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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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92/115

第92話:【開幕】忘年会の混沌と焦燥

 忘年会当日。


 会場となったシティホテルの宴会フロアは、開始十分前だというのに、すでに末期的な空気に包まれていた。


「……先輩。……あれ、直視していいんでしょうか」


 凛が僕の背後に隠れ、震える指で金屏風の前を指差す。


 そこには、ホテルの豪華なシャンデリアの下で、あまりにも場違いな赤い布を纏った「セクシーサンタ高橋」と「マッスル・トナカイ島田」が、受付として鎮座していた。


「……見るな、佐倉さん。視覚情報を遮断してください。網膜が汚染される。」


 ホテルの格式がエラーを起こしている。


 凛の視界を遮るように立ち、受付へと進んだ。


 高橋は、高級感溢れる大理石のカウンターで、死んだ魚の目をして「席順くじ」の箱を差し出す。


「……よぉ、佐藤。……引けよ。……あみだの神様が選んだ、俺の『晴れ姿』……しっかり目に焼き付けとけよ……」


「………要件定義に『美観の維持』が無い時点で、このプロジェクトは破綻してた。……近くで見ると、ダメだこれ、強すぎる……っ、ふふ……ホテルの絨毯が泣いている…………あはは。……ちょっ、ツボに入った。くくくっ、あっはは」


 笑いすぎて出た涙を指で拭い、くじを引き抜いた。


(……さて。ここからが本番だ。僕の全リソースは定時解散という名の最短ルートで自宅へエスケープすることに割り当てられている)


 その時、背後から凛が身を乗り出した。


「島田さん! 似合ってます! せっかくだからポージングしてください!」


「ええ……。……いや、うーん。一回だけだよ」


 マッスル・トナカイ島田は、ホテルの格式高い照明を反射させながら、顔を真っ赤にしてポージングに応じた。


 大理石のカウンター前で、サイドチェストが炸裂する。


「うわぁ、すごーい! 筋肉が『オーバーロード』してますよ先輩!」


(……凛。語彙の使い方が間違っているが、今の島田さんの筋密度は確かに物理的な限界値を超えつつあるな)


 高橋サンタが死んだ魚の目でその光景を見つめる中、凛がクジを引いた。


「あ、99番」

(((……端と端のテーブルじゃないか!!!)))


 自分の5番のクジを見る。


 会場の広大な絨毯の上で、1番から100番まで、円卓は無情にも分散されている。


 僕の5番と、凛の99番。


((もはや物理的な通信が不可能なほどの絶望的な距離だ!))


「わあ、私、一番あっちの端のテーブルです! 先輩、遠いですねぇ……」


 凛が能天気に手を振る。


 その背後で、高橋サンタがひきつった笑みを浮かべていた。


「……はは。ざまぁみろ佐藤」


(……黙れ、セクシー公害。……これでは、凛を酔っ払い連中からガードできないどころか、僕の『定時離脱計画』そのものが崩壊する……!)


 会場の円卓に着いたものの、僕の視界の端で、凛のテーブルには、ウェルカムドリンクですでに営業所の「アルコール過剰摂取気味」なメンバーが着席しようとしているのが見える。


「……あっ」


 遠くの席で、凛が慣れない手つきでシャンパングラスを受け取っている。


 僕は立ち上がったものの、即座にその足を止めた。


(……いや、待て。ここで強引に席をスワップ(交換)はルールを破るという、最もの愚行だ)


 拳を握りしめ、渋々として再び自分の席へ腰を下ろした。


「……げっ」


(……げっ?)


「隣、失礼しま~す!」


(……立花さんだ。あからさまに『げっ、よりによって佐藤の隣かよ』という顔をしている)


 立花さんは、僕と椅子一個分以上のディスタンス(物理的距離)を保ちながら、不機嫌そうにドカッと座った。盛り盛りのネイルが、ホテルの白いテーブルクロスの上で攻撃的な光を放っている



 あくまで完璧な「ビジネスライク」の仮面を被り、隣の席の立花さんに向き直った。


「立花さん。……今年は親睦会や事務作業など、種々のタスクを率先して取り纏めていただき、感謝しています。特に、先日の受電営業における能動的なアクションは、非常に高いパフォーマンスでした。……あ、その件で発生したインセンティブについては、年度末の評価プロトコルに反映されるよう調整中ですので」


