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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第86話:【独白】可愛くないプロポーズと凛の煩悩

「うう……っ」


 自分の部屋に駆け込み、ドアを閉めてからも心臓の音がうるさくて止まらなかった。



ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて足をバタバタさせる。

 

「なによ……なんなのよ、もう……っ!」


 さっきまでの、あのリビングの異様な空気。


お父さんの殺気と、お母さんの研ぎ澄まされた包丁。


そして、人生最大のピンチを「競馬のロジック」でねじ伏せた、あのハイスペックすぎる恋人。



「……何あのプロポーズは。図鑑マンガの世界も、キラキラなドラマの世界でも、競馬の賭けでプロポーズなんて絶対にしないよ……っ」



 図鑑マンガで読んだのは、もっとこう、静かで、お互いの気持ちを深く確かめ合うような――。



あんな、泥まみれの8番の馬がゴールを駆け抜けた勢いで「結婚しよう!」だなんて。


(……デリカシーが無さすぎだよぅ……!)


 ――でも。


 ほんの、ちょっとだけ。

 ほんの、ちょっとだけだけど。

(……嬉しかった、かも……)



脳裏に焼き付いて離れないのは、的中した瞬間の彼の顔だ。



いつも涼しい顔で「ロジックが」なんて言っているエリートの彼が、見たこともないような泥臭いガッツポーズをして、必死に私を「勝ち取ろう」としてくれた。



 あんなに必死で、余裕のない巧くん、初めて見た。



「……巧ちゃま……」



ちょっと意地悪で、自慢げで。

でもここぞという時には、信じられないような強引さと奇跡で、私を連れ去ってしまう。



 一階からは、お父さんの「六千万!?」という絶叫が地響きのように聞こえてくる。



 ふと、指先で自分の唇をなぞる。


「キス……しちゃった……」


 さっき、彼のマンションで重なり合った時の、あの熱がまだそこに残っているみたいで。


(うぅ……思い出しちゃう……)


 初めての「キス」は熱くて、心臓が痛いくらいに速くなるものだった。

彼の腕の強さも、耳元で聞こえた吐息も。


『……どう? これでも、夢に見える?』


「……むぅぅぅ」


 思い出すだけで、体中が熱くなる。 


(……だめ、考えちゃだめ。でも……)


 一度開いてしまった想像の扉は、簡単には閉まってくれない。


目を閉じると、マンションのあの薄暗いリビングの空気が蘇る。



 重なった唇から漏れた、自分の甘すぎる吐息。


 驚いて固まった私を、逃がさないようにさらに強く抱き寄せた、彼の大きな手のひら。


(……もし、あの時「誤爆」に気づかなかったら)


 やっぱり我慢できないと二度目、三度目と……もっと深く、もっと長く。


 眼鏡の奥の瞳が、獲物を捕らえる肉食動物みたいに熱く潤んでいく。

 

 「ロジックが」なんて小難しい言葉を飲み込むように、何度も何度も「凜」って名前を呼んで……


 震える肩に、彼の細くて長い指が深く食い込み、ソファにゆっくりと押し倒されて、重なり合う体温。

 

 ワンピースのボタンに指をかけられて、少しずつ、少しずつ「図鑑(ちょっとエッチな少女漫画)」の向こう側の世界に引きずり込まれる……。


 耳たぶを甘噛みされて、「凛、もう我慢できない」なんて、あの低音の余裕のない声で囁かれたりして……っ!!



「うぎゃああああああああ!!!」



 枕に顔を埋めて、今日一番の絶叫を上げた。



「なに考えてるの私! 変態! 凛のバカ! 煩悩の塊!! 煩悩の五月雨式放出!!」


 図鑑マンガの第10巻くらいまで一気に読み飛ばして、さらにR指定の別冊まで突き進んだような、心臓が爆発しそうなイメージ。


 でも、あの時の巧くんの、余裕のなかったあの表情は、やっぱり――。


 その時。


 一階から、弟の蓮の「最新ゲーム機買ってくれ! ソフト10本つけてくれ! そうしたら『お義兄さん』って呼んでやるよ!」という、私の煩悩を物理的に粉砕する叫び声が聞こえてきた。



