第42話 ヤンデレ幼馴染みたち、招集される
突然りんぜの尻尾に現れた『緊急魔王会議のお知らせ』の手紙。いったいこれがなんなのかを尋ねに、俺とりんぜとシルキィは診療所に戻っていた。
一週間後雫の国に集まるように書かれたそれは、レイジとリーザのもとにもいつの間にか届いていたそうで、魔王覚醒者全員に配られているらしい。
ふたり曰く、本来の魔王会議は一年に一度定期的に行われるものらしいが、今回はその定期から外れた緊急のものだという。
ゼフィランシアたちがサクラを狙うことを宣言し、また黎夢や天使の力が介入してきた。魔王はこの事態を危惧して招集をかけているのだろう。
りんぜは魔王の力を宿している。本人の人格が出てきたこともあるし、参加しないわけにいかないだろう。
それに『女神再臨』を使う黎夢と実際に交戦したのもりんぜだ。
「あとは参加自由だけど、どうする?」
付き添いという形で同伴することもよくあり、歴代の魔王覚醒者の中には恋人を連れた者もいたらしい。
それを聞いた瞬間にりんぜが俺の顔を見たので、俺が行くというのは確定だ。
とはいえ、魔王覚醒者には顔見知りもいるし、彼らはそれぞれの種族の代表者だ。この世界に住まう十の人間たちを知るいい機会だろう。
「あの、私も参加したいです。獣族の問題を、各国の王の話し合いの場で扱ってもらえるかもしれませんから」
「お姉さんも……兄さんもラミカも魔王覚醒者だから、また会えるってことでしょ?」
モンブランとシルキィのふたりもついていきたいと自ら願い出た。元からパーティメンバーを置いていくつもりはなかったが、明確な目的がある方がいい。
「よし、決まりだね。みんなで行こう!」
リーザとレイジは当然として、俺たち一行も全員参加することになった。
元の世界にいたときは各国首脳会談のニュースを見かけたりしたけれど、参加するのなんて初めてだ。いったいどんな雰囲気なんだろう。
「あの……ここから雫の国ってどのくらい遠いんですか?」
ここで出てくる一番の問題点はそれだった。いきなり一週間後だと言われ、雫の国まで集合できるものなのだろうか。
人から暁は船で一週間、人から蕾は馬車でひと月だ。大陸の全容はわからないが、雫はどこにあるのだろうか。
「こっからだと……陸路でふた月くらい?」
「ふた月!?」
あの馬車に揺られてきた日々の倍だ。何をどう急いでも一週間後に間に合うわけがない。
というか、人と暁と夜はここよりずっと遠いことになるじゃないか。期日なのに誰もおらず、開催国の王だけがいるなんて事態になるに違いない。
リーザの言葉で諦めムードになった俺たちパーティ。それを見てため息をついたレイジは、リーザをつついて、教えてやれと言う。
「あ、そっか、みんな知らないんだ。魔王会議は大事だからね、会場直行のワープゾーンがあるんだ」
魔王会議のときだけは一瞬で移動する手段があった。どれだけ離れていてもすぐ会場に行けるといい、心配は杞憂だった。
それがあるんだったら瞬間移動の魔法くらい実用化してほしいものだが、ワープゾーンはこの世界の住人にはまったく解明できていないそうで、残念ながら期待できない。
むしろ、こんなときだけでも瞬間移動できるようにした魔王がすごい、と言うべきか。
ワープを起こすためのアイテムは、リーザの家の引き出しにしまってあるそうだ。数日後にはみんなで集まって移動しようと決めて、この日は再び解散する。
それから五日ほどの間、俺たちはしばしの平穏な日々を過ごすのだった。
◇
そして五日後。リーザの診療所に集まって、みんなで手を繋いでワープゾーンを起動してもらい、留守はゼフィランシアに任せて雫の国へとやってきた。
光に包まれて身体がふわりと浮き、気がついたらあたりの風景はまったく違う。煙がいろんなところから上がり、貝殻や珊瑚を模した建物が並んでいて、見たことの無い景色だった。
