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第九圏の欠落王 ―棺の底から始める地獄改革―  作者: カイメイラ
第二章 眠る王都へ続く道

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第二十五話 七日目は休め


 黒鉄の鐘が鳴った。


 カン、と。


 最初は、それだけの音だった。


 だが、広場にいた悪魔たちは一斉に顔を上げた。


 炉のそばで鍋を見ていたハボリムが、ゆっくりと顔を向ける。

 工房で黒石を削っていたザグが手を止める。

 見張り台の上にいた悪魔が、隣に立っていた者へ合図を送る。

 飯場では、冥骨粥の鍋をかき混ぜていた悪魔が、器の数を数え始めた。


「……音ひとつで動くようになるもんだな」


 広場の端でその様子を眺めながら、ヴェスパーは小さく呟いた。


 隣に立つクロセルが、白手袋を胸に当てて一礼する。


「時刻を共有するとは、そういうことでございます」


 黒髪。

 黒い瞳。

 燕尾服めいた古い礼装。

 凍った旧中央広場から救助されたばかりとは思えないほど、クロセルの姿勢は乱れなかった。


 むしろ、寝起きから数日しか経っていないというのに、すでに村の時間管理を握り始めている。


 ヴェスパーは広場中央に据えられた黒鉄の装置を見た。


 最初は、簡易時計だった。


 黒石の歯車。

 骨で作られた軸。

 魔力をわずかに流す振り子。

 クロセルが旧王都の時計機構を思い出しながら、村で使えるように組み直したものだ。


 だが、今は違う。


 時計の上には、黒鉄の小さな鐘がいくつも吊るされていた。

 大きさも厚みも違う。

 叩く場所も違う。

 鳴る音も違う。


「お前、いつの間に鐘まで付けた」


「一号機には不備がございましたので」


「報告しろ」


「改善後に報告いたしました」


「それは事後報告だ」


 クロセルは涼しい顔のまま、時計の横に立つ。


「低い鐘は作業開始。短い鐘は作業交代。少し高い金属音は炉点検。二連鐘は食事。長い鐘は作業終了。連打は警戒でございます」


「細かいな」


「聞き間違いは事故につながります」


「そこは正しい」


 ヴェスパーは腕を組んだ。


 さっき鳴ったのは、炉点検の鐘だった。

 炉は勝手に灯っている。

 火そのものは消えない。


 だが、火力が偏っていないか。

 炉壁に亀裂がないか。

 排管に詰まりがないか。

 運搬炉や作業炉の熱が乱れていないか。


 それを見る時間は必要だった。


 今までは、誰かが気づいた時に見ていた。

 つまり、気づかなければ見ていなかった。


 それでは危ない。


「……これで、気絶するまで働いてる奴も止められるな」


「過労防止時刻を設定いたします」


「言い方が怖いな」


 クロセルは懐から小さな帳簿を取り出し、さらさらと記録する。


 横からアガレスが身を乗り出した。


「王様! 時間インフラの誕生です!」


「いちいち大げさに言うな」


「ですが、大事です! 鐘が鳴れば、全員が同じ時刻を見るのです!」


「見てはいないだろ。聞いてる」


「細かいことは、いずれ修正されます!」


「修正するな。今の表現でいい」


 ヴェスパーは広場を見回した。


 炉がある。

 鍋がある。

 工房がある。

 見張り台がある。

 そり道が伸びている。

 南には石切り場と鉱山。

 西には旧中央広場へ続く帰還柱の列。


 少し前まで、ここはただの遭難者の避難所だった。


 今は違う。


 まだ貧しい。

 まだ寒い。

 まだあちこち壊れている。


 だが、音に合わせて悪魔たちが動いている。


 その光景に、ヴェスパーは少しだけ息を吐いた。


「時刻はできたな」


「はい」


 クロセルが頷く。


「では、次は暦でございます」


「……やっぱりそこに行くか」


「行きます」


 即答だった。


 ヴェスパーは眉間を押さえる。


「今の時計だけじゃダメなのか」


「何時に行うかは決められます。ですが、何日後に行うかが決められません」


「それはそうだな」


 南の石切り場に部材を運ぶ日。

 西の旧中央広場へ救助に行く日。

 炉の総点検。

 採取。

 防衛訓練。

 工房の納品。


 時刻だけでは足りない。


 日数がいる。

 予定がいる。

 繰り返しがいる。


 ヴェスパーは、空を見上げた。


 第九圏の空は暗い。

 太陽はない。

 月もない。

 星もない。

 季節の移り変わりなど、当然ない。


 吹雪が強いか、弱いか。

 冷気が深いか、少しましか。


 それだけだ。


「季節も月も太陽もねぇからな」


「はい。旧王都暦は、王都の鐘楼と結界周期を基準にしておりました。ですが、現在、その基準は失われております」


「じゃあ、こっちで決めるしかねぇだろ」


 ヴェスパーは言った。


 アガレスの金色の瞳が輝く。


「おお!」


