表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の幼馴染が10年ぶりに帰ってきたけど、初恋なんて薄れたので結婚するわけがない。  作者: 春海さくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

05. 選ばれなかった者




お母さんから、台所の瓶に貯めておく用の水を川から汲んでくるように頼まれた。


 正直、両肩にかけて運ぶ、水汲み用の桶は女一人では重くて気が進まない。

 けれどお父さんは隣村へ出かけているし、お母さんは去年腰を痛めて治したばかりであまり重労働は頼みたくない。

 というわけで村を流れる大きな川、アレム川へ桶を持って私が仕方なくやって来た。

 土手に腰をおろし、桶を川の水へと浸した時だった。



「あ、アリメル」



 背後から今いちばん会いたくない男の声がした。


 一瞬無視してやろうかと思ったけれど、どたどたと足音を響かせてあの男が慌てた様子でこちらへやって来る気配がしたので、ため息を着いて仕方なく振り向く。



「何か用ですか、勇者さま」


「あ、えっと、いや⋯⋯特に何か用がある訳ではなくて⋯⋯君を、見かけたから」


「そう。今わたし忙しいのよ。向こう行ってくれる」


「忙しいところ、ごめん。えっと⋯⋯水汲み、してるの? まさかこんな重いものを君が運ぶのか?」



 サファイアの瞳をおろおろと彷徨わせ、ひたすら「心配だ」という表情をつくるライアンに苛立つ。

 なんで彼がここにいるのかしら。


 大体、ずっとあの小屋に閉じこもっていたんじゃないの。



「ええそうよ。なに、文句があるのならさっさと小屋に帰って」


「も、文句だなんてそんな! 俺はいい加減外に出ろってヒューゴに怒られて、散歩しに来ただけで⋯⋯なあ、俺が持つよ。家まで運ぶんだろう? 力仕事だけは任せてくれ」


 無駄に大きな体躯を持つライアンの必死の言葉に、「頼んでもいいかもしれない」とすとんと腑に落ちてしまい、少しだけ顔を顰める。

 まあ、頼るだけなら。この桶を運ぶのは本当に面倒だし。

 うん、それくらいなら頼んでいいかもしれない。



「ああそう。なら頼むわね。水を汲むから待ってて」


「うん!」



 途端に嬉しそうに顔を輝かせて、私のそばで体を丸めて地面に座るライアンをなんとなく見守る。

 なんでだろう、犬のベンにとてつもない既視感を覚えるわ。 


 穏やかな風が辺りで吹いている。


 私が無言で、繋がれた二つの桶を水に沈めている間、ふいにライアンが「なあ」と恐る恐るといった様子で沈黙を破った。



「その⋯⋯君の夫⋯⋯のロディは、この村にいるのか? 君は、ロディや君のご両親たちと、あの家で一緒に暮らしているのか⋯⋯?」


 

 ついにこの質問が来たか、と思う。


 そろそろライアンはこの村にロディがおらず、私が両親の家で住んでいることに疑問を持ち始めた頃だろう。

 実際ロディは今も隣村で新しい奥さんと仲睦まじく暮らしているだろうし、あの憎たらしい金髪男──ロディだ──の家を追われた私は、この村に帰ってきてずっと住み着いている。

 しかしまだ私はロディと離婚したことをライアンに告白するつもりはない。


 もう少し、もう少しだけ痛い目に遭ってもらおうと思う。



「いいえ。ロディは隣村にいるわ。私は今、そう、この村の実家に帰省中なのよ。ロディには了承を得てるわ」



 我ながらなんと出来た嘘。凄まじい演技。


 ライアンはあからさまに表情を暗くさせて、「そうか⋯⋯」と呟いたっきり黙り込んでしまった。

 ふふ、いい気味だわ。精々そこで落ち込んでなさい。

 私は鼻歌を歌いたい気分で、川に沈めていた桶の片方を土手に持ち上げた。



「⋯⋯こんなこと言ったって君が怒るだけなのは分かってる。それでも⋯⋯本当に、最悪な気分なんだ」



 私の体に影が差す。


 いつの間にか立ち上がっていたライアンはもう片方の水がめいいっぱい張った桶を私の代わりに持ち上げ、桶同士を縛る縄を肩にかけて二つを背負う。

 

 思わず素で「ありがとう」と呟いてしまった。

 ライアンは困った顔で「どういたしまして」と言う。



「魔王を倒す旅の間、ずっと君のことを考えてた⋯⋯。まさか、君が他の男のものになってしまうなんて、夢にも思わなかった」



 彼の声には遠い日々を想うような、そんな哀愁が入り混じっている。

 けれど瞳だけは確かに私を向いていた。

 ライアンの黒髪を掬い上げるように一際大きな風が吹く。


 なにそれ。強く拳を握る。

 そう思うのなら。私のことが、好きだったのなら⋯⋯。



「⋯⋯って、これば」


「ん、ん? アリメル?」


「帰って来れば、良かったじゃない」



 絞り出した声は僅かに震えていて、自分でも驚いた。

 ああ、ライアンが目を見開いてる。こんなこと言うんじゃなかった。


 でもねライアン。私思うのよ。


 おとぎ話の中では、魔王を倒した勇者は生まれ育った村へ帰り、自分をずっと待ってくれていた幼馴染の女の子と結婚する。

 けれど私はおとぎ話のキャラクターじゃない。

 あなたをずっと待っているなんて死んでもお断りだし、世界が危険に晒されても私だけを守ってくれる人と結婚したいの。



「アリメル⋯⋯」



 ああ、だから知ってたのよ。こんなこと言えば、あなたはその凛々しい眉をこれでもかと下げて、ひどく情けない顔をするんだって。


 ほんとうに、何もかも自分勝手なひと。



「ねえ、さっさと運んでくれる。お母さんに頼まれてるんだから」


「アリメル、俺は」


「もう何も聞きたくない。あなたの言い訳なんて聞き飽きてる」



 ライアンはまたひどく雨に打たれたような顔をした。

 私、大っ嫌い。ライアンのその顔。見てるとイライラして、胸騒ぎがして、



 こっちが泣きたくなってくるんだもの。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