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12.効率的なマッサージの復習


「ねぇ、いつまでオイル温めてんの?」


ベッドサイドのランタンの灯りが揺らめく中、ベッドの上にうつ伏せになったノアが気怠げな目で私を見つめている。

私はその横に座って、甘ったるい香りのするボディ用オイルをひたすらに自分の顔面の前で両手に擦り合わせていた。


「なんか念でも送ってんの?…誰に?」


ノアが小首を傾げて意味がわからない質問をしてくるが、私は誰かに念を送ってるわけでも、ましてや摩擦で火を起こそうとしているわけでもない。

目の前に無防備に寝転ぶ半裸のノアを見れず、めちゃくちゃに緊張しているのだ。


だって今からノアの背中にオイルを塗っていくんだよ。下半身は勘弁してくださいと頼み込んでしぶしぶ布団に入ってもらったけど、腰のくびれている辺りまでは丸見えで、そこを今からこの手で触れていくなんて。さっきまで髪に触れていた10000倍くらい緊張する!!

私がそう思いながら高速で両手を擦り合わせていると、


「あぁ〜、早く慰めて欲しいな〜。」


ノアがそう言ってニヤついているのが、見なくても声色だけですぐわかる。


「早くしてくれないかな〜。」

「まだかな〜。」

「もう来るかな〜。」


出会った時の仏頂面はどこに行ったのかと思うくらい甘えてくるじゃん!!!


「〜わかったわよッッ!失礼しますッ!!」


おねだりがあんまりしつこいので、観念して目を8割くらい瞑った薄目の状態で、ノアの背中に両掌のオイルをベチャッと勢いよく付けた。


「痛、アメリア。もう少し加減してくれないか。」


「こうですか?!ノアさん!」


緊張で力が入りすぎてオイルを付けるというより、背中に擦り込ませたり叩き込ませたりしてしまう。バチッベチッと大きな音が部屋中に響く。


「いて、ちから強っ。アメリアっていつもこんな力で自分にオイル塗ってんの?」


ノアはそう言いながらも全く痛そうではなく、むしろ楽しそうにクスクス笑いながら話してくる。


「はいそうですが?!何かご不満でしょうか?!」


まさかこんなに強い力で自分の体にオイルなんて塗るわけないけど、恥ずかし過ぎて早くこの行為を終わらせたい。そう思いながら薄目をしたままそういうと、


「ハハッ。アメリアが塗ってくれるならどんな打たれ方でも不満なんてない。」


打たれ方?とは思ったが、ノアは満足そうに言った後に


「でもこの塗り方だとアメリアの柔肌には刺激が強過ぎる。だから俺がオイルのもっと効率的な塗り方教える。教科書164ページ〜167ページの復習な。」


そう言ってサッと起きあがり、膝立ちになった状態で腰元のタオルを結び直している。


「来て。」


「えっ。」


急な展開に頭がついて行かずに、意味がわからず目と口を開いてポカンとした。


「ここ、寝転んで。」


そう言ってノアは自分の寝ていた少し沈んだシーツの上をポンポンと軽く手で2回叩いた。


「な、なんで!??」


「実技だから。ほらっ。」


そう言って私をグッと引っ張って引き寄せる。その力強さと咄嗟の行動に、私の思考が追いつく前に引き寄せられるがままのゴロンと仰向けでシーツに倒れ込んだ。

その上からスッと股を広げて私を跨いで、両膝で私を挟んだ。ノアの腰元のタオルが私の大腿の辺りにかかり、少しくすぐったい。


無造作に髪をシーツの上で遊ばせた私を見下ろす形でノアと対面する。

こんな時でも私は、下から見上げるノアの顎のラインはシャープで綺麗だ。と新しい角度から眺める美しさに思わず見惚れてしまっていた。そんな私をノアもまじまじと見てきて、


「戸惑ってるアメリア、小動物みたいで可愛い。」


とボソッと言った。その言葉にぶぁぁぁぁっと自分の顔面が火が出るほど熱くなるのを感じる。


「な、な、な、な。」


「ふっ。さぁ、復習の時間だ。」


ノアは私の動揺をよそに、ランタンの火を目の中で揺らしながら楽しそうに言ってくる。


「…ス、ストップ!!ストップ!!もう実技は良いから!!」


思わず羞恥に耐えられなくなり、オイル塗りの実技の復習とやらが始まる前に逃げようとするも両手首を掴まれた。その手を簡単に離してくれるわけもなく、


「ねぇ、イヤなの?」


少し眉を下げて切なそうに潤んだ瞳で子犬の様に私に言ってくる。うぅ…か、わ、い、い〜〜!!

