第66話 大好きな人
「……フォルトゥナ」
「……お母さま」
「お……母さまって……こんな目にあってもまだそんなことが言えるのね」
「えぇ。お母さまはお母さまですから」
「……ったく、あの女にそっくりね。悔しいけど……あなたはやっぱりマーテルの娘よ」
なんともいえない表情でルナにそう語るインウィディア。
「……ほんと、嫉妬しちゃうわ。あなたが本当の娘だったらどんなによかったか……」
「……えっ?」
どういうこと?とルナが顔をあげる。
「あなたはマーテルの子ども。大嫌いで、消したくて、殺したくてたまらなくて。そして殺したら罪悪感を植え付けてきて。ほんと何なのって感じね。でも……同じくらい大好きだったの」
インウィディアが空を見ながら話をはじめた。暗闇だった夜の空は白み始めていた。
「マーテルは誰からも好かれた。民からも、貴族からも、そして……レックス。国王からも。それはもう加護通り《母》のように。
でもね、みんなから好かれるのにも頷けたわ。あの人は周りのみんなを気にかけて、愛していたの。私も含めて……ね」
「お母さまが……お母さまを?」
ルナが2人の母親の話を真剣に聞いている。
「私は恋人だったソキウスの件で心が荒んでいたわ。心を閉ざしてただ王妃になるための準備を着々と進めている、いわば王妃候補という名の人形だったわ。そんな私にあの人は……」
「こんにちは! インウィディアさま……ですよね?」
「あなた……マーテルだったかしら? 平民が気安く話しかけてるんじゃないわよ」
「すみません……。突然王宮に呼ばれてわけわかんなくて……。急に王妃候補だなんていわれて王宮から出られなくなって。もう嫌だ!!って思ってた頃にインウィディアさまに出会ったので……同じ立場なのでお話したくてお声をおかけしたのです……」
マーテルは捨てられた子犬のようにくしゅんとしていた。
「同じ立場? 笑わせないでよね。貴族の私と平民のあなたが同じ立場なわけがないでしょ」
「す……すみません……」
「……まぁでも振り回されてるってことだけは同じね。お互いせいぜい頑張りましょ」
うるうるとするマーテルにインウィディアは笑みを浮かべていた。これが2人の出会いだった。
それ以来、マーテルはことある事にインウィディアに会いに行った。インウィディアは毎度嫌そうに素っ気ない態度をとる……が、会うのを断ったことはなかった。
ソキウス亡くし心を失ったインウィディアには心を許せる友人がいなかった。楽しく語り合える仲間がいなかった。
マーテルはインウィディアの凍りついた心を溶かしたのだった。
唯一の友人。しかしその友人は同じ王妃候補であり敵。
インウィディアはジレンマに陥った。
そしてインウィディアは……大好きなマーテルに嫉妬した。
人に好かれ、人に愛され……。同じくらいに人を好き、人を愛することができるマーテルに。
人の心をこじ開けることができる、母のような優しい心をもつマーテルに。
インウィディアはソキウスの死に様を思い出した。そうだ、私は絶対に王妃にならなければならない。改めてそう思い知らされた。
そしてこう曲解する。大好きで唯一の友人、マーテルを殺すことが出来てこそ、民を護り育てる王妃となる決意が生まれるのだと。
だからこそ……覚悟を決めてマーテルを殺し、マーテルの代わりにこの国の母になるのだと。
そうしてインウィディアはマーテルを手にかけ、マーテルは死んだ。
生まれたばかりの娘、フォルトゥナを遺して。
「あなたは嫉妬するくらい大好きだったマーテルの娘よ。だから……あなたのこと、本当の娘のように育てたわ」
「わかっておりますわ、お母さま」
「フォルトゥナ。信じられないかもしれないけど……。
私はあなたを、これからもずっと……愛しているわ……」
「お母さま……私もですわ……」
インウィディアがフォルトゥナの頬を撫でる。2人の頬は煌めいていた。
「フォルトゥナ。これから苦しいこと、辛いこと。いっぱいあると思うけど……負けないで。これからを頼んだわよ。あなたは……《幸運》のフォルトゥナなんだから」
「えぇ……任されましたわよ。お母さま」
インウィディアがルナを抱きしめ、ルナがインウィディアを抱きしめる。2人を日の出の光が照らしていた。




