10.おねだり①
「これって、私?」
ノアが胸元から出してきた写真に映る人物は今より幼い私だった。自分だから見間違うはずがない。
「うん。そう。アメリアだよ。俺は13歳の時にこの写真を偶然見つけたんだ。…クドウから俺がイガで育った経緯は聞いたろ?」
「えっ、うん。」
ノアは淡々と話すけど、私はあの話を思い出すと悲しい気持ちになる。
「俺には政治的に無力で無派閥な女性との結婚が必要だった。だからイガの村長の家では、俺と同じ年頃の、国内の孤児の娘たちの情報が秘密裏に準備されていたんだ。」
同じ年頃の孤児の娘…その中の1人が私で、私の情報はイガにまで渡っていたのね。
バンギセル王国に住んでいる全住民の情報は国が管理している。でもこんな形で使われていたなんて。
動揺して胸元のアメジストを握る私にノアは諭すようにゆっくりと話し始めた。
ノアがイガで過ごした幼い時から今までの記憶と感情を。
そして私を探してアンティークにやってきたことを。
「…びっくりしたろ?俺も自分の立場を恨めしく思ったこともある。でも俺はアメリアと出会えたからこういう運命でよかった。」
そう言ってノアは優しく笑う。
イガの人々やクドウ家の人たちに愛されて育ったんであろうことはノアの話を聞いても、クドウさんの溺愛ぶりをみてもわかる。
でも、そんな中で自分をずっと異物だと思って過ごしていたなんて。悲しいよ。
今も政治的に利用され、勝手な理由で次期国王に祭り上げられようとしているノアが、孤児の私と出会えたからこの道でよかったなんて簡単に思えるはずない。
本来なら王城の両親の元で兄弟と一緒に過ごしたかったはずだよ。
少し俯いてそう考えていると、ノアは私の気持ちを理解したようにゆっくりと
「そういうことなんだ。だから俺はずっとアメリアだけを想って、アメリアだけを探していたんだ。」
そうまっすぐ言われて、私は何も言えなくなった。
「……。」
そんな前から私を知っていて、努力してくれて、会いにきて、あんな高値で買い取って。アンティークを改修工事までしてくれて。
どれだけ私を想ってくれていたんだろう。
そんなノアに私は舞姫だなんて嘘つく必要もなかったのかもしれないし、ましては殴ろうとしていたなんて。
ノアの事情を知った今、ノアがアンティークに来た日に戻って普通に出会いたかったと切実に思う。
そんな事は、いまさら出来ないけれど。
「アメリア?」
ノアから呼ばれてハッとする。
「あ、うん?」
咄嗟に笑顔を作る。けれどその私のことを見透かしたようにノアは微笑んだ。
「そんなに考えてくれるなんて。俺のこと同情してくれた?」
「えっ?」
「両親から離れてイガで過ごした俺を可哀想だと思ったんだ?」
ズバズバと想っていたことを簡略的に話されると言葉に詰まる。
「それは…」
と言い淀むと、ノアはガバッと両手で自身の顔を大袈裟に覆った。こ、これは近年稀に見るとても下手な泣き真似?!
「少しでもそう思ったなら…慰めて。」
「えっ?」
「俺を慰めて。」
顔を覆われているので表情は読めないが、強めにおねだりされている??
「え、あ、うん?はい。」
私が困惑して返事をすると、ノアはサッと顔から手を退けた。満面の笑みである。
「ありがとう。じゃあ、シャワー浴びてくる。」
淡々というと自身のシャツの袖元についたボタンを外している。なんという変わり身の早さ。
「え?!」
「大事なアメリアの前で土埃被ったままで嫌だったんだ。」
月明かりしかない部屋の中で、ノアの姿はぼんやりとしか見えなくて特に気にしていなかったけど、目を凝らせば確かにところどころ土埃が付いていた。顔もよく見ると頬のあたりに砂が付着している。
「うん。じゃ、行ってくる。」
今さっきまでの顔を覆う演技はなんだったんだと思うくらい颯爽とノアは歩き出した。
しかしその向かう先がおかしくて思わず声をかけて引き留めた。
「ちょ、ちょっと待って待って待って!!」
「うん?」
いや、きょとん?じゃないのよ。
「そこ私の部屋の浴室じゃない!!自分の部屋に帰るんじゃないの?!」
慌ててそういうとノアは暗闇の中でニヤリと不敵に笑う。
「……覗くなよ?」
そういうと私の浴室にサッと入り、ガチャリと鍵を閉めた。
「ハァァァァ!??!?!」
私の渾身の叫びは聞こえたと思う。
そして鍵閉めるんだったら覗けるわけないじゃないの!