その子犬ノアを前に、何も言えずにグッと唇を噛むと


「ねぇ、アメリア。ただの実技だけど…イヤなのか?ただの、実技が?」


ともう一度聞いてきた。うるうるの瞳のノアから目を逸らす。うぅ〜。


「…ダイジョブ…です。」


根負けしてしまった。完敗です。ちょろい、ちょろ過ぎる自分。子犬ノアの破壊力にハァーと息を吐いていると、ノアの小さな笑い声が聞こえた。


「アメリアって優しいよな。おねだりしたら結局聞いてくれるんだから。」


「…ハァァァァ?!?!だって!!ノアが子犬みたいに目をうるうるさせてくるから!!思わず良心が痛むんだもん!!」


揶揄われてイラッとしながら反論すると


「ふふっ。でもその優しさちょっと心配だな。ちょっとおねだりされたら絆されて他の奴にも付いていきそう。」


そう言ってノアは私の両手の拘束を解いて、私の肩のあたりに両手を付いて四つん這いになり右手で私の左手を掬い取って自身の首に当てがった。


「…俺が犬に見えるなら。こうやって首輪嵌めて、鎖で繋いで、飼い慣らして番犬にしてよ。」



…ヌォァァァァァァァ!!!!!!!なんてこと言ってくるんだ!!!


戸惑いながらも瞬時に私の逞しい想像力が働いて番犬ノアを妄想する。


美しい金髪にイヌ耳。

美しく伸びた首筋に赤い首輪。

その先に繋がる鎖をジャラジャラと揺らして尻尾を振りながら、紫色の瞳をうるうるさせながら少し微笑んで


「ワンッ!」


…死んだ。妄想だけで死んだ。妄想の世界で墓に入っていると、



「アメリア?始めるぞ。」


といつの間にか四つん這いをやめて、手にオイルを馴染ませてながらノアが少し眉を細めていた。


「えっ、あっ、はい。」


墓に入りかけた意識を掘り起こしてノアに返事をすると、ノアはゆっくりと私の左腕にオイルをつけ始めた。


「オイルはこうやって皮膚の走行に沿って塗るとあんまり力を入れなくても保湿力が上がるし、浸透しやすい。軟膏の時もこうするとムラになりにくいから」


とかめちゃくちゃ真面目に講義している。

確かにさっきまでの私の塗装工事みたいなオイルの塗り方が申し訳なくなるくらい気持ちいいし、オイルが浸透して私の肌が生まれ変わった様に艶やかになっている。


なんでも出来るな、この第三王子。と感心したのも束の間。真剣に講義中のノアには悪いんだけど、さっきからオイルが肌に擦れる感覚とペチャ。クチュッ。って言う音がいやらしく聞こえてしまう。

うぅ〜、私の頭はどうなってしまったのか。恥ずかしい…。


「肌が乾燥しているのは角質層の乱れだから」


とか何やら言っているが、全くもって内容が入ってこない。本当にこんな状況でよくそんな平然といられるね?!あれ、私だけがこんなに意識してるの??


ノアの真剣な顔を見ながら思わず小さくはぁっと息を吐いた。すると、ふとその姿をちらっと見たノアが


「ねぇ、アメリア。そんないやらしい顔されたらやりずらいんだけど。」


と無の表情で言ってきた。その温度差に慌ててしまう。


「ちがっ…だっ、だって!!こんな触り方されたら!!ノアは、なんでそんな、平然としてるの?!」


「ふははっ、可愛いすぎ。それに俺だって平然なわけない。平然なフリしてるだけなんだけど。…あんま言わせないで。」


そう言ってオイルを塗っていた私の腕から手を離すとノアは顔を横にふいっと背けた。


「あんまり可愛いと歯止め効かなくなるから…それくらいにして。せっかく仲直り出来たのに、やり過ぎてまた嫌われたくないから。」


横顔のノアは長い前髪で見えづらいが、髪の毛の隙間から見えたそばかすの部分と耳が真っ赤になっていた。


なにそれ、ずるいぐらい可愛い。


その姿を見つめながら、私も彼に負けないくらい熱を持っていることに気づいた自分の頬を抑えていると、ノアはガバッと立ち上がって私の横に寝ころび私と自分にガバッと布団を被せた。


「もう、俺が色々と限界だから、今日の実技終わりっ!」


とぶっきらぼうに言った。その姿が可笑しくて笑ってしまう。するとそんな私を見ながらノアは少し微笑んで真剣に話し始めた。


「…アメリアがこの離宮にきてくれて、一緒に過ごして、本当に楽しかったんだ。写真じゃなく本物のアメリアは想像していた以上に魅力的だったから。だから2週間前そんなアメリアに勝手をして怒らせてしまって本当に後悔した。」


そしてノアは少し俯いた後、まっすぐ私を見て


「仲直りしてくれてありがとう。アメリア、好きだ。」


と言った。そんなことを言われたら胸がキュンと切なくなる。だんだん締め付けられるような酷い痛みを感じながらなんと答えていいのか分からず


「…どういたしまして。」


とだけ、たじろぎながら返した。

するとノアはニコッと柔らかに天使の微笑みを見せて目をつぶった。


これはもしかして、キッ、キスの流れ?!

と思い私も目をつぶる。


……。


ん??


いつまで経っても唇は重ならず、スーッスーッという規則正しい寝息が聞こえてきて目を開ける。

するとそこには、ノアのそれは美しい寝顔があった。


ね、寝たの?!…あぁ〜、肩透かしにあった…。うん?肩透かしとは??私、あれ??キスを自然に受け入れようとしていた?!?!?!うわぁぁぁぁ!!!


布団の中で頭を抱えてテンパりながら、この2週間ノアが必死で作ってくれた胸元に輝くアメジストのネックレスをギュッと握った。

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