第十五話 傷跡が増えていく
前話大幅に変更(04/05)しましたので、お手数ですが再読を推奨します
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!
叫びたくなるような痛みだが歯を食いしばって前へ進む。多分叫んだら傷口からびちゃびちゃ出てくるから。何がとは言えないが。
切り裂かれた横腹が猛烈に痛い。恐る恐る抑えてみると指が切れ口からずぶずぶと入り込んだ。イテェし気持ち悪い。
人の腹を出会って三秒でかっ捌きやがったあの女。アイツは何者だ? 俺をソーマだと確信しているようだった。なんでだ? 転移術のせいか? 国王にも最大レンジは五十メートルです(キリッ)とか嘘ぶっこいたのに何でバレた?
とにかく今からでも馬車を呼んで……。チクショウ、本格的に頭回ってねぇな。転移すればいい話だろうが。急いで来客か何かを呼んでアリバイ工作をしないといけない。コランダムと戦争になっちまう。
というかここどこだ? 適当に転移したからこんなことになる。全く自分の頭が悪すぎて嫌になった。
「ッ、痛ェ、クソが……!」
これ治んのかなぁ。死んだら困るな。
あー……確かこんな時のために『死にかけサイン』と『死にますサイン』作っといたわ。普段はリリー付きにしてる信頼出来る奴に信号送っとこ。死にかけサイン。もし死んだらリリーのこと、頼んだぞ。
痛みにも慣れてきたようなそうでもないような。取り敢えずここから転移しなければ。周囲は木々に囲まれており、無菌とは正反対の状況だ。
「転移……てんい、てんい、てんい……」
木に凭れかせて幾らか呟くが、ボトボトと血液が足元に水溜りを作るだけで現状に変化は無い。周囲は微生物パラダイスの豊かな森林。獣を寄せ付ける臭いをぷんぷんさせた俺はこの森で貴重な栄養分になるのであった……。
一瞬薄れかけた意識を歯を食いしばって耐える。死んで堪るか。頭の中に転移先のイメージを作る。
「安全な所……敵が、ッゲホ、い、なくて……こわくねーとこ……」
体が青く燐光を纏いだす。転移術が無事起動した証だった。安堵に胸を撫で下ろすが――クソ、失敗だ! 自分の傷口を抉って術を無理矢理中断し、いよいよ座り込む。
「バカヤロウ……ッ、リリーの所に、いく、やつがあるか。……あっぶね」
血塗れの死亡秒読みの兄貴なんて見せられるわけが無い。ぐっと息を吐き、クラクラする頭を使ってなんとかもう一度術を使う。貧血が酷い。そろそろ死ぬかもしれん。
「……あ、んしん、できるとこ……んでもって、リリーがいないとこ……」
すぅ、と息を吸って、今度こそ転移。白んでいった意識は曖昧になっていき、俺は半ば意識を失いながら転移した。
「坊っちゃま、起きてください。起きてください。――ハァッ!」
「何してるんですか!?」
「ッげほ、ゴホッ!」
何事だ!? 肺の辺りに激痛を覚え身を跳ね起こす。寝耳に水。青天の霹靂。俺は死ぬほど痛い横腹を庇いながら振り返り、そこに俺へ気付けを施した体勢のままのジジイが居るのを見て大方を把握した。
俺は高校生を閉じ込めている地下に無事転移。ジジイは予め渡しておいた俺の元へ飛ぶ転移陣でここまで飛んできたのだろう。そんで俺を叩き起した、と。
「ソ、ソーマさんはひどい怪我をしてるんです! やめてください!」
雪ちゃんが言うのを片手で止めてジジイに問う。
「俺は何時間寝てた?」
「二時間ほどですかな」
「――ハァ!? 来るのが遅ェんだよジジイ! 今すぐ来客呼べ!」
「老骨に鞭打って来たというのにこの言い様。じいやは信号を受けてすぐにお坊ちゃま名義でヴェーツェリンを呼び出しておりますので存分にご安心くだちゃいねー?」
「とっとと逝けジジイが。よくやった」
「リリアーネ様の成人までは死なんわ若造めが。身に余る光栄でございます」
包帯の巻かれた裸体にシャツを纏い、上着までしっかりと着付けて立ち上がる。誰がしてくれたのかは分からないが止血まで済ませてくれていて助かる。
