06. 勇者を愛した魔法使い
「あなただけは、本当に許さない」
どうして私は突如として女性に追い詰められる羽目になるのだろう。
私は「えっと」と声を漏らし、必死に眉をきゅっと寄せてこちらを睨み付けている彼女をこわごわと見下ろした。
確か、名前を⋯⋯レティシアさん。どこかで見た顔だと思ったら、そうだ、勇者パーティの一人だ。
艶がかかったふわふわの金髪を靡かせ、夕焼けを薄めたようなピンク色の瞳を持つ可愛らしい女性。
彼女が私に何の用だろう。
というかどうして私は村の中を歩いていただけだというのに、彼女にこんな仕打ちを受けているのだろうか。
「えっと⋯⋯レティシアさん、すみません、本当にどういうつもりですか」
「どういうつもりですって? まだ己の犯した過ちを理解していないようね」
己の過ち。本当に心当たりがないんだけれど。
というかだんだん腹が立ってきた、どうして私は初っ端からこんなにも敵意を向けられているわけ。
突然ばったりと出くわした彼女に「見つけたわ!」と指をさされたと思ったら、気が付けば私は背中を家屋の壁にくっつけ、彼女にこれでもかと追い詰められていた。
本当に訳が分からない。そもそも私たち、話すのも初めてよね。
怪訝に彼女を見つめていた時、レティシアさんはようやく再度口を開いてくれた。
「⋯⋯あなた、ライアンの幼馴染なんですってね」
「はあ。まあ、そうですけれど」
「ライアンと将来を誓った仲でもあるのよね」
「そう⋯⋯みたいですね」
まあ、その後10年もバカライアンは帰ってこなかったわけだけど。私も私で結婚したし。待ってられないわよ、そんなの。
けれど⋯⋯私は軽く眉を顰めた。
さっきからレティシアさんの意図が読めない。一体どういうつもり?
「約束を覚えているのにも関わらず⋯⋯あなたは⋯⋯他の男と結婚して⋯⋯」
彼女はわなわなと体を震わせる。
まって、まさかこのひとも私がロディと未だ結婚していると勘違いしているわけ?
ううんどうしよう、ライアンへの憂さ晴らしのつもりだったけど、完全に誤解をとくタイミングを見失ったわ。
彼女は突き刺すような鋭い視線でまっすぐ私を射抜いた。
「この10年、ライアンがどれだけ苦労したと思ってるの!? 彼はあなたなんかのために、必死に戦って、腕を失っても戦おうとして、何度も何度も傷付いて⋯⋯それなのに、あなたは⋯⋯のほほんと田舎で何不自由なく暮らしていた、あなた如きが⋯⋯」
────ああ、なるほど。そういうこと。
どこか冷静な頭の中で腑に落ちてしまった。
レティシアさんは、ライアンのことが好きなのだろう。
10年、今まで彼のそばにいた彼女だからこそ、彼と結婚することを拒んだ私のことが憎くて憎くて堪らないのだ。
その感情を否定する権利は私にはない。10年一緒にいた彼女と、10年離れていた私。きっと思いも一つ一つ抱えているものが違う。
でもね。実は私、さっきからずっとイライラしてるのよ。
「いーーーや知らないわよそんなの!!!!」
思わず声を高らかにして叫んでしまった。今の私の渾身の心の叫びだ。
レティシアさんはひたすら私を見上げて唖然としている。
その顔すら苛つくのよ、私が反論しないとでも思った!?
「ライアンが世界を救ったとか大変だったとか傷付いたとか、そんなの婚期を逃しかけた女にはなーんにも関係がないのよお分かり!!??」
「は、はあ⋯⋯!?」
「皆してもううんざり、逆にお尋ねしますけど、どうして10年も待たされて普通の顔して結婚出来るわけ!?
