07. 変わらない愛しい人
天気が良いから今日は洗濯物日和だ。
濡れた衣服のしわを伸ばしながら、物干し竿に背伸びして掛ける。
ふと作業の合間に、憎き幼馴染のライアンのことが思い出された。
ライアンが村に帰ってきて、早一週間が経とうとしている。
ライアンはご両親のミランダさんたちの話によれば、さすがに小屋に引き籠ることをやめ、ミランダさんたちの家の手伝いをしたり、村の人たちから頼まれた力仕事などをちょくちょくしているようだ。
元々人の役に立つことが好きな性分だ、何週間もじっとしていることは出来なかったのだろう。
他の勇者パーティのメンバーも同様で、ヒューゴさんはなにやらこの村で情報を扱った商売をちゃっかり始め、レティシアさんは……よく分からない。
ふと見かけた時には、村の若者たちから「美人の魔法使い」だと持て囃されていて嬉しそうだった。
彼らにはこの村に長期間滞在する理由はないものの、ライアンの生まれ故郷を知るために、はたまたは私に振られたライアンを心配して、この村にとどまっているというところだろうか。
ほとんど理由は後者な気がして少し申し訳ないような気がする。
レティシアさんにはそこまで罪悪感は抱いていないけれど。
彼女とは、あれから一言も話していない。
レティシアさんには完全に敵意をむけられているように思う。
まあ、あそこまで私も啖呵を切ってしまったので、それは仕方のないことだと自分を納得させているけれど、私は別に彼女に悪いことをしたとは微塵も感じていない。
ライアンと過ごしてきた彼女なりに言い分はあるのだろう。
けれど私は、私よりも世界を選んで十年帰ってこなかったライアンと結婚するつもりはない。
『彼はあなたなんかのために、必死に戦って、腕を失っても戦おうとして、何度も何度も傷付いて⋯⋯それなのに、あなたは⋯⋯』
ふと、心の奥底から絞り出すように言った彼女の言葉が、私の頭の中で反芻される。
……ライアンが、傷ついた。私のために。どうして。私を選ばなかったくせに。そんなこと私は知らない。
だってライアンは、その事実を私に語ろうとはしないんだもの。
これまで経験した辛く苦しい旅の話を、私にはしようとしないから。
「だって! お前が悪いんじゃないか!」
その瞬間、どこからともなく声が聞こえ、私は洗濯物を持ったままびくりと震えた。
この声は、向かいのドルクスさん家の息子の声だろうか?
心配になって声のした方を見ると、なるほど。
村一番のわんぱく坊主のウィルと、ドルクスさんがずっと手を焼いている息子のアンリがお互いに言い争っているようだった。
どうやら取っ組み合いの喧嘩をした後らしい。
服の裾をウィルに破かれたアンリが地面に尻もちをついて泣いている。
しょうがないわね。
私はため息をつき、彼らの仲裁に入るべくそちらへ向かおうとした時だった。
「ははっ、喧嘩か? そう言ってやるなよ、お前の大切な友達だろう」
驚いて足を止めた。ライアンだ。
朗らかな笑顔を浮かべた思ってもみない大男の登場に、少年二人は体を固まらせる。
アンリが小さな声で「勇者ライアンだ」と呟いた。
そうだアンリたちは、十年前に村を旅立ったライアンを知らない。
当時二人は生まれていなかった。
ライアン。
彼は物陰でこっそり様子を見守っている私に気付いていない。
「俺のことを知っているのか? ふふ、嬉しいな」
「この村で……あんたを知らないやつはいないよ」
ウィルも怒りを忘れたかのように興奮気味に言った。
それを受けて、ライアンは優しく笑う。
「そうか。それはちょっと恥ずかしいな。まあ取り合えず、な? 気持ちを伝え合えることはとても貴重なことだよ。子供の時は特に。でも相手を傷つけてばかりいたら、お前たちだって後から苦しくなるだろう? だからここは、少し心を落ち着かせて、自分の素直な気持ちだけを伝えてみればいい。
お前たちが思ってるより、お前たちは互いのことが好きだよ」
ライアンの声は太陽の下で干した洗い立ての毛布みたいに柔らかくて、とびきり優しかった。
思わず、そんな穏やかに子供たちを見守るライアンのことを見つめてしまった。
自分が守り抜いた世界で生きる小さな子供たちを、彼はどんな思いで見ているのだろう。
その愛おし気な眼差しに、一体どれだけの祈りが隠れているのか。
「……アンリ、俺……ごめん」
「僕も……ウィル、ぼく、ほんとは喧嘩したかったわけじゃない」
アンリたちはやがて互いに気まずそうに謝った。
そんな彼らを満足げに見守るライアン。
ふと、アンリの破れた服の裾を見て、「困ったな」と呟く。
「ウィル、だったか。一緒に行ってやるから、アンリのお母さんとこにアンリの服を破いてしまったこと、一緒に謝りに行こう」
……思わずため息をついた。仕方ないわね。
「えっ……アリメル!? なんでここに、っていうかいつからそこに」
私が物陰から姿を現すと、ライアンはさっきまでの勇者然とした凛々しい態度はどこへ、急に慌てだして素っ頓狂な声を上げた。
もう、さっきみたいにしていれば少しは格好よく見えたのに。
あからさまに私を前にしてそわそわするライアンを無視し、こちらをぽかんと見上げている少年二人に向かって「少し待っていて」と告げる。
「今、家から裁縫道具を持ってきてあげるから」
□
ぱちんと糸切狭で糸を断ち、「よし」と思わず呟いた。
「これで良いわよ。私が勝手に縫ったことはきちんとドルクスさん夫婦に伝えてね」
「うん! ありがとう、アリメル姉ちゃん!」
同じ色の布があってよかった。破れていたところをものの数分で繕えば、アンリとウィルは瞳をきらきらさせてお礼を言ってきた。
別にこれくらいどうってことないわ。
「ライアンが散々服を破くのに、お裁縫が苦手なミランダさんの代わりに私が何度も縫って……」
「え!? アリメル姉ちゃん、勇者ライアンと仲良しだったの!?」
思わず言葉に詰まる。
まずい、乗せられて話してしまった!
焦ってライアンの方を見れば……ぱちりと緊張した顔の彼と視線が合う。
まさか私がライアンを見るとは思わなかったのか、ライアンはひどく驚いた様子でばっと目を逸らしてくる。首元まで真っ赤だった。
なんで。そんな反応するの。そんなの……そんなの、
「なに。なんか、文句でもあるの」
「え!? いや、文句なんてあるはず、ないだろ……」
「……けど、」とふいにライアンが少し照れくさそうに小首を傾げて、私を上目遣いに見上げるから戸惑った。
「君は変わらないなって。ずっと、優しいひとだ」
その目はまさに子供たちに先程向けていた陽だまりのような眼差しに似ていた。