髪の乱れを直しながら歩いていく。すると三輪ちゃんが駆けて来て、なにやら錠剤のようなものを差し出してくる。
「ソーマさん、どうしても行かないといけないんだったら、これだけでも持っていってください!」
「ありがとう」
鎮痛剤か何かだろう。ありがたく受け取ろうとするとジジイが手首を掴んで止めてくる。目で「毒物だろうから捨てろ」と言ってくるがシカトして力任せに振り払い、懐に仕舞う。
「その子達に手出すんじゃねぇぞ。一時間後には戻るから睡眠薬でも飲んで準備してろ」
「いえ、私も同行しましょう。ですのでその汎用性のない術をどうぞ」
「そうか、よっ!」
同意の上でジジイに正拳突きをブチ込み、意識が朦朧としている間に転移術を使う。ジジイはこう見えて俺とリリーに無類の忠誠を誓っているので、意識が混濁していれば転移させることが出来るのだ。
二つの魂を何等分にも好き勝手に分解し、向こう側に送る。着いた先で混ざらないように捏ね捏ね組み立てて、そこまでやって漸く完了だ。
……自分の術ながらマジで使えねー。
ジジイの肺へ仕返しのように気付けを施し、両者服飾のチェックをして客間へ向かう。ヴェーツェリン侯爵には言いたいことが山ほどあったし丁度良いだろう。次に着服したら殺す(意訳)とでも言っておくか。証拠も掴んでるし、それを今日突然発見して釘刺すために呼んだってことにしよう。
「ジジイ、リリーは……元気だったか?」
「薄情な兄が会いに来なくなり、父親と母親と同じように捨てられるのではと悲しんでおられました」
「……悪いけど、今回の騒ぎでまた暫くは会えない。これ渡しといてくれ」
カーバンクルを模したサファイアの人形。栞ちゃんの付与能力で『精神安定』の効果がある。ジジイはため息を吐いて俺の背を撫でた。
「余り心労を溜め込み召されるな。爺やは坊ちゃんがその内倒れてしまうのではと寿命が縮む思いですぞ」
その声色が優しくて、うっかり泣きそうになったのは秘密である。
ぶひぶひ言いながらヴェーツェリンが出て行くのを無事見送り、俺はほっと胸を撫で下ろす。これでアリバイ工作は完璧だ。まさか自分の執事に名前を貸して客を呼ぶような非常識貴族が居るとは考えまい。ジジイは俺の筆跡を真似られるし、手紙から露呈することも無いだろう。
疑うものは居るだろうが、コランダムから公的に責められることは無くなったと見ていい。一先ず安心だ。
「うぉ……俺、ちょっと、寝るから……。助かったよ、お前、もう帰っていいぞ……」
流石に辛い。腹を押さえ、恐らく真っ白だろう顔でジジイに告げると、奴はあろうことかもう一度俺に転移を迫りやがった。
「あの、勘弁してくれる? 俺の状況見えるか?」
「ですが坊ちゃんは、あの奴隷八人の居る所で眠るつもりでいらっしゃるでしょう。私は彼らに、すこぅし言っておきたいことが御座いまして」
「そ、だけど……本当に、辛いから、なるべく、早めに済ませてくれ……」
ジジイの鳩尾を殴るのも辛い。俺はぜーぜー息を吐きながらジジイと自分を転移させる。そして矢張りというか、そこで完全に力を使い果たし、たちまちの内にぶっ倒れた。
◆◆◆***◆◆◆
――時は遡り、ソーマの帰還時――
夜も遅い時間にも関わらず、私たちは全員起きていた。ソーマさんがいつもとは違う雰囲気で出て行ったのが気にかかっていたのだ。
私たちの中では、外はとても怖いところという印象があって、ソーマさんが幾ら夢物語を語ってくれてもまだ恐怖が残る。そんな所に、いつもとは違う様子のソーマさんが行くなんて、どれだけ心配してもし足りない。
そして、その予感は当たっていたのだった。
転移陣の幾何学模様が回転しながら広がっていく。立方体が集まって、そこにはやがてソーマさんが――傷だらけの、血まみれのソーマさんが、立っていた。
口端から血を垂らしたソーマさんが、体を真っ赤に染めて立っていたのだ。