初恋なんてとっくの昔に薄れてるし、こちとらあいつを何年も待ってほんっとーーーに大損しかしてないのよ!」
「な、な」
「私はね、世界よりも私を選んでくれる人と結婚がしたいの! 魔王討伐にかまけて何年も帰らない人なんてこっちがお断りよ、そんなにライアンのことが好きなら貴方が結婚したらいいじゃない!」
「はっ⋯⋯は、はあ!!?? そんなの出来るわけがないでしょ!? ライアンはあなたのことが好きなのよ! ずっとずっと、野宿の合間にあなたのことを聞かされるこっちの身にもなってくれる!?」
「それこそ本当に知らないわよ! バカライアンの迷惑を私のせいにしてこないでもらえる!?」
こんなに喉を酷使したのは久しぶりで、ぜーはーと肩で息をしてしまう。
レティシアさんも私に乗せられたようで怒鳴り返してきて、ついついこちらも更に声を張り上げてしまった。
「な、なんなのよこの女⋯⋯」と彼女が目の敵みたいに私を睨みつけてくるが、それはこっちの台詞である。
世界とか、魔王とか、知ったこっちゃない。
私は私が全てで、ライアンとは別の次元で生きているのだから。
レティシアさんはふいに声に悔しさを滲ませて、「どうして⋯⋯」と耳をすまさなければ聞き取れない音量で呟いた。
「どうしてライアンは、こんな女を⋯⋯」
────知らない。そんなのこっちが聞きたいわよ。
バカライアン。いつまでも子供の頃の私に夢を抱いてるなんて。
───────
「レティシア。俺はな、好きな女の子がいるんだ」
すごくかわいい子でさ。俺なんかよりもずっと頼もしいんだ。
あの日、わたし——レティシアが初めて勇者パーティに加入した夜。
そう言ってライアンは、浮かび上がる焚火の光で笑顔をきらめかせた。
あの時のまるで大切で愛おしい宝物について話すような彼の表情を、何年経った今でも覚えている。
元々わたしが加入する前は男二人しかいない勇者パーティだ。
そこそこ顔がよくて女慣れした情報屋のヒューゴ、そして王子様のような並外れた美しい顔と恵まれた体格を持つライアン。
この二人がこれらの美貌を持ち合わせていなければ、わたしはこのパーティに入ることを決めていなかっただろう。
そうだ。わたしはライアンが好きだった。
彼の飾らない優しさ、正義感溢れる心、困っている人を放っておけないところに惹かれた。
彼を本気で支えたいと思ったし、彼をこの世界の勇者にしたいとも思った。
わたしなりに彼のためになることを考え、ずっと実行してきた。
それなのに……わたしの恋心は一瞬で打ち砕かれた。
ライアンには、生まれ故郷に残してきた、ずっと想いを抱く女がいたのだ。
「刺繍や編み物が得意でさ。よく俺が無茶をして服を破いてしまったとき、アリメルがぷりぷり怒りながら縫ってくれたなあ……」
どんな女なのだろうと思った。
勇者の証である剣を振り、どんな敵もものともしない、美しい勇者に想われている女とは。
ライアンがあんまり愛おしそうに語るものだから、なにも言えなくなってしまった。
「彼女が楽しく生きられる世界を作りたいんだ。俺が遠い場所で何と戦って、何を守ろうとしているのか、知らないままでいてほしい。ただあの小さな村で、アリメルがずっと笑って、生きられるように……」
ねえライアン。本当にそれでいいの。
あなたがどんなに苦しい思いをして、時に打ちのめされて、それでも如何様にして這い上がったのか。
それを彼女に知らせずにして、あなたはいずれ勇者ライアンからただのライアンに戻ろうとしているの。
わたしなら知ってるわ。
あなたが魔物に襲われた村をひとりで守ったことも、国を魔王の手下の手から解放したことも。
その過程で生死の境を彷徨い、一命を取り留めたと思ったら、ボロボロの身でまた戦場へ向かったことも。
ねえライアン。わたしにしてよ。わたしを見てよ。
わたしは、本当にずっと、あなたのそばにいたのに。




