03. 勇者と相棒
「アリメル、お客さんよー!」
絡まりかけた毛糸を、そっとほどく。強く引けば締まり、焦れば余計に結び目は固くなる。
編み針を使って編み物をしていたら、家の外からお母さんに呼ばれたので毛糸ごと机に放り、仕方なく玄関へ向かった。
一体誰だろう。花屋のサリーさんだろうか。
傷のついた花が売り物にならないからと比較的綺麗な花をいつも持ってきてくれるから、今日もそのちょっとしたプレゼントかもしれない。
「⋯⋯あ。アリメルさんで合ってるか?」
随分と貴族のように派手な格好をした男が、扉を開けた先で立っていた。
目に残る赤髪、理髪そうな切れ長の瞳⋯⋯ああ、ライアンのパーティメンバーの一人か。
彼らは昨日から私たちの村に滞在しているのだ。
ライアンを含めて。
確か、名前をヒューゴさん。
「⋯⋯私に何の用ですか」
「いや、そんな警戒しないでくれ。オレはただ、ちょっと⋯⋯アンタに頼みがあるっつーか」
「別に一般人の私にお手伝い出来ることなんて何もないと思いますけど⋯⋯」
「ううん、それが⋯⋯アンタにしか頼めないことなんだよなあ」
いや、だから本当に何の用なんですか。
私が眉を顰めたのに慌てたようで、ヒューゴさんは「ちょっと大きな声で言えねえんだけど⋯⋯」と声を潜めながら言った。
「うちのリーダーが⋯⋯昨日から外に出てこないんだ」
□
赤髪の彼は小屋の前に立ち、ため息を吐く。首の後ろをガシガシとかきながら、覚悟を決めたように大きく息を吸った。
「⋯⋯おいリーダー! いい加減出てこい! 10年想いをこじらせた愛しの人が人妻だったからっていくらなんでも落ち込み過ぎだろ! 魔王を倒したかっけー英雄はどこに行っちまったんだよ!」
「あ、あのヒューゴさん、声大きいですから!」
そう、私たちは今⋯⋯ライアンが籠っているらしい小屋の前で、さっきから立ち往生しているのである。
ここはライアンが子供時代住んでいた、ライアン家の離れの小屋だ。
ライアンの両親が彼のために特別に作ってやった彼専用の秘密基地であり、私も小さい頃はよくこの小屋に招かれてたくさん遊んだっけ。
それで大人になってようやく自分の秘密基地に帰ってきたライアンは、どうやら⋯⋯お日様が真上まで昇るこの時間帯になっても、昨夜から一歩も外に出てこないというのである。
「うーん⋯⋯マジで出てこねえな」
声をかけても小屋からは反応がない。
ヒューゴさんは諦めたようにそうぼやき、首を振って私の方を見た。思わず目を逸らす。
「アリメルさん、なんとか言ってくれねえか」
「わ、私には関係の無いことです」
「いやいや、流石にそれはねえって。まあ、アンタの気持ちも分かるけどさあ⋯⋯」
なにそれ。私の気持ちが分かるなら、私になんて頼んでこないでほしい。
口を噤んだ私の言いたいことが分かったのか、気まずそうに「あー」と何やら言いながらまた首の後ろをかき、彼は息を吐く。
「⋯⋯確かに、魔王討伐に何年もかかって、あんたを放ったらかしにしてたことは褒められたことじゃねえし、あんたがさっさと結婚しちまうのも納得だよ。むしろ10年待てる奴の方がいない」
そこまでのヒューゴさんの言葉を聞いて、思わず「ん?」と言葉の一部に引っかかって顔を上げた。
さっさと結婚しちまう⋯⋯さっき私を人妻だと言ったこともそうだけど、もしかして、私がロディと結婚した後に離婚したこと、ヒューゴさんはまだ知らないのか。
あれ、というか私、昨日は怒りに引っ張られて肝心なことをライアンに伝えなかったような。
そこで重大な事実に気が付いた。
もしかしてライアン⋯⋯私がまだロディと結婚してると思ってる!?