「時計が一周したら一日」


「はい」


 クロセルが記録する。


「七日で一週」


「はい」


「四週で一月」


「一月は二十八日でございますね」


「十二月で一年」


「一年は三百三十六日となります」


「細かい計算が早いな」


「職務でございます」


 クロセルはさらりと言った。


 ヴェスパーは少し考え、それから付け足す。


「七日目は休みだ」


 その瞬間、広場が少しざわついた。


 近くで聞いていた悪魔たちが互いに顔を見合わせる。


「休み……?」

「働かぬ日、ということか?」

「罰ではないのか?」

「動かぬと、また凍るのでは……」


 声が広がっていく。


 フルカスが静かに歩み寄ってきた。


 背筋の伸びた老騎士は、炉の熱で本来の輪郭を少し取り戻している。

 だが、その表情は真剣だった。


「王様。なぜ七日目なのでございましょう」


「神ですら七日目は休んだはずだぞ?」


 広場が、ぴたりと静まった。


 悪魔たちは互いに顔を見合わせた。

 アガレスは目をぱちぱちさせる。

 フルカスは目を細めた。


「王様」


「なんだ」


「地獄でその理屈を使うのは、なかなか挑戦的でございます」


「使えるものは使う」


 ヴェスパーは肩をすくめた。


「天界から苦情が来るのでは?」


「来たら言ってやる。神に倣っただけだってな」


 アガレスが両手を合わせた。


「王様! 神の創世を地獄運営に転用するとは、実に悪魔的です!」


「悪魔的なのか神聖なのか、どっちなんだよ」


「両方です!」


「一番面倒なやつだな」


 クロセルは、真顔で帳簿に文字を走らせる。


「七日目を休息日と定めます。理由は、神も休まれたため」


「そのまま書くな」


「では、創世規範に基づく休息周期、と記録いたします」


「余計に仰々しい」


 フルカスが低く呟いた。


「神の定めを、地獄に……」


「皮肉でも何でもいい」


 ヴェスパーは広場に集まった悪魔たちを見る。


「凍えてた時代は、止まれば消えた。だから働ける時に働いた。動ける時に動いた。それは分かる」


 悪魔たちが静かに聞いていた。


「だが、今は炉がある。飯もある。見張りは交代で立てる。全員が同じ日に全部止まるわけじゃねぇ」


 ヴェスパーは広場の時計を指差した。


「働くために休め」


 誰も、すぐには答えなかった。


 休む。


 その言葉は、この第九圏ではあまりにも遠かった。


 凍えないために身を寄せることはあった。

 動けず倒れることもあった。

 消えないように眠ることもあった。


 だが、それは休息ではなかった。


「では」


 クロセルが静かに言う。


「休息日を運用するには、交代制が必要でございます」


「だろうな」


 ヴェスパーは頷いた。


「炉、飯場、見張り、防衛は止められない。南も西も、必要なら動く。けど全員を動かすな。休ませる奴を決める」


「そのためには、職務分掌が必要でございます」


「急に嫌な言葉を出すな」


 アガレスが両手を上げた。


「王様! 行政機構ですね!」


「違う。現場整理だ」


「王国の官制です!」


「違うと言ってる」


「では、現場官制!」


「混ぜるな」


 ヴェスパーは巨大キャンバスを広げた。


 研究所で使っていた、黒い線を書き込める魔法の布。

 それを広場の黒石壁に押し当てる。


 アガレスが術式で固定する。

 バティンが黒石の留め具を打ち込む。

 ザグが横から補強する。


 黒石壁に、白い巨大なキャンバスが張り付いた。


「帳簿に書いたって、お前らしか見ねぇだろ」


 ヴェスパーは黒炭を手に取った。


「全員が見る場所に貼る」


 横に七つ。

 縦に四つ。


 線が引かれていく。


 それだけで、広場に奇妙な秩序が生まれた。


 上に大きく書く。


 第九圏新暦。


 その下に、


 一の月。


 そこまで書いたところで、アガレスが慌てて飛び出した。


「王様!」


「なんだ」


「それでは普通すぎます!」


「暦は普通でいいんだよ。分かりやすいのが一番だ」


「もっと悪魔的な暦がよいです!」


「悪魔的な暦ってなんだよ」


「七つの大罪を月名にしましょう!」


「七つしかねぇだろ。十二月あるんだが」


「では、五つ足します!」


「罪を足すな」


 アガレスは胸を張った。


「傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。ここに、背信、疑念、絶望、忘却、沈黙を加えます!」


「重い。毎月が重い」


「地獄ですので!」


「便利な言葉にするな」


 クロセルが一歩前に出る。


「では、現場では数字名を用い、正式記録では罪名を添えましょう」


「どういうことだ」


「広場の暦板には、一の月、傲慢。二の月、強欲、と併記いたします。日常会話では一の月、二の月。正式記録では一の月・傲慢、と記載すれば、混乱を避けつつ暦としての威厳も保てます」


