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第九圏の欠落王 ―棺の底から始める地獄改革―  作者: カイメイラ
第一章 氷獄に火を灯す

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第九話 怒りの鉄槌


 魔物の群れを退けた翌日。

 ヴェスパーは、加工場の前に立って村を見回していた。


 吊るされた肉。

 積み上げられた骨。

 粗末ながらも、火の入った炉。

 雪を掘って作った寝床と、悪魔たちが行き来する細い道。


 つい先日まで、ここは死にかけの集落だった。

 炉もなく、飯もなく、まともに立てる悪魔すら少なかった。

 それが今は、肉を運び、薪を割り、怒鳴り合う声まで聞こえる。


 少しずつだが、生き返り始めている。


 ――だからこそ、昨日の襲撃はまずかった。


 ようやく動き出したものが、たった一度の襲撃で崩れかけた。

 加工場も、肉も、炉も、寝床も、守るものが何一つないまま外に晒されていた。


「……だめだな」


 隣にいたアガレスが、ぱっと顔を上げた。


「王様ー? どうしたんです?」

「また何か思いついたんですか?」


「守りがねぇ」


 ヴェスパーは村の外縁を指した。

 寝床も炉も加工場も、ただ雪原に置かれているだけだ。内も外もない。魔物がその気になれば、どこからでも踏み荒らせる。


「飯を作った。寝床もできた。次は守る線だ」

「村の外周を囲う。柵と壁を作る」


 アガレスの目がきらきらと輝いた。


「わ、壁ですか!」

「すごいです、王様! ちゃんと村になってきましたね!」


「ただ囲えばいいわけじゃない。どこを通して、どこを塞ぐか決める」

「グレルとフルカスを呼んでくれ。土を扱えるやつと、木を切れるやつも集めろ」


「はいっ!」

「土が使えそうな子と、木を切れそうな子ですね!」

「呼んできます!」


 アガレスが雪を蹴って走っていく。

 ヴェスパーはその背を見送りながら、足元の雪を靴先でならした。


 守る線。

 今の第九圏には、それがいる。


---


 しばらくして、悪魔たちがぞろぞろと集まってきた。


 フルカスはいつものように背筋を伸ばし、古びた外套を揺らして立っている。

 グレルはその少し後ろで、肩をすぼめるようにしていた。視線は落ち着きなくあちこちへ泳ぎ、いつ逃げてもいいような顔をしている。


 それでも、昨日よりはましだった。

 集まってきた悪魔たちもそうだ。痩せてはいる。顔色もいいとは言えない。だが、つい先日まで立ち上がるのもやっとだった連中が、今は武器や道具を抱えて自分の足で歩いてきている。


 ヴェスパーは雪の上へ棒で線を引いた。


「ここからここまでを囲う」

「加工場、寝床、炉、広場。今使ってる場所をひとまとめにする」

「ただし全部を壁で塞ぐわけじゃない。出入口は残す。見張りもしやすくする」


 フルカスが静かに頷いた。


「よろしいかと」

「昨日のようなことが二度続けば、せっかく動き出したものがまた止まります」


 ヴェスパーは線を引き足しながら、グレルへ視線を向けた。


「グレル。魔物が来そうな場所はわかるか」


 グレルはびくりと肩を震わせた。


「え、あ……は、はい」

「た、たぶん……ですけど」


「十分だ。言ってくれ」


 グレルは恐る恐る雪の上にしゃがみ込み、ヴェスパーの線の端を指差した。


「魔物は……血の匂いが流れる方を、回ってきます」

「昨日も、東の斜面を使って……こっちへ」

「たぶん、北側は……地面が固いので、壁より柵の方が……」

「東は、全部塞ぐより……少し狭めた方が、たぶん……」


「狩りやすいか」


「……はい」


「わかった。北は柵、東は絞る」


 そう言っている間にも、土を扱える悪魔たちと、氷木を切り出す悪魔たちが分かれて動き始めた。


 柵班は氷木林へ走り、斧を振るって幹を倒していく。

 土を扱える悪魔たちは、ヴェスパーが引いた線の外側へ並び、凍土を盛り上げ始めた。


 ごごご、と鈍い音が響く。

 黒ずんだ土と氷がせり上がり、低い土壁になっていく。別の悪魔がその表面を凍らせて固め、さらに隣が土を足す。柵班の方では、削られた杭が次々と地面へ打ち込まれていった。


