001:ウルシュ・ファニ・スネイブル 未解決事件
僕が今感じている、この感情は怒りなのか、失望なのか。
イザベラお嬢様は確かにこう言ったはず。
『今日から相棒』だと。そしてアルフレッドさん達にも宣言したはず『立派な相棒に育てる』と。
それなのに、貴女は『自分の隣には彼女しか要らない』と、そう言うんだね。貴女の横に立つのは相棒の僕では無くて、愛した萩嬢だけなのだと、そう言うんだね。
あぁ、多分これは『嫉妬』なのだと理解する。僕はイザベラお嬢様の夢の中の人物である萩嬢に嫉妬しているんだ。
それと同時に僕はほぼ確信していた。それは夢じゃない、前世の記憶だと。
これまでイザベラお嬢様と一緒に家庭教師の授業を受けてきたことで、イザベラお嬢様がどういった知識を学んできたのかを僕は把握している。
そして夢の内容を詳しく聞けば聞くほど、6歳の公爵令嬢が夢で見たり、思いついたりする内容では無いという事。
もしも、ベイザラード王子が萩嬢を元の世界に返す事が出来ていたなら?
もしも、萩嬢が元の世界に帰れたなら、輪廻の輪に無事回収され、転生できただろう。
そして、もし今この世界に、僕達と同じ時代に、萩嬢が転生していたら?
転生している萩嬢をベイザラード王子が、いやイザベラお嬢様が見つけてしまえば、イザベラお嬢様の隣はソイツに奪われてしまう。
探そう。この世界の隅から隅まで探して、そしてイザベラお嬢様が気づく前に、ソイツにはもう一度輪廻の輪に戻ってもらおう。
僕の知らない次の転生で再会してよ。今回の人生ではイザベラお嬢様の横は僕に頂戴。
ただ、今はまだベイザラード王子が萩嬢を元の世界に返せたかどうかは分からない。
夢の続きを聞かなければ、萩嬢が元の世界に帰って、転生できる状態になったか分からないんだ。
ベイザラード王子には申し訳ないけど、失敗していたらこっちのもの。もし失敗していたなら、萩嬢は前の世界に閉じ込められたまま転生できず、魂が消失しているだろう。そうすれば、このままイザベラお嬢様の隣は僕の場所。
そうと決まれば、ベイザラード王子と萩嬢の情報が更新されるのを待つだけ。
もしも萩嬢が転生している可能性が出てきた場合、少しでも探しやすくするために萩嬢の情報は集めておいた方が良いだろう。
これから情報収集のためにも、空き時間のたびにベイザラード王子には萩嬢との思い出を聞かせてもらう事にしよう。
その日から僕は日々の日課として、イザベラお嬢様が今日はどんな夢を見たのかを聞く時間を作った。
どうやら、一晩の夢で見るのは数週間から数か月をダイジェスト化したような物で、ただ旅しているだけの平凡な期間は省略されているらしかった。
イザベラお嬢様はベイザラード王子の夢の他に、魔法の無い世界の一般女性の夢も数日おきに見ているようで、その時は架空の物語に出て来る『スロウス・インディゴたん』の活躍や、仕事で受けたクレームの理不尽さに付いて語ってくれた。
始めは『スロウス・インディゴたん』の出て来る物語は、内容的に女児向けかと思いきや、協力者たちが次々と死んで行ったり、謎の殺人事件が起きて仲間内で疑心暗鬼になったりと、どこの層を狙った物語なのか疑問に思えて仕方が無かった。
そうして聞いて行くうちに、イザベラお嬢様は時系列が把握できたらしく、ベイザラード王子の夢が古く、一般独身女性の夢の方が新しいそうだ。
つまり、一般独身女性の夢も前世の記憶なのだとしたら、ベイザラード王子は生涯を終えた後、転生の輪に乗って、魔法の無い世界の一般女性に転生した事になる。
その一般女性の世界で、転生した萩嬢と出会えたのか聞いてみたが、今のところの夢では会えていないという事。
ただその代わり興味深いことを聞いた。
その一般女性は、ネットと言われる世界中の人が見る事が出来る媒体で、自分の国の過去の行方不明事件や未解決事件をまとめている記事や、動画と呼ばれる物をよく見ていたらしく、その事件のなかでもミステリーとされている行方不明事件が、萩嬢の話と酷似しているらしい。
一般女性が産まれる数年前に起きた事件で、大学生男女4人と女子高生1人が、駅前で突如として姿を消したという事件らしい。
目撃者複数人から『旅行客らしき大学生男女4人の横を、地元の女子高生が通り過ぎようとした瞬間に、彼らの足元が光ったかと思うと、次の瞬間には5人の姿が消えていた』と通報があったらしいが、その当時は監視カメラと呼ばれる通行人の姿を記録する機械がまだ街中に設置されておらず、通報内容も集団ヒステリーと思われ、初動の捜査が遅れたという物だった。
イザベラお嬢様の夢の時代では、監視カメラと呼ばれる機械も街中に増えたらしいが、事件当時はまだ街中に監視カメラが設置される前らしく、目撃者の情報だけが頼りだったとの事。
まとめ記事を読んだ読者や、動画の視聴者の一部は『ラノベみたいに異世界召喚されたのでは?』と考察しているらしい。
ベイザラード王子が生きている萩嬢と旅をしたのが6年近く、萩嬢が死亡した際に仮死状態にして保存した頭部に萩嬢の魂を保管して旅をしているのが、現在の夢の情報では大体20年位らしい。
それを考えると、もしもその行方不明者の一人が萩嬢だとしたら、時間軸をかなり遡って異世界に召喚されたことになる。
異世界ごとに時間の流れが違うのか、次元や時空を超えると時間軸も変化するのかは、分からないし、人間には答え合わせなんて出来ない様な、高次元の話だと思うので考察から外すことにする。
そんな時にイザベラお嬢様がぽつりと言った。
「この女性が生きてる国ではこんな言葉、こんな歌がある。『三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい』 夢の中の私は『三千世界』とは何かが気になって調べてみたんだ」
それは、女性が居た世界に存在した宗教の考え方らしく、こういう物だったらしい。
・一世界が私達が生きている一つの世界
・一世界が、1000個集まったものを『千世界』
・千世界が、1000個集まったものを『小千世界』
・小千世界が、1000個集まったものを『中千世界』
・中千世界が、1000個集まったものを『大千世界』
この、大千世界とは、1000×1000×1000=10億の世界の事を別名で『三千世界』と呼んでいるとの事。
「もしも夢の私が萩を元の世界に戻せたとして、10憶の世界があるのなら、同じ世界に転生できるのはどのくらいの確率なのだろうな」
・『三千世界』:仏教用語
・『三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい』:高杉晋作が読んだとされる狂歌。意味としては『この世の全部を黙らせて、あなたと朝まで寝ていたい』といった内容。鴉からすれば迷惑極まりない内容の歌です。
・『高杉晋作』:幕末の志士。長門国萩城下町(現在の山口県萩市)出身。藩の上級武士の家産まれ。