 ヴェスパーは少し黙った。


「お前、ほんと仕事できるな」


「職務でございます」


「よし、それでいい」


「悪魔的威厳です!」


「そこは別にいらねぇ」


 アガレスが嬉々として月名を書き込もうとしたが、ヴェスパーが黒炭を取り上げた。


「大きく書くな。怖い」


「王様!」


「数字を大きく、罪名は小さく」


「悪魔的威厳が!」


「現場で事故るよりましだ」


 結局、広場の暦板にはこう書かれた。


 一の月 傲慢。


 その下に四段の表。

 横に七つの枠。


 一日。

 二日。

 三日。

 四日。

 五日。

 六日。

 休息日。


 悪魔たちが、その文字を見上げた。


「休息日……」

「本当に、働かぬ日なのか」

「何をすればよいのだ」


「休むんだよ」


 ヴェスパーは言った。


「何も壊れてなきゃな」


 クロセルがその横で、さらに予定を書き込んでいく。


 一日、南側運搬。

 二日、西側救助。

 三日、炉全体点検。

 四日、工房納品。

 五日、採取。

 六日、防衛訓練。

 七日、休息日。


「おい、どんどん書くな」


「仮予定でございます」


「仮にしては筆が速いな」


「予定は、未定のままでは機能いたしません」


「正しいけど腹立つな」


 ヴェスパーは頭をかき、それから広場に集まる悪魔たちを見渡した。


「じゃあ、仕事を分ける」


 悪魔たちがまたざわついた。


「今までは、できる奴ができることをやってた。だが、それだと交代も休みも組めねぇ」


 ヴェスパーはキャンバスの横に、別の欄を作った。


「炉管理。ハボリム」


 炉のそばで鍋を磨いていたハボリムが、ぼんやり顔を上げる。


「火かのう」


「火だ。鍋だけ見るな。炉も見ろ」


「炉も鍋も、温めるものじゃ」


「似てるようで違う」


「難しいのう」


「難しくない」


 ヴェスパーは次を書いた。


「暦記録。クロセル」


「承知いたしました」


「時計、鐘、暦板、交代表。働きすぎる奴を止めろ」


「過労者は記録し、強制休息を命じます」


「言い方が怖いな。まあ頼む」


「知識記録。アガレス」


「はい!」


「設計記録、古文書、研究補助。あと余計な装飾はするな」


「努力します!」


「約束しろ」


「努力します!」


「こいつ」


 アガレスは嬉しそうに羽を揺らしていた。


「防衛。フルカス」


「承知いたしました」


「見張り、巡回、門、防衛線。村が広がってきた。守る範囲も増える」


 フルカスは静かに頭を下げた。


「守るべきものが増えましたな」


「ああ。面倒だが、悪くない」


 次に、ヴェスパーは運搬の欄を二つに分けた。


「運搬は二つだ」


 モルクが前に出る。

 その少し後ろで、バルガンがすでに腕を組んでいた。


「西はモルク。旧中央広場、救助者、帰還柱沿いの物資輸送を任せる」


「承知しました。帰り道を切らさないようにします」


「頼む。西は人を運ぶことが多い。揺らすなよ」


「石より慎重に運びます」


「石と比べるな。いや、凍ってると似たようなもんだが」


 そしてヴェスパーは、バルガンを見る。


「南はバルガン」


「おう!」


「声がでかい」


「南だな! 石切り場か! 鉱山か! 黒石か!」


「全部だ」


「全部か!」


「だから声がでかい」


 バルガンは歯を見せて笑った。


「任せろ! 石でも黒鉄でも排管でも運んでやる!」


「炉は運ぶな。壊すな」


「壊さず運ぶ!」


「最初からそれを言え」


 周囲の悪魔たちから、少し笑いが漏れた。


