたのかとありもしない可能性を探しているようだった。
近くに居たクラスメイト達が固唾を呑んで見守っている。私も、ごくりと息を飲み込んだ。
「君は――日本人、か?」
n+1 年 4月




