第91話:【非効率】100人分の運命(くじ)
「さ、佐藤先輩、お手伝い願えますか? あの、私ハサミで切るので、先輩はこれを三角に折って、ホチキスで留めてください!」
凛は、エクセルで作成した「1から100」の数字が並んだA4用紙を数枚、僕のデスクに広げた。
その瞳は、まるで国家規模のプロジェクトを任されたエージェントのように輝いている。
「……何です、これ?」
「忘年会の席を決めるくじです! この社屋にいる全員分、100枚です!」
(……非効率だ。あまりにも、リソースの無駄遣いが過ぎる。スマホの抽選アプリを使えば0.5秒で済むのに)
まぁこのアナログ感が出す遊び心的なのが、忘年会という場にはいいのだろう……。
「いいよ、手伝います。ちゃっと終わらせよう」
僕は事務用のホチキスを手に取った。
「わあ、先輩の折り方、角がピシッとしてて綺麗……! なんか性格出ますねぇ……」
(……褒めているのか、それとも僕が『細かい男』だと言いたいのか。……後者だろうな)
「…………佐倉さん。その数字の切り方、少し余白が広すぎないかな? 0.5ミリ詰めてくれると、僕の『折り』がさらに加速するんだけど。そもそも、全部が右に傾斜してるよ」
「ええっ、0.5ミリ!? 先輩、細かすぎですぅ! こんなの、大ざっぱでいいんです!」
あはは、と笑いながら、迷いなくハサミを動かす凛。
その隣で、僕は精密機械のような手つきで紙を三角に折り、ガチャン、ガチャンと一定のリズムでホチキスを叩く。
(……100個………144個の過剰在庫に比べたら)
恐らく今、自宅の宅配ボックスに鎮座しているであろう巨大な箱。
(あちらの「144個」も、これくらいのリズムで、着実に、かつ情熱的に消化していかなければ……ずっと在庫として残ってしまう……)
「……先輩? なんだか今、すごく怖い顔でホチキスしてましたよ? 針、無くなっちゃいました?」
「……いや。……当日の『在庫処理』のシミュレーションをしていただけだ。気にしないで」
「在庫……? 景品のことですか? 気が早いです!」
凛は、僕が注文した「邪悪な在庫」のことなど露知らず、100番目のくじを僕に差し出した。
「はい、最後の一枚! ……当日誰が隣になるか、楽しみですね!」
(……忘年会の席順など、もはや僕にとっては些末なランダム要素だ。僕の全リソースは、その後の二人だけの『二次会』にフルコミットされているのだから)
「……あぁ、楽しみだね。……非常に、楽しみだ」
僕が最後の一枚を丁寧に折り込んだ、その時だった。
「よっ、お疲れ! 二人とも、仲良く内職か?」
背後から、ガサガサという不吉なポリ袋の音とともに、同期の高橋がニヤニヤしながら現れた。
その手には、ドン・キホーテの派手な袋が握られている。
「あ、高橋さん! くじの準備、ちょうど終わりましたよ」
「お、ナイス。じゃあ、これ。本番の前の『運試し』。あみだくじ、引いちゃおうぜ?」
高橋がデスクに広げたのは、不気味なほど緻密に線が書き込まれた一枚の紙。
(……嫌な予感がする。……僕の直感センサーが、最大級の警戒を鳴らしている……!)
縦線はすでに若手の名前で埋まりつつあり、残っている隙間はわずかふた枠だ。
「どこにする?」
「何のですか? これ」
「いいから名前書いて。……あ、もうあんまり余ってないけど」
立花さんや島田さん、そして高橋自身の名前が並んでいる。
高橋はニヤニヤしながら、僕の方を振り返った。
「次、佐藤。お前も書けよ」
「え? 僕も? ……もう空いてないじゃないか」
僕はしぶしぶ、最後の一枠に自分の名前を書き込んだ。
(……なんだこの目的不明な抽選は。……しかし、高橋が持ってるドンキの黄色い袋が不穏過ぎる……)
僕は横目で高橋の袋をスキャンした。
チラリと見えたのは、『激辛』『罰ゲーム』『全身タイツ』という不穏な文字列の断片。
「……高橋。何のあみだくじだ、これは。要件定義を明確にしろ」
「ふふふ……」
高橋は答えず、ただ不敵な笑いを浮かべて、あみだくじの「下」を折り曲げて隠した。
「これはね……忘年会の『司会』の担当決めだよ。」
高橋はニヤニヤしながら、ドンキの袋から「衣装」を取り出した。
「ほら、これ。衣装も用意してあるんだ。……これはサンタ。で、こっちはマッスル・トナカイ……お前らにピッタリだろ?」
「…………っ!!」
視界に飛び込んできたのは、あまりにも布面積の少ない、殺傷能力の高いミニスカサンタ。そして、なぜか腹筋がシックスパックに割れた、狂気を感じるデザインのトナカイ全身タイツ。
(……待て。もし凛が司会に当たれば、この『防御力ゼロ』のサンタを着せられるのか? ……それは、僕の婚約者のセキュリティを全開放するに等しい暴挙だ……!)
「ええっ! 司会……無理です、無理です! 私、マイク持ったら、頭の中が真っ白になって『オーバーフロー』しちゃいますぅ!」
「……聞いたか、高橋。ユーザー(凛)の合意が得られていない。この要件は白紙撤回だ」
「おいおい、佐藤。あみだくじは『公平』かつ『絶対』だ。 それに、一人でやれとは言ってない。……お前が横で、完璧なナビゲート(介護)をすればいいだけの話だろ?そもそもまだ結果は出てない」
「よし!! 運命線を引いていくぞ! あっ、お前らも一本ずつ引かしてやる」
「……分かった、引こう(僕の『介入』で、最悪のシナリオ『凛のサンタ姿』を回避してみせる……!)」
僕は、極めて冷静に、しかし執念を込めてペンを走らせた。
――だが、神のアルゴリズムは、僕の精密なシミュレーションを遥かに凌駕するカオスを叩き出した。
「お……? あれ……? ちょっと待てよ……。……結果発表……」
高橋の声が、みるみるうちに裏返っていく。
「司会……『セクシーサンタ高橋』と……『マッスル・トナカイ島田』……。……俺たちだ」
「「…………ええっ!?」」
(…………ざまぁみろ。僕は凛が賭の対象になるとチート級に強いんだ)
「やったぁ!! 先輩、セーフですぅ!!」
凛が無邪気にバンザイをする横で、僕はそっとサンタの衣装を高橋の前に置いた。
「試着してみろ。サイズ合わなかったらホチキスでとめてやる」
「クソォォォ!! なんで俺がサンタなんだよ!!」
絶叫する高橋。
その阿鼻叫喚BGMに合わせるように、僕はホチキスをカチカチと鳴らした。