 ヴェスパーは続ける。


「採取食料。ブエル」


「はいぃ」


「毒は先に言え」


「思い出したら言いますぅ」


「思い出す前に言え」


「努力しますぅ」


「お前もか」


 ブエルはのんびり笑っている。


「工房。ザグ」


「任せてくれ。新しく起きた連中にも、道具を持たせてみる」


「無理はさせるなよ」


「分かってる。だが、手は増えた」


 ザグはそう言って、旧中央広場から救助された悪魔たちへ視線を向けた。


 彼らは、まだ完全に回復したわけではない。


 だが、少しずつ立ち始めていた。


 旧王都で鐘楼を守っていた悪魔。

 市場で荷を運んでいた悪魔。

 石畳の補修をしていた悪魔。

 帳簿を扱っていた悪魔。

 見張り台にいた警備兵。

 地下道の入口を知る悪魔。

 工房で金具を扱っていた悪魔。


 名前はまだ、すべて聞けていない。

 記憶も曖昧な者が多い。


 だが、彼らには役割の名残があった。


 手つき。

 立ち方。

 道具の持ち方。

 鐘の音に反応する目。


 クロセルが彼らから話を聞き、得意分野を記録していく。


「いきなり働かせすぎるなよ」


「休息日を考慮した上で、仮配属といたします」


「本当に仕事が早いな」


「職務でございます」


「お前も休めよ」


「休息日になりましたら」


「お前も休み方を知らない側か」


 クロセルは少しだけ首を傾げた。


「休息とは、職務継続のために行う停止処理では?」


「もう嫌な予感がする」


 ヴェスパーは最後に書き込んだ。


「土木建設。バティン」


「任された」


「道、排管、地面、拠点整備。南にも西にも必要だ」


 バティンは短く頷く。


「救助遠征は俺の直轄だ。判断が必要な遠征、凍結悪魔の回収、新しい探索は俺が見る」


 アガレスが目を輝かせた。


「王様直轄部門!」


「変な名前をつけるな」


「では、王命救助遠征局!」


「局にするな」


 そうして、広場の暦板の横に部門表ができた。


 炉管理。

 暦記録。

 知識記録。

 防衛。

 西側運搬。

 南側運搬。

 採取食料。

 工房。

 土木建設。

 救助遠征。


 ただの文字だ。


 だが、その文字を見て、悪魔たちは自分の立つ場所を少しずつ理解していった。


 誰が何をするのか。

 いつするのか。

 いつ休むのか。


 それが、初めて目に見える形になった。


 それから数日、村は明らかに変わった。


 鐘が鳴れば、見張りが交代した。

 高い金属音が鳴れば、ハボリムが炉を見る。

 食事の二連鐘が鳴れば、飯場に器が並ぶ。

 南側では、バルガンが黒石材を山のように積んだそりを押していた。

 西側では、モルクが旧中央広場へ向かう物資を確認していた。

 工房では、ザグが救助された悪魔たちに道具を渡し、石材の削り方を教えていた。

 ブエルは採取隊を連れて、毒なのか食材なのか分からないものを持ち帰っていた。

 アガレスはそれを嬉々として記録していた。

 クロセルは毎日、広場の暦板に印をつけた。


 一日。

 二日。

 三日。


 時間が流れている。


 ただ流れているのではない。


 使われている。


「……集落っていうより、だいぶ村になってきたな」


 ヴェスパーは暦板の前で腕を組み、そう呟いた。


 そして、七日目が来た。


 広場の暦板には、大きくこう書かれている。


 休息日。


 ヴェスパーは広場に集まった悪魔たちへ告げた。


「今日は休め」


 悪魔たちは、困った。


 最初は、炉の前で座っていた。