「でもさ、本当にリーダー⋯⋯あいつは、アンタのことだけを思って、この10年ずっと戦ってきたんだ。魔王を倒すことが、遠いところにいるアンタを巡り巡って守ることになるんだと信じて⋯⋯っておい、聞いてるか?」
正直ヒューゴさんの話なんて全く聞いていなかった。
なるほどね、あいつ何をそんなに落ち込んでるのかしらと思ってたら。
私がロディと離婚したことを知らなくて、私のことを今も人妻だと勘違いしているのね。
へえ。へええ。ふん、いい気味。
せいぜいそこで陰気臭く落ち込んでいるといいわ。
私がかつて味わった苦しみを少しくらい体感しなさい。
⋯⋯いや、別に苦しんだのは過去の私であって、もうライアンのことなんてなんともないけど。
とにかく落ち込んでなさい少しは! と私がほくそ笑んでいる内に、ヒューゴさんは「あ、アリメルさん、なんか笑顔こえーけど大丈夫?」と少しばかり引いたような表情で恐慄いていた。
うるさいわね。
「なに、なにか言いました?」
「い、いや⋯⋯何も⋯⋯とにかく、このままずっと小屋から出てこないんじゃ体に悪い。頼むアリメルさん、アンタも人妻なのに他の男のことなんて頼んで申し訳ないけど、リーダーを外に出すだけ協力してくれないか」
真剣な表情で頼まれ、んぐと言葉に詰まる。
本当に私のことまだ人妻だと思ってるのね⋯⋯いつ気付くのかしら⋯⋯と思いつつ、ため息をついた。
「⋯⋯はあ、ちょっとライアン! いつまでそんな閉じこもってるわけ、うわっ」
「アリメル⋯⋯!」
え、嘘でしょ。
私が小屋に向かって声を張り上げた途端、バタンとあまりにも簡単に開かれる扉。そこから出てくる、感極まった様子のライアン。
本当に驚いてしまった。いや普通に出てきてるけど。
隣でヒューゴさんが「おいおい嘘だろリーダー、オレが呼んだとき一ミリも反応しなかったくせに」とこちらへ走ってくる大男に呆れた目を向けている。
「アリメル! どうしたんだ? 俺に会いに来てくれたのか」
両腕を広げて走り寄ってくるライアンに思わず「ひっ」と悲鳴を上げたとき、彼は突如としてその姿勢のままぴたりと立ち止まった。
う、うん⋯⋯? 今度は何事。
「⋯⋯いや⋯⋯人妻に抱き着こうとするなんて何を考えているんだ俺は⋯⋯」
ねえヒューゴさん、なんか彼、今すぐ小屋に戻ろうとしてるけど。これ良いの。
「ちょいちょいちょいリーダー! おい、ねぐらに戻ろうとするな!」
「良いんだ、止めないでくれヒューゴ。もう俺は世界を救ったんだし、余生はこの想いを抱えて静かに生きていくから⋯⋯」
「だあーーー! いい加減にしろライアン! あんたそれでも男か! 10年想いをこじらせた愛しの人にフラれたからっていくらなんでも落ち込み過ぎだろ! いい加減前向けよ!」
「フラれたからって、ってなんだ! 俺の10年の想いを馬鹿にしないでくれ! 本当に⋯⋯魔王軍『一の傷』ゾルバートに腕を持ってかれた時よりも落ち込んでるんだ、放っといてくれよ!」
情けないライアンの声にイライラしながら、もう帰ろうかな⋯⋯としていた直後。
ライアンの放った「腕を持ってかれた」という台詞にびっくりして思わず、「え」と声を上げてしまった。
腕を持ってかれたですって?
それって、腕を失ったってこと?
でも、見る限りライアンはどの腕も失っていないようだうけど⋯⋯。
「⋯⋯ライアン? あなた、腕を持ってかれたって」
「うん? ああ、魔王の配下との戦いで片腕一本もぎ取られてしまったんだけど、アドラブル王国の王立聖女団が国を挙げて俺を治してくれたから平気だよ」
ほら、この通り無事だ。と服に包まれた太い右腕を上げてみせるライアンに内心ホッとしつつ⋯⋯いやいや、特に心配したわけじゃない。
アドラブル王国? 王立聖女団? 私の知らない壮大な単語がポンポンとライアンの口から出てきて戸惑う他なかった。
私がこの村でのほほんと生きている間に、よく分からないけどとんでもない戦いが繰り広げられていたのね。
だからといって同情したりなんかしないけど。
「アリメル⋯⋯もしかして、俺のことを心配してくれているの?」
すぐさま瞳を潤ませて期待するようにこちらを見てくるから鬱陶しかった。
「その表情イラッとするからやめて。あなた何歳よ」
「えっ」
「アリメルさん、今リーダーの心はガラスで出来てんだ! もう少し自分の発言に責任をもってくれ!」
すぐさま地面に崩れ落ちるライアンを、私は冷ややかな目で見下ろす。
ライアン⋯⋯あなた弱すぎないかしら、いくらなんでも。
よく世界なんて救えたものね。