いやいやいやいや!覗かないけどね!?!?
混乱しながらふわっふわの枕をボスボス叩く。
なーにが慰めてよ!してやられた〜!うぅ〜。
私は形の歪んだ枕に顔を埋めて声にならない叫びを上げた。
……
それから暫くしても、隣の浴室にノアがいると思うとドキドキが止まない私は、相変わらずベッドの上で枕に顔を埋めて叫びながら足をばたつかせていた。すると、
「アメリア?」
と言う声と共に、冷たい雫が上から項に落ちてきた。
「ひゃんっ。」
思わず高い声をあげて項を押さえながら仰向けになる。
するとそこには水に濡れて少し色の暗くなった長い前髪を片耳かけてこちらを見ているノアの姿があった。
水を称えたノアは色気が増しすぎて思わず目線を下にずらした。
しかし目線をずらした先にあったのは、綺麗に筋肉のついた胸元と割れた腹筋で、腰骨のあたりに防御力レベル1か2くらいしかない白いタオルが心許なく巻かれている素晴らしい肉体美だった。
「はっ?何、その声。可愛すぎるんだけど。」
私の高い声にノアは少し驚きながら揶揄ってくる。
いやいや、それなら私も言い返しますけどね!
「ななな!!だいたい何その格好!!無防備すぎるでしょ!」
「風呂入ってたんだからこうなるでしょ。俺のバスローブこの部屋にないし。」
ノアは淡々と答える。
水で束になった髪の毛から落ちる水滴が、鍛えられた胸板を通過して、するすると鼠径部の溝に入りタオルに染み込んでいく。それを見るだけで鼻血が出そう。
「わぁー。いやらしい目してる。アメリア。」
私を見てノアが揶揄いながらベッドを軽く軋ませて隣に座ってくる。
「うううるさい!!」
私が真っ赤になりながら抗議して拳を振るうけど、毎度のことながらパシッと空中で掴まれた。
腕を掴まれたまま目を離せないでいると、ノアは耳から外れた顔にかかる前髪を気にも留めずに
「ほらっ、慰めてくれるんでしょ?」
と私の鼻先に鼻を寄せてきた。
「ななな慰めるって何したらいいの?」
「俺はもうアメリアには優しくしてあげたいんだ。だからアメリアを困らせるような自分の要求は言わない。だからアメリアが考えて?」
そう言ってノアは至近距離で私の唇を見ながら舌舐めずりをする。考えてってなんなのよ。
「さ、参考までに聞きたいけど、私が困るようなノアの要求って何?」
「…聞きたい?」
ノアが楽しそうに小首をかしげる。
「…うん、一応、参考程度に。」
ノアの色気に当てられて、どうにかなりそうな頭でなんとか返事をする。そうだなぁ〜とノアはわざとらしく言った後、
「今ここでアメリアの洋服を全部剥がして、ズブズブに愛して、舐め上げて、閉じ込めて、俺だけを欲しがるように、俺だけを見るように、精神的にも肉体的にも支配したい。」
握った私の手首を一度離して、お互いの手のひらを合わせると指を一本ずつゆっくりと絡ませながら蕩けた表情でノアはそう言った。
「でも、アメリアがしてくれるならなんでも嬉しいから何でもいい。」
ノアは愛おしそうに絡めた私の手の甲を自身の火照った頬に当てた。
その美しく恐ろしいノアにゾクリと背筋が一瞬冷えるも、少し嬉しいと思ってしまった私は色気に当てられ過ぎてしまったのかもしれない。
私はノアの色気に壊落しようとしたが、ギリギリの理性を保ち、ノアの水滴が落ちる髪の毛を見た。
「うん、わかった。ご意見は分かりました。じゃぁ…そうだっ!私がノアの髪の毛を乾かして慰めてあげる!」
私が元気よくそう言うと、ノアは少し驚いて小さい声で
「え、弱っ。」
と言った。
「ん、何か言った??」
「いや、言ってないけど。」
ノアは少し考えてニヤッと笑って絡んだ手を離すと
「じゃぁ、お願いします。」
と言ってベッドから降りて両手を広げた。
いや、今から髪の毛を乾かそうとしてるのに何故立ち上がるのか?私にはノアの企みがまだ分かってなかった。
こういうシーンが早く書きたすぎて自分の中で盛り上がりすぎてしまい長くなったので2話に分けることになりました。