 それだけならよかった。


 だが、半刻もしないうちに、異変が出始めた。


 ひとりの悪魔が、何も積んでいないそりを押していた。


「何してる」


「そりの調子を……」


「休みだ」


「では、軽く押すだけに」


「押すな」


 別の悪魔は、道具を磨いていた。


「休みだと言っただろ」


「磨くのは仕事ではありません」


「仕事に近い」


「では、趣味です」


「嘘をつくな。目が死んでる」


 ハボリムは鍋の底を磨いていた。


「ハボリム」


「なんじゃ」


「その鍋、さっきも磨いてなかったか」


「三度目じゃ」


「休め」


「鍋も休ませておる」


「磨いてるだろ」


 ブエルは採取籠を背負っていた。


「ブエル」


「散歩ですぅ」


「籠を置け」


「道端に食材があるかもしれませんのでぇ」


「採取だろ、それ」


「散歩ですぅ」


「籠を置け」


 南門の前では、バルガンが腕を組んでいた。


「お前は何してる」


「石がない」


「ないなら休め」


「運ぶ石がない」


「禁断症状みたいに言うな」


「石を運ばぬと、腕が暇だ!」


「腕を休ませろ」


 クロセルは暦板の前で何かを書いていた。


「おい」


「休息状況を記録しております」


「休め」


「休息管理は暦記録部の職務でございます」


「だから休め」


「休息の記録を終えましたら」


「終わらないやつだな、これ」


 アガレスはその横で帳簿を広げていた。


「お前も何してる」


「休息日の観察記録です!」


「休め」


「知識の悪魔にとって、観察は休息のようなものです!」


「便利な言い訳をするな」


 ヴェスパーは広場を見回した。


 悪魔たちは、しおれていた。


 凍えているわけではない。

 飢えているわけでもない。

 倒れそうなほど疲れているわけでもない。


 だが、何をしていいか分からず、魂の置き場を失ったように、妙にしおれている。


 炉の前でぼんやりと火を見つめる者。

 意味もなく立ったり座ったりする者。

 道具の近くをうろうろする者。

 見張り台を見上げて落ち着かない者。


 ヴェスパーは眉間を押さえた。


「……なんだこれ」


 アガレスが、少し困ったように首を傾げる。


「王様。これは休息ではなく、空白なのかもしれません」


「空白?」


「はい。働いていない時間ではなく、何をしてよいか分からない時間です」


 ヴェスパーは黙った。


 そこへフルカスが歩み寄る。


「かつての王都には、仕事の後に集う場所がございました」


「集う場所?」


「酒場、盤戯、語り場、歌、闘技場。賭け事を好む者もおりましたな」


「賭けは後回しだ」


「はい」


 フルカスは広場を見た。


「ですが、王都が凍り、道が閉ざされ、火が消えてからは……そのようなものは、すべて失われました」


 ヴェスパーは、しおれた悪魔たちを見る。


 炉はある。

 飯もある。

 寝床も増えた。

 時計もできた。

 暦もできた。

 仕事も分けた。

 休みも作った。


 けれど、休み方がない。


 仕事以外の時間を過ごすものがない。


 ヴェスパーは深く息を吐いた。


「……娯楽か」


 炉の前でぼんやりと火を見つめる悪魔たちを眺めながら、ヴェスパーは頭を抱えた。


「地獄で遊びまで作ることになるとはな」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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