 ヴェスパーは思わず呟く。


「……早ぇな」


 フルカスが、かすかに目を細めた。


「動けるようになれば、これくらいはやります」

「つい先日まで、死にかけていただけですゆえ」


「褒めてんのか、それ」


「事実を申しているだけでございます」


 その答えに、ヴェスパーは鼻を鳴らした。


 だが、その感心はすぐに頭痛へ変わる。


「おい。揃ってねぇぞ」


 壁の一角だけが妙に高い。

 隣は逆に低い。

 その向こうでは外側に棘が生えており、さらに別の場所では、誰かが壁面にうねるような線を刻み始めていた。


「高さとか厚みとか、どうなってんだ」


 ヴェスパーが声を張ると、土を扱っていた悪魔たちが一斉に振り向いた。


「俺の壁が一番硬い!」

「高ければ魔物は越えられん!」

「見栄えも威圧のうちだろうが!」

「こっちは斜面を見て盛ってるんだ!」


 好き勝手な主張が飛び交う。

 ヴェスパーはこめかみを押さえた。


「こだわるのは後にしろ。今は機能さえあればいい」

「高さはここで揃える。厚みも統一。通路は塞ぐな」


 それでも何か言いたげな顔をする連中へ、ヴェスパーはさらに言った。


「暇になったら装飾でも落書きでも好きにしろ」

「壁に顔でも紋様でも描きたきゃ描け」

「強度が保てるなら構わん」


 一瞬、場が静まる。


「……いいのか?」

「壁に顔を彫っても?」

「落書きも?」


「完成してからだ。今は揃えろ」


 土を扱う悪魔たちは、ぶつぶつ言いながらも壁を均し始めた。

 高い場所が削られ、低い場所に土が足される。無駄に芸術的な線も、渋々ながら埋め戻されていく。


 その様子を見て、フルカスが穏やかに言った。


「元気が戻ってきた証ではありますな」

「先日までなら、喧嘩をする気力すらなかったでしょう」


「壁は揃ってねぇけどな」


 ヴェスパーが言うと、フルカスは薄く笑った。


「そこは王の仕事でございましょう」


---


 作業は昼を回っても続いた。


 グレルは外周を何度も行き来し、雪に残る足跡や地形を見ては、びくびくしながらヴェスパーに提案を重ねた。


「あ、あの……ここ、壁を少し曲げた方が……」

「魔物が来るなら、たぶん……こっちへ流れます」

「北は、もう一本、杭を深く打った方が……」


 ヴェスパーはそのたびに線を引き直し、指示を飛ばす。


「北はもう一列追加だ。東は狭めるだけで塞ぐな」

「南は厚くしろ。加工場側は見張り台もいる」


 アガレスは資材を運び、誰がどこにいるかを把握しては、あちこちで声を張った。


「杭はこっちですー! あ、そっちは肉です!」

「わ、まっすぐです! すごいです!」

「あっ、そこちょっと線からずれてます!」

「ちゃんと凍ってますね……! あとでメモしておきます!」


 うるさい。


 うるさいが、不思議と場は回っていた。

 アガレスが走り回るたび、誰かが足りない資材に気づき、別の誰かが動く。褒められた悪魔は、露骨に気まずそうな顔をしながらも、少しだけ背筋を伸ばした。


 ニムは小さな鍋を抱えて歩き回り、温かい汁を配っていた。


「これ飲むとちょっとあったかいよ」

「がんばれー! もうちょっとだって!」


 つい先日まで死にかけていた悪魔たちが、文句を言いながらも手を動かしている。

 それだけで、少し前までの第九圏からすれば奇跡みたいな光景だった。


 ――だからこそ。


 それを踏みにじる音は、妙に大きく響いた。


「くだらん」


 低い声だった。


 防壁の東側。

 壁を均していた悪魔たちの手が止まる。振り向いた先に、ひときわ体格のいい悪魔が立っていた。肩幅が広く、角は片方が欠け、口元には人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。