蕾の国では自然がたくさんあることから空気が澄んでいたが、こちらはすごく温泉の匂いである。
どうやらこのたくさんの煙はすべて湯けむりであるらしく、ワープしてきた先は温泉街になっていた。
「はい、とうちゃーく。やったぁ、今回もヴァエール温泉だ! ここの温泉、あたしめっちゃ好きなんだよねー」
リーザは魔王会議でここに来たことがあり、温泉にも入ったことがあるようだ。異世界に来てから洗浄魔法や水浴びばかりだったし、温泉なんて久しぶりだから、かなり楽しみだ。
さらに、この雫の国は俺たちのまだ出会ったことのない種族が暮らしているらしい。
進行方向にある『雫の国へようこそ』『緊急魔王会議』の横断幕が張られたあたりに、下半身が魚になっていたり、蛸や烏賊になっている女性たちが並んでいる。到着した他国の王の出迎えだろうか。
リーザ曰く、彼女たちのいる場所が今回魔王会議で使う旅館だという。経験者であるリーザとレイジの先導についていき、旅館の前まで来ると、人魚のみなさんは声を揃えて「ようこそいらっしゃいました」と言ってくれた。
そのうちのひとり、一番小柄な子が駆け寄ってきて、嬉しそうにぴょんと跳ねた。
水色の肌をしていて、下半身は蛸の持つ八本の触手になっている。
そんな触手で歩き、さらに飛び跳ねるものだから、俺の視線は八本の脚に釘付けになっていた。
「リーザお姉ちゃんにレイジお兄ちゃん、お久しぶり! それと、そっちのお兄ちゃんは……もう、そんなに脚が気になるの? このヘンタイ!」
視線に気づかれたうえに、変態だという指摘まで受けた。他人の脚をじっと見つめていたのだからごもっともである。りんぜの視線が痛い。
俺は話の流れを変えるため、相手に名前を尋ねるために同じ視線の高さにまで屈んだ。
「俺は奈浪圭。こっちはモンブランに、シルキィお姉さん。彼女、伊勢神りんぜの付き添いだ」
「ふふ、はじめまして、お姉ちゃんたち。『ラッキー・クィーンメイド』だよ、仲良くしてね。ヘンタイの圭お兄ちゃんも、ね」
挑発的な微笑みをみせるラッキー。その瞳には水しぶきと王冠の紋章があり、それは紛れもなく魔王覚醒者の証だ。
わざわざ雫の王が出迎えてくれたというのに、その下半身を凝視した。そう考えるとものすごく申し訳なくなってくる。
「大丈夫です、圭さん! マーメイド族、私もはじめて見ましたから、その気持ちはわかります!」
モンブランのフォローをもらい、苦笑いをするしかなくなったところで、ラッキーたちの案内が始まり、みんなで中に入っていく。
さすが各国の首脳が集う建物だけあってとても豪華であり、すごく大きい。内装も深海を想起させる美しい装飾で、高級な感じがすごい。付き添いでしかない俺たちがいていい場所なんだろうか。
「他に王は来ているか?」
「うん、いっつも一番乗りのセレスタお姉ちゃんだけだけどね。これで十人揃うまではあと六人?」
俺たちのほうを振り返って、首をかしげるラッキー。りんぜがどうなのか、という話だ。彼女の顔をじっと眺めたラッキーは、自分が至った結論が本当か疑いながらも口に出した。
「もしかして、りんぜお姉ちゃんって魔王さま?」
「え、ええと、力だけ借りてる状態……なのかな」
角と尻尾という特徴に加え、よりりんぜの持つ魔王の力が強くなったことで、ラッキーにもなにかが感じ取れるようになっていたらしい。たった一言りんぜの声を聞くと、ラッキーは深く頷いた。
「この畏れ多いのにどこかいい加減な気配……うん、本物だ」
どういう感覚なのかはわからないが、ラッキーも確かにりんぜの魔王覚醒が本物だとわかってくれたみたいだ。
そのまま部屋まで案内をしてもらうことにして、俺たち一行は廊下を歩き出した。




