12. 勇者の心のありか
結局、ロディとアンナはどうなったのかは知らない。
ライアンが「君は心配しないで」と美しい笑顔を浮かべてそう言うので、取り敢えず全て任せてしまったけど、まさか本当に⋯⋯埋めたんじゃ⋯⋯ないわよね⋯⋯。
「いや、流石にそれはないわ」
お母さんはぴしゃりとそう言ってから、「ふっふふ、あのライアンくん、確かに彼らを埋めたそうにはしてたけどね」とケラケラ笑った。
ううん、全体的に軽い。
お母さんは私がロディに浮気された時は「お疲れ様、大変だったね」とかなり気の毒そうに励ましてくれたけれど、時間が経った今となってはもはやどうでも良さそうにしているから憎い。
まあ。私もそっちの方がどちらかというとありがたかった。
「彼らはあなたを冷やかしにこの村に来たんだろうけれどね。ロディさんはライアンくんに殴られた後に目を覚まして、猛烈に怒り狂いながらアンナさんと自分の村に帰ったわよ。
全く、何を今更こっちに来るのかしら。あのロディさんもある意味あなたに執着しているのかもね」
どうかな。そうだとしても、私はロディとはもう何の関係もない。
紡ぐべき関係を紡いでいくだけだ。この村の人達と⋯⋯それと、ライアン、と。
けれどライアン、いくら理由が理由だとはいえロディを殴ったのは不味かったのではないだろうか。
もし大事になったら⋯⋯と不安になってそれをお母さんに伝えた時、
「大丈夫よ。ライアンくんは勇者なんだから」
とケロッと言いのけてしまうものだから思わず笑ってしまった。そうね。ライアンは、勇者なんだから。
きっと大丈夫。彼が守ってくれる。
「ああ、そういえばアリメル、あなた暇? メリダおばさんに野菜を届けてくれる?」
急に話が変わって、私は思わず目を瞬かせた。
メリダおばさんはこの村から時間をかけて歩いたところの辺鄙な場所に住んでいる私の親戚だ。
届けるのは別にいいんだけど⋯⋯メリダおばさんのところへ向かう道は魔物がうじゃうじゃと出て危険だし、少なくとも剣が使える村の男性に着いてきてもらわなくちゃならない。
するとお母さんは思いついたように言った。
「そうだ。ライアンくんにせっかくだから護衛を頼んだら?」
「え、ええ!」
「ええ、って。嫌なの?」
「嫌⋯⋯というわけじゃないけど⋯⋯」
私は思わず口をまごつかせた。
だって、今のライアンと⋯⋯あんまり会いたくないんだもの。
□
「アリメル! 疲れてないか? なんなら俺が君を運ぼうか?」
「やめて。き、気安く触らないで」
「ご、ごめん。分かった⋯⋯でもその、本当に疲れてない? 疲れたら言ってくれよ、お姫様みたいに君を運ぶから、ほら、昔みたいにさ」
私の隣を歩く男は、メリダおばさんへと届ける荷物を持ってひたすら上機嫌で、歌うようにさっきから喋り続けている。
少しばかりライアンの調子の良さにうんざりしながら、「無理よ」と私は口を開いた。
「だって私、重くなったもの」
「ええ? 重いわけがないよ、天使の羽よりもうんと軽いさ。大体君はもっと食べた方が、」
「うるさい。黙って」
「な、なんで俺怒られたんだ??」
むすりとする私の横で慌てたように表情を伺ってくるライアンを放置して、どんどんと道を突き進む。
「待ってくれよアリメル」と彼が私を追い掛けてくる足音がする。
結局、護衛をライアンに頼むことになってしまった。
村に駐在している守り人が今日は別の依頼で留守にしていて、仕方なく「君さえ良ければ俺が行くよ」と目をきらきらさせるライアンを連れていくことになった。
ライアンは、昨日のロディの一件から⋯⋯物凄く私に対しての遠慮がなくなった。
理由は明白。私が人妻でないと分かったからだろう。
もうロディとは離婚していると知ってから、どんどんと距離を詰めてくるようになったし、私のことを何かと手伝いたがり、そしてそばに居たがるのだ。
こんな事になるなら、もはや私が未だロディと夫婦関係にあると勘違いしている方が良かった、と思ってしまうのは不可抗力だ。
とにかく気付けば視界の端にライアンがいる。
面倒くさいことこの上ない。
「⋯⋯あ、そういえば、ヒューゴとレティシアがそろそろ故郷に帰るんだ。一応伝えておく」
ライアンの言葉に思わず目を見開いた。
そっか。ヒューゴさんとレティシアさん、もう帰っちゃうのか。
当たり前だ。彼らにも家があって、ようやく10年ぶりに故郷で身を落ち着けることが出来るのだ。
むしろこんなにも長く、良くこの村に滞在していたなと思う。
⋯⋯私が未だロディと夫婦関係にいると勘違いして、意気消沈していたライアンの為か⋯⋯。
「⋯⋯ライアン、あなたは?」
気になるのは目の前の男が今後どうするつもりなのかということだった。
別に、私はライアンがこの村に残ろうが出ていこうが、どっちでも⋯⋯構わないけど。
ライアンの勇者としての役目は終わった。
けれど、彼はまた旅に出るつもりなのだろうか。
だとしたら、一体どこに行ってしまうんだろう。
「俺は⋯⋯」
ライアンは少しばかり私が尋ねた言葉に驚いているようだった。
なに、となんとなく恥ずかしくなってひと睨みすると、彼は何故か優しく笑って「君の予想してる通りだと思うよ」と言った。
胸がざわめく。予想してる通り? それって、
「もちろんこの村に残る。僕の故郷はこの村、たった一つで⋯⋯そして僕の帰る場所は、君のいるところ、それだけだ」
⋯⋯⋯、ふうん。
陽だまりにあたためられた風が吹く。
ライアンのゆるめられた表情が、穏やかさそのもので。
私は思わず見蕩れてしまった。悔しいけど。




