04. 勇者の両親
───かつての私たちは幼かった。けれど幼いながらにこの世界の美しい部分だけを見ていて、毎日楽しく暮らしていた。
「アリメル、ほら起きてくれよ。今日は一緒に"秘密基地"に行くんだろ?」
目を開ける。いつになく優しい瞳をしたライアンが、ベッドで毛布にくるまっている私を見下ろしている。
きっと私がまだ起きてこないことに痺れを切らしたお母さんがライアンを部屋の中に入れたのだろう。
全く、そのままズカズカと入ってくるライアンもライアンである。わたし今、寝癖ひどいのに。
「あっち行って⋯⋯」
「ええ? なんでだ。あ、まさか寝癖を気にしているのか? あはは、大丈夫だよ。だってアリメルの寝癖なんてもっと酷いやつを見たことが」
「着替えるから出てってよバカライアン!」
思わず声を張り上げると、「分かった分かった」と降参だとでも言いたげに手を挙げながら後退するライアン。
その姿が情けなくてちょっとだけ笑ってしまった。彼も許されたと思ったのかくすくす笑う。
別に部屋に勝手に入ったことを許したわけではない。
「先に秘密基地に行ってて」
「分かった。なあ、今日は何をするんだ?」
「⋯⋯ピクニック」
秘密基地───私とライアンが昔からのお気に入りの場所。
この村を出て少し先にある、木々に囲まれて外からはあまり見えない場所。
そこはお花畑が咲き乱れている美しいところだ。
花々が季節を忘れたかのように咲き乱れ、足元から視界の果てまで、色彩の波がゆるやかに揺れている。
6歳の時、ライアンが私のために教えてくれた場所だった。
「ふふっ。ピクニックか」
「な、なんで笑うのよ」
「いや。15になっても君とピクニックできて俺は幸せだなあと思って」
「ピクニックくらい何歳になってもしていいでしょ」
「そうだね。君の言う通りだよアリメル」
私の作ったサンドイッチの入ったバスケットをライアンが持つ。
私は布を地面に敷き詰めてライアンと座れる場所を用意する。
二人だけのささやかなピクニック。
いわゆる、デートだった。
村の中は狭くて、ろくに二人きりになれるような場所がなかったから。
「アリメル。大人になっても一緒にピクニックに行こうね」
あの時、私はライアンがそう言ってくれてばかみたいに嬉しくって、「うん」と満面の笑みで頷いたものだ。
ねえライアン。私たち、もう大人になっちゃったね。
□
「⋯⋯あ、アリメルちゃん。おはよう」
声を掛けられて振り返ったら、ライアンと同じ光る黒髪を持つ夫婦がにこやかに微笑んでそこに立っていた。
私も姿勢を正して「おはようございます、ロイドさん、ミランダさん」と笑顔で挨拶に応じる。
するとふわふわの巻き毛をなびかせて、小麦の香りをさせるミランダさんが頬に手を当てながら「やあねえアリメルちゃん」と口を開く。
「前みたいにお母さんって呼んでくれたらいいのに」
「さ、流石にもう呼べないですよ」
ねえ、と二人して顔を見合せて残念そうに言うライアンのご両親には昔から頭が上がらない。苦笑いで誤魔化した。
というか、お母さんってその、どういう意味で言ってるのかしらこの人⋯⋯と少々勘ぐってしまう。
「ライアンが帰ってきて良かったですね。お二人とも嬉しいでしょう」
自分のことを棚に上げてそう言葉を掛ける。
あ、あれ? すると、何故かロイドさんまで「まあね⋯⋯」とでも言いたげな表情をしてミランダさんと視線を合わせ、再度私の方へ顔を向けた。
なんなんだろうこの妙な反応は。
「すまないねアリメルちゃん。うちのばか息子がまたご迷惑を掛けているみたいで⋯⋯あんなの男の風上にも置けないよ、好きな女の子を何年も待たせてさ。魔王を倒した勇者だからってなんだっていうんだ」
「本当よ。アリメルちゃん、どうかうちの息子のことは気にしないでね。今はちょっと⋯⋯小屋に籠っている様子だけど、きっとすぐまた出てくるから」
二人の話を聞いて出てきた感想は、このご両親本当にすごいわね。だった。
そうだ。この二人は、私がロディと結婚することを迷っていた時期に「あなたが道を決めるといいわ」と背中を押してくれたのだった。
その後ロディに浮気されてこの村に舞い戻ってきた私に、ロディとの結婚の後押しをしてくれた彼らは申し訳なさを感じていたようだったけれど、その点については私は何も気にしていない。
実際問題、あの浮気男を選んだのは私であるのだし。
「い、いえいえ。こちらこそなんだかすみません⋯⋯」
「アリメルちゃんが謝ることないわよ」
「悪いのはあの馬鹿息子だ」
すごい。自分の息子が世界を救ったっていうのに。
ふいにミランダさんが「そういえばアリメルちゃん」と少し不思議そうに私に言葉を掛けた。
「ライアン⋯⋯ずっとアリメルちゃんが人妻であることに悩んでいるようなんだけれど、もしかしてアリメルちゃんが離婚したことを知らないのかしら」
「た、たぶん⋯⋯」
やっぱりお二人も気付きますよね。ライアン、本当にいつまで勘違いしているんだろう。
なるほど、と合点がいったように手のひらをポンと叩いたロイドさんは途端に晴れやかな顔をして口を開く。
「じゃあそのままにしといてやろう」
「え!?」
「アリメルちゃんを10年待たせた罰として少しは惨めな思いをするといいわ」
「え、ええ⋯⋯」
本当にライアンのご両親ですか? と突っ込みたいのを抑えた。流石のお二人だわ、息子への厳しさが段違い。
そしてお二人は私のことを本当の娘のように思ってくれている。
私のことをどこまでも案じてくれるその優しい心に、感謝せずにはいられなかった。




