第41話 ヤンデレ幼馴染みたちと天使の残り香
魔王の切り札によって次元の裂け目に追放され、黎夢はひとり憎悪を募らせていた。
なにに当たってもこの激情は晴れない。目についた建造物をひとつ跡形もなく破壊して、それでも収まらなかった。
思い返せば、いくらでもあいつが悪かったと言える。
例えば、異世界の住人たちに与えた天使の力。
彼らは与えられた力を使えばそれだけ肉体に急激な負担がかかり、限界を迎えれば消滅する。
当然だ。まず根本的に彼らの魔法とは力の源が違う。魔王の世界の住人では、女神の世界の力を使いこなすことは不可能なのだ。
それに加え、圭が思い通りにならなかったことよりなにより、あの女に邪魔されたのが腹立たしくて仕方がなかった。
伊勢神りんぜ。圭のことを陰から見守っている間に何度も見かけていたが、意に介してこなかった存在。
それがここに来て黎夢の障害になるなんて。こちら側に来る前に消しておけばよかったのに。
黎夢は今までの自分の失態を恨んだ。
過去を書き換えたいと思ってもできないので、代わりに自分の頬を思いっきり殴りつける。
それだけでは足りない。カッターを出現させて手首を切った。痛い。この痛みが戒めだ。
「随分とお怒りのようですね」
その様を見かねてか、傍らに女神の姿が現れた。
魔王の世界に連れ去られた彼を取り戻すために力を貸すと言い、侵攻の話を持ちかけてきたのは彼女だ。
だからこそ、黎夢は女神に向かって小石を投げた。相手は霊体で効果はないが、苛立ちを示すことにはなる。
「私も予想外でした。まさか魔王の選んだ人間が、あそこまでの融合を行えるとは……」
「そうだ。ボクじゃない。女神、お前が悪いんだ。お前の力が弱いから」
女神は困った顔をして、ため息をつき、黎夢の言葉を訂正すべく説明をはじめる。なぜ負けたのかを上位存在との融合の度合いであるとし、決して自分が魔王に劣っているなどありえないと言い出したのだ。
しかし、黎夢はまったく耳を傾けることもせず、思いを寄せているはずの圭よりも自分の邪魔をしたりんぜのことばかり考えている。
「……またいつか、絶対あいつを殺しに行く」
無意識のうちに、黎夢は強く拳を握りしめていた。対して、黎夢が話を聞いていないことにやっと気がついた女神はその顔を覗き込み、冷静に告げる。
「今の私たちではあの魔王の少女に勝てませんが……どうせ空間転移はしばらく使えませんから。その間に強くなればいいだけのことです」
今度は黎夢も女神の話を聞いている。確かに頷いて、どんな鍛錬だって耐えてみせると宣言する。
黎夢は圭を自分のものにするため。
女神は魔王に勝つため。
諦めの悪い少女たちは、魔王とはまた違う異世界で決意を新たにしていたのだった。
◇
組織との交戦があった時から一夜明け、蕾の国では何事もなかったかのような時間が流れていた。
木々に囲まれた街並みは変わらずのどかで、やはり空気が美味しい。
道行くアルラウネの少女たちが楽しそうに談笑しているのも、なんだかほっこりする光景だ。
そんな街の中を俺とりんぜは並んで歩き、リーザの診療所へ向かっていた。
彼女は事後処理が大変だとか、黎夢が破壊した祭壇がどうとかで忙しいらしく、代わりに負傷者の面倒を見てくれと頼まれていたのだ。
診療所に着くと、先に来ていたモンブランが迎えてくれて、俺たちも中に入った。
使われているベッドはふたつ。それらの上で暇そうにしているのは、レイジとゼフィランシアだ。
今回の負傷者はこのふたりということになるらしい。
キリマとネリドは戦闘の中で消滅してしまい、また天使の力を与えていた黎夢も異世界へ放り込んだ。
そのため、捕まったのはゼフィランシアだけだった。
