11.おねだり②
「なんで今から髪の毛拭くって言ってるのに私より高い位置に行っちゃうの?」
立ち上がって両手を広げるノアを見ながら当然の質問をする。
私が描いていた髪の毛を乾かすっていう行為は、ノアの背後に私が回って後頭部の方からタオルでガシャガシャと拭くものだし。
怪訝な顔で見る私にノアはフフンッと鼻を鳴らした。
「あのさ、今タオル、腰に巻いたの一枚しか無いんだけど。このタオル取ってアメリアに渡したらいいの?」
そう言って骨張った長い指を自身の腰の辺りに滑らせるとタオルに手を掴む。
「なっ!!!!ダッ、ダメ!!」
咄嗟に腕を伸ばして両手を広げてノアの下半身を見てないですよとポーズを取る。
その瞬間ノアの楽しそうな笑い声が短く聞こえた後、伸ばした私の両手を掴んで自分の方にグンっと引き寄せた。
その動作で私は仕方なく引っ張られるように立ち上がる。
ノアの真正面に立った私の両腕を、背中側に引っ張って自身の滑らかな溝落ちと私の胸がぶつからせた。
「タオル取ったところ想像した?……えっち。」
ノアは怪しげに微笑んだ。悪魔だ!
「ははははい?!殴るよ?!」
動揺してるし両手を拘束された状態で殴るも何もないのだけど、咄嗟に言ってみる。
「殴ってもいいよ、噛み付くけど。」
ノアはそう言ってまだ殴ってもいない私の首筋に荒い息を切らしながら唇を寄せてきた。
ううっ!!噛まれるッッッ!!
咄嗟に身構えたが、ノアはすんでのところでピタッと止まって何もしてこない。えっ?と思ってそちらを見るとノアの長いまつ毛の下の澄ました瞳と視線が絡み合った。
「…期待した?」
ノアはそう言いながらまた怪しげにニヤリと笑う。
「はっ?!ハァァ??!!」
何?なんなの?!この獰猛な動物?!?!
ドッドッドッドッドッドッドッド
どうしよう!走り出しの機関車並みに心臓が大きな音を立てている!!
その反応を見て妖艶な笑みを湛えたノアは、私の両腕の拘束を解くと、折れかけた私の膝と背中をグッと掴んでふわりとお姫様抱っこした。
「へっ?」
いきなり浮上した身体に驚きながら床の方を見ると、ノアは長い足を開いて大股で歩き出した。
「浴室に行く。一緒に来て。でも誰かさんは腰が砕けて歩けなさそうだから俺が連れて行って差し上げる。」
わざとらしくそう言うと意地悪な言動とは裏腹にアメジストの柔らかな瞳で私を見下ろして、私の髪に頬擦りをした。
「誰かさんって!腰が砕けそうなのは誰かさんが私のこと揶揄うからでしょう!!」
「さぁ、誰でしょうかね?アメリアにそんなことするのは。俺が叱っとく。」
そんな冗談を言いながらノアの腕に抱かれて視線を合わせて声を出して笑いあった。
無事に浴室でタオルを取って、広い鏡で覆われている洗面台の前の椅子にノアを座らせて髪の毛をタオルドライする。
お風呂から上がって結構な時間が経っていたからか、洗面台の明かりに照らされたノアの髪の毛はほぼ乾いていたので、少しだけタオルで挟む。
ガシャガシャッとタオルで乱雑に乾かそうと思っていたけど、ノアの髪の毛は絹のように滑らかに輝いていて、繊細なこの髪を私が傷ませてはいけないという義務感が生まれて丁寧に挟むだけにした。
「はい、終わりました。」
「…ありがと。」
最後に櫛を通して私がそう言うと、ノアは伏せ目がちに素直にお礼を言った。
「…もう終わりか。」
何やらため息と小言が聞こえたが、アンニュイ感じを出しながらも入浴後の整ったノアは天使そのものであった。悪魔になったり天使になったり振り幅がすごい。
あと肌がツルピカすぎて肌の上でスケートできそう。唇だって薄いピンクでプルプルと柔らかそうで、この唇で私はキスされたり噛みつかれたり……うわぁぁぁ!!思い出すと恥ずかしくなってきた。恥ずかしさを紛らわしたくて
「ノアってさ、お風呂上がり肌にオイルとか使わないの?すごい肌綺麗だよね!」
と好奇心を隠さず聞いてみた。性別は違うにしろ美人の秘訣はしっかり聞きたい。
「ん?特には。」
ノアはそう言いながら立って腰のタオルを締め直している。全然美容に興味なさそう。ぼーっと眺めていると少しノアの肩が震えた。
…寒い?はっ!そうだよね!!ずっと半裸だし湯冷めするよね。
「ノア、もう帰って休んだら?疲れてるし湯冷めするよ。」
そう言うとノアは少し目を見開いた。
「ん?」
「…いや。」
ノアはバツが悪そうに腰の辺りをみながら頭を掻く。
そうだったー!!