 ヴェスパーはそいつを見たことがあった。

 たしか、集落の端で腕を組み、何もせずに様子だけ見ていたやつだ。


「悪魔が壁だの柵だの」

「弱った連中が土遊びをしてるだけじゃねぇか」


 周囲の空気が冷える。

 作業していた悪魔たちが、びくりと肩をすくめた。


 そいつは、壁を均していた一体の悪魔の前まで歩いていく。

 その悪魔は痩せていて、腕も細い。つい先日まで寝床から起き上がることもできなかったやつだ。今も顔色は悪く、土を押し固める手つきはお世辞にも器用とは言えない。


「おい」

「そんな鈍い手つきで、何が壁だ」


 作業悪魔は返事もできず、肩をすくめる。


 そして、そいつはゆっくりと口角を上げた。


「俺はバルガンだ」


 その名乗りに、周囲の悪魔たちがざわつく。

 どうやらこの辺境では、それなりに腕っぷしで知られた悪魔らしい。


 バルガンは近くに立っていた氷木の杭を掴むと、片手で握り潰した。

 ばきり、と乾いた音がして、杭の先端が砕ける。


 さらに足元の凍土を踏み抜いた。

 氷混じりの地面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「バルガンだ……」

「腕だけは本物だぞ、あいつ」

「昔は狩り場を一つ潰したって聞いたぞ……」


 円の外で、誰かが息を呑んだ。


 バルガンはヴェスパーへ顎をしゃくった。


「力のねぇ王なんざ、悪魔には要らねぇ」

「お前を倒して、俺が王になる」


 ヴェスパーは眉をひそめた。


「王って立候補制なのかよ」


「悪魔は力が全てだ」

「強ぇやつが上に立つ。それだけだ」


 そう言った次の瞬間だった。


 バルガンの足が振り抜かれた。

 鈍い音とともに、作業悪魔の身体が横へ吹っ飛ぶ。雪の上を転がり、積みかけていた土の脇に叩きつけられた。


 一瞬、誰も動かなかった。


 だが、その沈黙は別の意味で長く続かなかった。


「……喧嘩だ!」

「喧嘩だ喧嘩だ!」

「場所空けろ!」


 誰かが叫んだ瞬間、悪魔たちは一斉に下がった。

 止める者など一人もいない。むしろ嬉々として距離を取り、あっという間に東側の作業場に円ができる。


 男悪魔たちは拳を振り上げ、女悪魔たちは目を輝かせて声を上げた。


「きゃー! やっちゃえー!」

「角折れー!」

「喧嘩だ喧嘩だ!」

「王様、そこで引いたら男じゃないわよー!」


「いや、悪魔だろ……」


 ヴェスパーは低く呟きながら、蹴られた悪魔の方を見た。

 息を詰まらせ、雪の上にうずくまっている。すぐに死ぬほどではない。だが、ようやく立てるようになった身体にあの蹴りは重い。


 バルガンは鼻で笑った。


「そんな半端者、蹴られて当然だろうが」

「悪魔は力が全てだ。立てねぇやつは這いつくばってろ」

「それとも何だ。今度は壁の作り方でも説教するか?」


 ヴェスパーはゆっくりと円の中へ入った。

 アガレスが青ざめて声を上げる。


「王様!? だめです、だめですって!」

「そこ完全に喧嘩の輪です!」

「入ったら殴られるやつです!」


 誰も聞いていない。

 むしろ悪魔たちはもっと騒いだ。


「おおっ、出るぞ!」

「どっちが勝つ!」

「やれやれー!」


 バルガンは肩を鳴らし、ヴェスパーへ拳を向けた。


「いいぞ。それでこそ悪魔だ」

「王を名乗るなら、力を見せてみろ」


 殴りかかってくる。

 ヴェスパーは半歩ずれてかわした。拳が空を切る。


 外れた拳が、防壁に立てかけてあった杭を叩き折った。

 氷木の杭が、乾いた音を立てて砕ける。


「逃げたぞー!」

「腰引けてんぞー!」


 また拳。

 また避ける。

 三発、四発。バルガンは完全に面白がっていた。


 五発目。

