第二話 作業台のスープ
紗季が初めて劇場へ来た時、雨が降っていた。
入口で傘を畳みながら、朗読会の手伝いに来たと言った。靴下まで濡れていたので、修一は衣裳部屋から古いスリッパを出した。
「王様のですか」
「去年は郵便屋が履いた」
「出世したんですね」
紗季は笑って、濡れた靴を新聞紙の上に並べた。
その頃、修一は町へ戻って二年目だった。
長く勤めた工房を畳み、家族とも離れて暮らしていた。知人に頼まれ、この小さな劇場の大道具を直していたが、頼まれていない日も来るようになっていた。
紗季は朗読をし、受付をし、時には舞台で椅子を運んだ。
修一は彼女に、鋸の引き方や、遠くから本物らしく見える木目の描き方を教えた。稽古のない夜には、余った板に二人で色を塗った。
「これ、何色ですか」
「古い家の壁」
「色の名前じゃない」
「それで通じる」
「私にはまだ通じません」
説明することが増えるほど、修一はよく喋った。
紗季が帰った後も、次に見せるための見本を作った。
ある冬の晩、彼女が差し入れたスープを作業台で飲んだ。
紙の器を包むように持つと、指の節まで温まった。彼女は自分の分を飲みながら、乾きかけた背景の雲を眺めていた。
修一はその横顔と、スープの湯気を覚えていた。