 感情を一切排した、滑らかな事務報告。


 その直後、僕は自分の言葉を飲み込んだ。


 立花さんが、獲物を狙うハッカーのような冷徹な瞳で、僕の顔を「じー」と見つめていたからだ。


「……な、なんでしょう? 何かついてますか?」


「いえ。……ずっっと気になってて」


「……何がですか?」


「あの、凛……あ」


 立花さんが何か言おうとした瞬間、ホテルの照明がパッと暗転した。


 宴会場の喧騒が、ピタリと止む。


 ステージ上の金屏風が左右に割れ、気の早いクリスマスソングと共に地獄の使者が現れた。


 ――スポットライトを浴びたのは、鞭を持った「セクシーサンタ高橋」と、筋肉のカットを強調しながらオラつく「マッスル・トナカイ島田」。



 島田の首には首輪。

 そこから伸びたリードを手綱のように高橋が持っている。


「「メ、メリー・クリスマス……(小声)」」


 会場の空気は、一瞬にしてフリーズした。


(((や、やるなら、ふり切れろよ!中途半端にするからだ……)))


 誰もが「見てはいけないもの」を見たような表情で、シャンパングラスを握りしめたまま硬直している。


「う……嘘でしょ? あの、あみだくじ……あれを私たちにさせようしてたの……!?」


 隣の席の立花さんが、言葉を失って絶句した。


「やばい……、親会社の連中どうかしてる」


「あの……一緒にしないでください」


 高橋の『地獄の司会プログラム』は続く。


 ステージ中央、高橋サンタが震える足でマイクを握り、鞭を振り回す。


 その背後で、トナカイ島田が、顔を真っ赤にしてポージングを繰り返している。


「……みなさぁん、お疲れ様です……! 今夜の司会を担当する、サンタの高橋と、トナカイの島田です……」


 高橋の声が、会場の静寂に響く。

 

(((……ダメだ。……この空気は、すべり倒してる。僕まで居たたまれない)))


 手に持ったオレンジジュースのグラスをギュッと握りしめた。


 高橋サンタを直視できず、その地獄絵図を見て呆然としている99番テーブルの凛に固定した。


 すると凛が立ち上がった。

(ど、どうしたんだ……?)


 小刻みに震えている。


 そして会場の静寂を切り裂いたのは、誰の制止も間に合わない、凛の濁りのない爆笑だった。


「ぎゃはーーーー!!!めちゃめちゃウケる!!」


 その声は、ホテルの高い天井に反響し、フリーズしていた全社員の意識を強制再起動リブートさせた。


(((……えっ、ウケてるのか、これを!?)))


 会場の空気が一変する。

 凛が腹を抱えて笑っているのを見て、困惑していた営業所のおじさんたちが「なんだ、笑っていいのか!」とばかりに、一気にドッとした笑いに包まれた。


「……凛、やっぱり強すぎる」


 隣で立花さんが、戦慄したように呟いた。


「凛のポジティブ・シンキング……。あれは最強だわ」


(……凛。……君のそういう所、鳴凪のみんなが好きなんだろうな)


 呆然としながら、オレンジジュースのグラスを口に運んだ。


 ステージ上では、凛の笑い声に救われた高橋サンタが、目に見えて自信を取り戻している。


「……お、おおう! 喜んでもらえて何よりでっす! じゃ、じゃあ……乾杯の挨拶を我らが、広瀬支社長にお願いしまーす!ふぅぅぅう!!!」


 高橋が絶叫し、会場のボルテージが(妙な方向に)加速していく。


 遠くのテーブルで、凛が周囲のおじさんたちとハイタッチを交わしているのが見える。


(…………凛のテンションが『フルスロットル』に入ってしまった)



 ……あんなに楽しそうに笑って。


 次第に周囲の酔っ払いたちが彼女に群がりだしたのをみて、 僕はグラスを置いた。


 オレンジジュースの糖分が、焦燥感で熱くなった脳に染み渡る。


(今日は良くも悪くも無礼講なんだ……)


 広瀬支店長がマイクを握り、会場に「乾杯!」の声が響き渡った。

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