 バルガンの拳が雪を打ち抜き、凍土に深い穴を開ける。

 衝撃で小さな氷片が飛び、円の外にいた悪魔が慌てて身を引いた。


「おいおい、当たったら終わりだぞ……」

「やっぱ強ぇな、あいつ」


 バルガンの力は本物だった。

 ただの乱暴者ではない。腕だけなら、この辺境で頭ひとつ抜けている。


 だが、ヴェスパーの目は相手ではなく、その背後を一瞬だけ見ていた。


 資材置き場の脇。

 杭を束ねるために使っていた太い鎖が、雪の上に巻かれたまま放置されている。


 ――あれ、使えるな。


 次の拳を身をひねって避ける。

 そのまま片手を軽く振った。


 鎖が跳ねた。


 じゃらり、と重い音を立てて雪を裂き、蛇のようにバルガンへ走る。

 気づいた時にはもう遅い。鎖は足首に絡み、膝を縛り、胴へ巻きつき、腕ごと締め上げた。


「なっ――!?」


 バルガンがたたらを踏む。

 鎖はさらに食い込み、あっという間にそいつを簀巻きにした。


 円の外から野次が飛ぶ。


「おお!?」

「卑怯だぞ!」

「そんなのありかよ!」


 ヴェスパーは鼻で笑う。


「喧嘩だろ。魔法使うなとは聞いてねぇ」


 簀巻きにされたバルガンは、それでもまだ喚いた。


「こんなもんで王気取りか!」

「壁だの村だの、弱ぇ連中の遊びじゃねぇか!」

「そんな半端者ども、蹴られて当然だろうが!」


 その言葉で、何かが切れた。


 ヴェスパーはゆっくり歩いた。

 鎖に縛られたバルガンの前まで来て、立ち止まる。


「お前が俺に喧嘩売るのは勝手だ」


 低い声だった。


「だが、働いてるやつを蹴るな」


 円の外が、少し静まる。


「一生懸命、村のみんなのために作業しているやつを馬鹿にすることは許さん」


 拳を握る。


 その瞬間だった。


 空が、低く唸った。


 まるで天そのものが、怒りを飲み込んで軋んだような音だった。

 ヴェスパーの足元から、黒い魔力が熱のように立ち上る。ばちり、と乾いた音がして、黒い雷が拳の周囲を這った。


 黒い雷は拳だけではない。

 肩へ、背へ、足元へ。枝分かれするように走り、雪の上へ黒い影を焼きつける。


 雪が沈む。

 凍土が軋む。

 まるで第九圏そのものが、その拳を振り下ろすために息を止めたようだった。


 空気が沈む。


 見えない何かが、場そのものへ圧し掛かった。

 重い。

 まるで巨大な岩でも背に載せられたかのように、円の外にいた悪魔たちの膝が折れる。


「う、ぐ……っ」

「な、なんだ……これ……」

「重い……!」


 さっきまで「きゃー! やっちゃえー!」と騒いでいた女悪魔が悲鳴を上げ、腰を抜かして尻もちをついた。別の悪魔は膝をつき、誰かは四つん這いのまま顔を上げられない。


 アガレスが息を呑む。


「王様、なんか黒いの出てます……!」

「こわいですけど、すごいです……!」

「あとで教えてくださいね、それ!」


 フルカスだけが、静かに目を細めていた。


「……申し上げたはずですぞ」


 老練な声が、沈んだ空気の中に落ちる。


「この御方は、王だと」


 ヴェスパーは鎖に縛られたバルガンを見下ろした。

 そいつの顔から、さっきまでの余裕は完全に消えている。


「……歯ァ食いしばれよ」


 拳が振り抜かれた。


 次の瞬間、天が吠えた。


 轟音は、拳がめり込んだあとから来た。

 衝撃が爆ぜ、黒い雷が走り、空気そのものが砕けたように見えた。鎖ごと吹き飛んだバルガンの身体が、弾丸みたいに一直線へ飛ぶ。


 防壁へ激突。


 土と氷が爆ぜた。

 作りかけの壁の一角が、根元から吹き飛ぶ。雪煙と土塊が高く舞い上がり、轟音が村じゅうへ響き渡った。


 誰も、声を出せなかった。