早く帰ってって言ったけど半裸だったー!!
半裸で寒そうから帰ってって言ってみたけど半裸じゃ私の部屋から廊下に出られないよね?!
えっ、最初着てきた服に着替えてもらう??
そう思い浴室のドア前の籠に無造作に置いてあるノアが着てきた服を見てみる。明かりの下で見るとかなり土まみれだった。
その服からノアのこの2週間の過酷な生活が見えるようで、流石にこれに着替えて自分の部屋に戻ってとは言えない。
「ねぇ、クドウさん呼んでこようか?」
着替えくらい親衛隊隊長なら瞬時に持ってきてくれそうだし。
「…こんな夜中に他の男のところに行かせるとでも?」
ノアが半裸で若干怒った。いや、違うのよ、あなたのその肌色の多さを改善させようと思って私は言ったんだよ。
はぁ〜、どうしたものか。というか
「え、ならもしかして朝になるまで、ずっとここにいるの?」
そういうとノアはとっても綺麗な顔でにっこり笑った。
嘘じゃん。えっ、待って、本当に?!嘘でしょ?ノアと2人とか、え〜!?
ん…待てよ。
頭がキれると噂のノアなら、浴室行った時点で大体こうなること予想できてたよね?
…もしかして、わざと?!
そう思ってジトっとした視線をノアに送ると、それを見て
「あぁー、部屋にも帰れないし。どうしようかな。寒くなってきたな。」
チラッチラッとこちらをみてわざとらしく小芝居してくる。
クッ!!!!涙袋の下のそばかすが幼さを引き出してかわいいッッッ!!
「ッッッ〜!!絶っっっ対こうなることわかってたでしょ!!」
私がノアを指差して抗議するも
「何が?というかさ、さっきの話だけどアメリアはオイルとか塗るの?」
瞬時にスンッと無表情に戻ってしらばっくれる。どういうことなの??
「え?オイル?まぁ、いちおう。それがどうしたの?」
「俺にも塗って欲しい。」
「…ん?!」
「塗って慰めて欲しい。」
当然のように要望を増やすんじゃないよ!
「えっ?!もう髪乾かしたじゃない!」
「だって髪はほぼほぼ乾いてたからあんまり乾かしてもらった感じしないし。まだ慰めて欲しい。」
そんな子どもみたいに、と少し呆れていると。
「これで最後だから。」
と目の前でパンっと両手を合わせてゆっくりウインクしてきた。多分ゆっくりだし少しぎこちないしウインク初心者だと思う。
でもそこがあざと〜い。あざといんだけど攻撃力が強すぎて
「…少しだからね!」
と軽く了解してしまった。圧倒的な美の前にひれ伏すしか無い自分に失笑してしまう。
私が落ち込んでいると、ノアは俄然元気になった。なんだろ、この反比例。
「はい、ならオイル持ってベッドに行くよ。アメリア。」
「…わぁっ!」
そう言ってまた私を軽々とお姫様抱っこした。そして洗面台の上にあったボディ用の香油をそのままパッと掴む。
「あれ?!なんで香油の種類知ってるの?」
「教科書王族女性の嗜み、164ページ。」
ノアが書いた教科書内には、確かに身だしなみの欄があり、そこに『香油の塗り方・香らせ方』があったのを思い出す。
「ハッ!全部知ってるなら自分で塗ってよー!!」
腕の中でバタつくとノアは私を抱く力を一層強めて
「朝までまだまだ時間あるな。たっぷり塗って慰めて欲しい。俺のアメリア。」
と耳元で吐息混じりに囁いた。
ノアのおねだり②で終わりました。次はおねだりを叶える回です。