彼女はリーザによって天使の力を無理やり引き剥がされたおかげで命に別条はなかった。しかし、相手は未知の敵だったということで、現在こうして経過観察中だという。
そして、彼女はりんぜを見るなり、思いっきり指をさし、ベッドから落ちながら後ずさりする。
「ぎゃーっ!? あの時の腹パン女じゃない!?」
「……あぁ、うん、思いっきり殴っちゃったよね」
交戦したときに牽制のためのパンチが思いの外きれいに決まってしまったらしく、ゼフィランシアはりんぜのことをそれで覚えていた。
ひと月前のことだが、彼女には強烈だったんだろう。印象も、腹パンも。
「やりすぎだったかな、って思う。ごめんね、ゼフィランシア」
りんぜの発言に、俺とゼフィランシアが目を丸くして驚いた。
彼女が不安に陥ってしまった原因は花粉にある。あの様子だったら、ゼフィランシアのことをもう少し敵視していてもおかしくないと思っていたのだが。
「あ、あらそう? だったら、その、謝って済むことじゃないと思うけど……私も謝るわ。ごめんなさい」
「うん、これでおあいこにしよう。起きちゃったことはしょうがないけど、ずっと喧嘩してるの、嫌だから。
ゼフィランシアとも、仲良くしたいな」
「……ゼフィでいいわ。ゼフィランシアって名前、気に入っているけど長いもの」
ゼフィランシアの照れくさそうな反応に、りんぜは頷いた。これで、ふたりの間には決着がついた、ということになるのだろうか。
それから後は、りんぜも特に気負うことなく彼女と話せるみたいで、女友達と一緒にいるときの人当たりのいいりんぜになっていた。
「……そういえば。もしかして、あなたが圭って人かしら。
あの女がずっと会いたがってたからどんな人なのかと思ってたけど、見た目は普通なのね」
俺はどんなに奇抜な見た目だと思われていたのだろう。いや、探している側の黎夢があの派手な髪色だから、同趣味だと考えられていたのか。
「それでね、ゼフィちゃん。この事件のこと、教えてほしいんだ」
「えぇ、私が知ってることなら全部話すわ。私が言うしかないものね」
りんぜに頼まれ、使命感があるのかゼフィランシアも話してくれる気のようだ。
彼女は視線を落としながら話をはじめる。
「私は……誰かに私のことを見て欲しかった。他の誰でもない、私のことを」
本当はゼフィランシアもネリドに話を持ちかけられただけで、魔物の暴走に花粉を利用されただけだったという。
話に乗ってしまった時点で共犯者なんだろうが、彼女の心情を思うと、一方的に悪者というわけにもいかなかった。
とはいえ、ゼフィランシア自身にサクラを狙う理由がなかったとしても、ネリドやキリマと接していた時間はある。彼女は自らの知る範囲で、彼らから聞いたことすべてを話してくれた。
獣族の人身売買のこと。
夜の国の戦争孤児のこと。
それらはモンブランとシルキィが直面してきた問題だった。今までに見てきたものもあるからよくわかる。彼らもまた被害者だったのだ。
エルフとヴァンパイアが憎みあわず、獣族を攫う奴隷商人のような輩がいなければ、彼らが消えてしまうこともなかったのだろう。
ただ、ネリドとキリマの話がされる一方で、ゼフィランシアは黎夢のことはほとんどわからないみたいだった。
ふらりと現れて力を与え、その思惑も、どこから来たのかもわからないままである。
あの必殺技は異世界への追放で、黎夢はまだ生きている。女神再臨の力を使って、世界を超えてくるかもしれない。あの黎夢なら有り得ることだ。
もしそうして彼女が現れたら、また戦うことになるのだろうか。
「どうかした? 圭くん」
考えごとをしていた俺の視界に彼女が映る。
そうだ。もし黎夢があの考えのまま襲ってきたとしても、りんぜがいる。きっと大丈夫だ。
「いや。なんでもないよ。ありがとうな、ゼフィ」