時が凍ったかのように錯覚した。私の頭の中は真っ白になって、耳鳴りがぐわんぐわんと鳴って世界が何重にもブレていく。眩暈がして足が縺れて、そのままの勢いで駆け寄った。
ぼたぼたっ、と血の落ちる音が耳に入る。こんな、こんな、傷だらけになって、何をしたの? 誰がしたの? 何で、こんな、誰が、こんな酷いことを。許さない。許せない。許せるわけ無い。
「ソーマさん……!!」
「ッハァー、はー、はぁーっ、はーっ……ぁ、ッゲホ、ガ、は……!」
何処に触れれば良いのか分からなくて、だけど立たせたままなのは絶対に良くなくて、私は肩を貸そうと手を伸ばす。だけど、私の手がソーマさんの腕に触れた途端、それは勢い良く弾かれた。
「っ!」
バチンと大きな音を立てただけあってそこは赤くなってしまっていた。息を呑んで、ソーマさんの目を見た。彼の目に、あの、虫や物を見るような色が浮かんでいたら、きっと私たちは立ち直れなくなってしまうだろうと思って、体が震えた。
しかしソーマさんはそれ以上暴力を振るうことはせず、虚ろな目で私から離れようと一歩退き、自分の血溜まりに足を滑らせて、壁に背をぶつけてズリズリと座り込んでしまった。
「うぁ、あ、くそ、ああ、アァ――いてぇ」
視界の端で三輪さんが動く。彼女ならきっと治せるはずだ。私はソーマさんに話しかける。触れるのが駄目なら、説得するまでだ。今は私のことが分からないだけ……だと思う。背後ではベッドの準備、暖かい水、清潔なタオルを用意する頼もしい仲間が居て、彼らも此方の様子を真剣に伺っている。
「ソーマさん、落ち着いてください。私です。奴隷の結叶です。ソーマさんに逆らったりしませんし、出来ませんよ。向こうにいったら傷が治せます。私の方に、来てくれますか?」
「ハーッ、はーっ、はぁ、はー……。……ち、がう」
「違いません。私はソーマさんの為なら何でもします。……私が死んだら、向こうに行くっていうならそうします。どうしたら傷を治してくれますか?」
「ちがう……ちが、う……」
「……ソーマさん? ねぇ、大丈夫ですか? ……触りますよ、大丈夫ですからね、私は貴方のどれ、」
「――違う! 違うだろ、君は人間だ、俺のことを、きずつけない、にんげんだろ……。君たちは……おれのものじゃ、ない……いつか帰るんだ、みんなかえる。それまで、俺がだいじ、に、まもる…………」
歯を食いしばって、ソーマさんは碧の目を涙で潤ませて言った。痛みで出た生理的な涙が彼の頬を伝っていく。きらきらと光を反射する眼球が、吃驚するくらいに強い光を放って私の呼吸を止めてしまう。
思わず手が勝手に伸びていく。ソーマさんはいよいよ意識が薄れていて、だけど抵抗は止めてくれない。血はまだ流れていて、私の手を振り払う腕も震えていた。
「私です、結叶です! ソーマさんしっかりして下さい! ここは大丈夫です、安全です。危ない物も、敵も居ません、だからお願いです、私の方を見て……お、お願いだから暴れないで下さい。ソーマさんが、死んじゃうッ……!」
泣きながら、ゆっくりと肩にソーマさんの腕をかける。私を認識したのかは分からないけれど、殆ど抵抗はなかった。
この世界に来てから、私たちは身体能力が上がっていた。私は息を切らしながら、それでも一人でソーマさんを支えて歩くことが出来る。
「あんぜん……てきが、いない……そっか、おれ、っ、は、はは……」
「ソーマさん、もうちょっとでベッドですよ。三輪さんの魔方陣も準備出来てます。鎮痛剤も、麻酔も、全部栞ちゃんや楓君が作ってくれてますからね」
「おれ…………ちゃんと、し……ぁ、でき……」
肩の重みが一気に大きくなる。弱弱しくも私に合わせて歩いていた足から力が抜けていった。どうやら意識を失ったらしい。
それを確認するや否や、暴れる心配がなくなったと見た男性陣は即座にソーマさんを二人掛かりで持ち上げ、そっとベッドに下ろす。三輪さんは始めての大規模な施術に緊張気味だったが、雪ちゃんが彼女の冷えた手を温めた。
n+1年 5月中旬




