表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、朝が来る  作者: 八雲 海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

第五話 二千万の壁

日本政策金融公庫にほんせいさくきんゆうこうこの相談窓口は、駅から歩いて十分のビルの四階にあった。

志乃は番号札を取って、待合の椅子に座った。

隣には五十代くらいの男性が分厚い書類をひざの上に置いていた。向こうの席には若い男性が二人、ノートパソコンを広げていた。

みんな、何かを始めようとしている人たちだった。

番号が呼ばれた。


担当者は三十代の男性だった。名札に「村田」と書いてあった。

志乃が事業計画を説明すると、村田は静かに聞いた。メモを取りながら、時々うなずいた。

説明が終わると、村田は一枚の紙を出した。

「人材派遣業の許可要件きょかようけんなんですが」

紙には数字が並んでいた。

基準資産額きじゅんしさんがく:二千万円以上

志乃はその数字を見た。

「貯金は百二十万です」

村田は少し間を置いた。

創業融資そうぎょうゆうしで補うとして、自己資金が少ないと審査しんさが厳しくなります。通常、融資額は自己資金の二倍程度が目安で」

「二百四十万、ということですか」

「目安として、はい」

志乃は計算した。百二十万+二百四十万=三百六十万。二千万まで、まだ一千六百万以上足りなかった。

「他に方法はありますか」

村田はもう一枚紙を出した。

「民間の金融機関への融資相談、あとは事業規模を小さく始めて実績を積む方法もあります。ただ派遣業は許可が下りるまで事業ができませんので——」

志乃は深く息を吸った。

「わかりました。ありがとうございます」


帰り道、志乃は川沿いの道を歩いた。

遠回りだったが、まっすぐ帰れなかった。

二千万。その数字が頭の中で鳴り続けていた。

甘かった。自分の見通しが、甘すぎた。

川の水が光っていた。春の午後だった。

志乃はベンチに座って、スマホを開いた。

検索した。「派遣業 資産要件 クリア方法」

いくつかの記事が出てきた。読んだ。また読んだ。

一つの方法が目に止まった。

増資ぞうし——株主から出資しゅっしつのる。

志乃はスマホを閉じた。

出資してくれる人間が、どこにいる。

川を見た。水は黙って流れていた。


その夜、俊一が珍しく早く帰ってきた。

夕飯を食べながら、志乃は今日のことを話した。二千万の壁のこと、融資では足りないこと、出資を募る方法があること。

俊一は黙って聞いていた。

話し終えると、俊一ははしを置いた。

「正直に言う」

志乃は俊一を見た。

「俺は反対じゃない。でも心配だ。あかりはまだ一歳だし、もし失敗したら——」

「失敗しない」

「根拠は」

志乃は少し間を置いた。

「ない。でもやる」

俊一はまた黙った。しばらくして言った。

「俺の貯金、三百万ある。使っていい」

志乃は俊一を見た。

「いいの」

「家族だろ」

それだけだった。多くを語らない男だった。でも今日の三百万は、志乃には何より重かった。

「ありがとう」

俊一は照れたように箸を取った。

「飯、冷めるぞ」


その夜遅く、志乃はノートに数字を書いた。

自己資金百二十万、俊一の三百万、融資で積み増す分。それでもまだ足りなかった。

でも昨日より、少しだけ前に進んでいた。

志乃はノートを閉じて、あかりの部屋をのぞいた。

小さな寝顔が、暗がりの中にあった。

幸せはどこへ飛んでいったのか。まだわからない。

でも明日、また探しに行く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