「えぇ……これだけで罪滅ぼしにはならないと思うけど、私にできることならなんでも言って」
なんでもする、とは軽々しく口にする言葉ではないが、彼女はそれだけのことをしたと自分に言い聞かせたのだろう。ゼフィランシアは向き合おうとしている。
そんな彼女に礼を言って振り向くと、隣のベッドではレイジがモンブランにお世話されていた。
薬を塗るくらい自分でできる、と嘆く彼だが、モンブランに大人しくしていてくださいと言われて素直に従っている。
「あのエルフといい、なぜオレを子供扱いするんだ……」
身長で言えば同じくらいなのに、とこぼすレイジ。かなり小柄なふたりと同等ということはかなり小さいと思うのだが、そのあたりどうなのか。
さて、なぜレイジがこうして負傷者扱いされているか。
それは、彼が昨日の黎夢との交戦で一時的に魔王覚醒を封じられていたからだ。
リーザが診察したところしばらくの安静で元に戻るとのことだったが、そのあいだは魔力に頼らない自然の治癒に任せるしかないらしい。
あれだけの再生能力を持っていた彼が包帯をぐるぐる巻きにされている姿を見るとは思っていなかったから、なんだか新鮮だった。
「回復魔法が効かないぶん、私が治るのを助けます。レイジさんには、まだまだ革命の獅子心をやってもらわないといけませんから」
ずいぶん気合いが入っているらしい。レイジのことは、モンブランに任せておこう。
「圭くん。ゼフィちゃんなら平気みたいだし、もう少しお散歩しない?」
りんぜの誘いに、俺はふとゼフィランシアに視線を向けた。彼女は目線と身振り手振りだけで「私はいいから行ってきなさい」と答えてくれて、俺もそれに頷いて、りんぜと歩き出す。
診療所を出て、森の中に家が点在しているような街を歩いていると、その道中でアルラウネではない姿を見かけて立ち止まる。シルキィだ。
彼女は子供たちと遊んでいるみたいで、お姉さんとして小さい子との触れ合いを楽しんでいる。
あるいは、戦争によって何気ない日常から叩き落とされたネリドと戦った中で、なにかが彼女の心に残り、有り様を少しでも変えたのだろう。
変わったといえば、りんぜも変わった気がする。不安に陥る前からしても、ちょっと明るくなったような。
あと、角と尻尾が生えた。
「なぁ、りんぜ。その角とか尻尾って、やっぱり魔王のなのか?」
「たぶんそうだよ。ふふ、安心して。
圭くんが持ってた本みたいに、ちゃんと触ったら変な声出してあげるから」
「そういう心配とかじゃないんだけどな……」
確かにそれらに感覚があるのかどうか、よくいろんな作品で言われるとおりに敏感なのかは気になるところだが、問題はそうじゃない。
強くなったうえにこの姿ということは、もしかすると、彼女が人間ではなくなっていっているのではないか、なんて。
「……大丈夫だよ、圭くん。私は、たとえどんな姿になったって、圭くんに全部を捧げるって決めたんだから」
やっぱり彼女の好意は重たい気がするけれど、それがりんぜだし、そんな幼馴染みだから一緒にここまで来れたのだ。
改めてそう思うと、さっきまでの余計な心配はなくなった。
そして、俺とりんぜは再び一緒に歩き出して──
「ひゃんっ!?」
──唐突に、りんぜが変な声をあげた。
見ると、なんと尻尾に手紙が結ばれている。きゅうな刺激で、思わず声が出てしまったのだろう。さすが魔王、よくわかっている。
しかしなぜ突如手紙が現れたのかはわからなかった。りんぜの尻尾を傷つけないようそっと外して、中身を見る。
『緊急魔王会議のお知らせ
最近いろんなことが起きてるので、魔王覚醒者のみなさんを緊急招集いたします。
場所は雫の国、日程はこの手紙が届いた一週間後です。よろしくね。
魔王様より』
どうやら、次の冒険はすでに始まっているみたいだった。