 さっきまで騒いでいた円の悪魔たちは、全員口を開けたまま固まっている。腰を抜かした女悪魔など、目を見開いたまま一言も出てこない。


 誰かが、膝をついた。


 それは恐怖だけではなかった。

 目の前にいるものが、自分たちと同じ高さに立っているだけの存在ではないと、悪魔たちは初めて理解した。


「……王様」


 誰かが、小さく呟いた。


 その声は、雪の上に落ちるように静かだった。


 やがて、崩れた土の向こうから笑い混じりの咳が聞こえた。


「……っ、は」

「すげぇな、王……」


 瓦礫の中から、バルガンがふらふらと起き上がる。

 口の端から血を垂らしながら、それでも笑っていた。


「俺の負けだ」

「今日からあんたに従うぜ」


 ヴェスパーは崩れた防壁を見やった。


「そうか。じゃあまず、壊した壁を直せ」


 バルガンが目を瞬かせる。


「……壊したのは王ですが?」


 ヴェスパーはじろりと睨んだ。


「なんか言ったか?」


 バルガンは反射的に背筋を伸ばした。


「いえ、何も! 直します!」


 その返事に、周囲の悪魔たちがどっと笑う。

 さっきまで腰を抜かしていた女悪魔たちまで、涙目のまま笑い出した。


「ははっ、もう舎弟じゃねぇか!」

「早っ!」

「バルガン、お前さっきまで王になるって言ってただろ!」


「うるせぇ! 王は王だ!」


 バルガンが怒鳴り返し、そのまま崩れた壁へ駆けていく。

 悪魔たちもつられるように動き出した。


「ほら、お前らも手ぇ貸せ!」

「王の壁だぞ! さっさと直すぞ!」


「誰の壁だって?」

「王の壁だよ!」


 さっきまで喧嘩の輪を作っていた連中が、今度は笑いながら土と氷を運び始める。

 ヴェスパーはその様子を見て、呆れ半分で息を吐いた。


「……切り替え早ぇな」


 フルカスが静かに笑う。


「悪魔ですからな」

「強い者に従うのは、得意でございます」


 蹴られた悪魔も、仲間に支えられながら起き上がっていた。

 まだ顔色は悪いが、もう震えてはいない。バルガンが自分の前で頭を下げたことが、少しは効いたのかもしれない。


 ヴェスパーは崩れた一角へ歩み寄り、土を踏みしめる。

 壊れたのは痛い。だが、壁そのものはもうできている。北には柵が並び、東は絞られ、南は厚く盛られ、西には見張り台まで立っていた。


 粗い。隙もある。

 それでも、今朝までとはまるで違う。


 村の内と外が、初めてはっきり分かれている。


 悪魔たちは防壁の内側に立ち、外を見た。

 つい先日まで、雪の上で死にかけていた連中が、今はその内側にいる。守る線の中にいる。


 ヴェスパーは、出入口として残した開口部へ目を向けた。

 ぽっかりと空いたそこは、まだただの隙間だ。吹きさらしで、見た目も締まらない。


 だから、次に必要なものは決まっていた。


「……次は門だな」


 アガレスがぱっと顔を上げた。


「門ですか!」

「いいですね、王様!」

「ちゃんと閉まるやつにしましょう!」


 ニムも嬉しそうに両手を上げる。


「もん!」


 冷たい風が、防壁の外を吹き抜けていく。

 だが、その風はもう、何の抵抗もなく村の中心まで入り込めるものではなかった。


 初めて、風が村の手前で途切れた。


 それだけで、ここがただの雪原ではなく、誰かが帰る場所になった気がした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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今後ともよろしくお願いいたします。

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