「……お父さん、蓮、ありがとう。……お陰で、理性が現世に戻ってきたよ……」



 一度は冷めたはずだった。



 けれど、一度こじ開けられた「禁断の扉」は、もう二度と閉まってはくれない。


 目を閉じれば「続き」が、恐ろしいほどの高画質で再生される。


 重なる二人の体温。

 次第に顔が近づき、彼の眼鏡のブリッジが私の額にカチリと触れる。


 その冷たい感触と対照的に、首筋に吹きかかる彼の呼吸は、焼けるように熱くて。


(……もし、あのままソファに沈み込んで、図鑑の『その先』に踏み込んでいたら)


 巧くんの、あの白くて綺麗な指。


 キーボードを叩くための精密なその指が、私のワンピースの裾から、膝、太ももへと這い上がってくる。


 男の人の大きな手のひらの熱。

 

 普段はシャツに隠れている、巧くんの腕の筋肉。


 私を抱きしめる力で硬く盛り上がって、浮き出た血管が私の柔らかな肌を擦る感触に、頭の中が真っ白になる。

 

 「……凛、逃がさないよ」

 

 シャツのボタンをいくつかはだけさせた巧くん。


 耳元で、あの余裕を失ったバリトンボイスが、掠れた声で私の名前を何度も、何度も。

 

 唇が降りてくる場所は、もう口元だけじゃなくて……。


 眼鏡が邪魔で、私がそれを奪い取って床に放り投げると「ロジック」や「計算」をすべて焼き尽くした、ただの『一人のオス』としての巧くんが、私の中に――。



(……って、ぎゃあああああああ!! どこまで行こうとしてるの私の脳内!! 物理的な限界突破どころか、バージンロードを爆走してるよぉ!!)



 悶絶のあまり、ベッドの上で海老のようにのけ反った、その時だった。


「凛!!! 早く降りてきなさい!!」


 階下から響いたお母さんの鋭い声。


「ひぎゃああああっ!!!」


 隠していたエロ本を親に見つかった中学生のような勢いで、ベッドから垂直に飛び跳ねた。


 あまりの衝撃に、膝がガクガクと震える。


(な、なになに!? お母さん、まさかエスパーなの!?)


 脳内で繰り広げられていた、エッチな妄想が、筒抜けだったとしか思えないタイミング。


(うわ、わわわわわ……っ! バレた! 私の頭の中がピンク一色だったことが、完全にバレたわ!!)


 冷や汗が止まらない。


 顔を真っ赤にして、まるで「犯行現場」を押さえられたかのようにドアの陰に隠れる私。


 だが、次に聞こえてきたお母さんの言葉は、予想外に軽やかなものだった。


「ほら、ケーキ食べるわよ! 誕生日ケーキ!」


「……え。……ケーキ?」


 拍子抜けして、力が抜ける。


 そうだ。

 お母さんはエスパーじゃない。


 ただの「1日遅れの誕生日」を祝ってくれるお母さんだ。



「…………ふぅ。……死ぬかと思った……」



 涙目になりながら、乱れた髪を必死に手ぐしで整えた。


 階下では、お父さんの「六千万で次の馬券を買おう」という、強欲な声が聞こえてくる。


 鏡の中の、真っ赤に上気した自分の顔を一度だけ睨みつけると、決死の覚悟で「現実リビング」へと続く階段に足をかけた。



 リビングに下りると、そこには予想外の光景が広がっていた。



「……巧くん?」



 さっきまで、高知競馬の泥にまみれて「しゃあッ!」と雄叫びを上げていたはずの「ハイスペック佐藤」の姿が、そこにはなかった。


 代わりにいたのは、魂がどこか遠くへログアウトしてしまったような、真っ白に燃え尽きた男。


(……あれ? もしかして、さっきの私の「やだ」……そんなに効いてるの?)


 予測不明のファイナルレースを的中させた巧くんの脳内は、私の拒絶という「予測不能なエラー」でシステムダウンしている。


 そんな彼の傍らで、お母さんが鼻歌交じりにケーキを切り分けていた。


「!!!!」


 それを見た瞬間、私の脳内が怒りで沸騰した。


「なんで切るのよ!! ホールのままで、こう……フーッてしたかったのに!!」


「もう、あんたが二階でバタバタしてるからでしょ。それどころじゃないと思ったわよ」


「やだ! もう一回くっつけて! 歌ってよお!!」


「……面倒ねぇ」


 お母さんは呆れ顔で、一度バラバラに解体されたケーキをパズルのように合体させ始めた。断面から生クリームがはみ出し、もはや「フランケンシュタイン」のような姿になったケーキに、『25』のキャンドルが突き立てられる。


「電気消して! 蓮!」


「……チッ、面倒くせぇな」


 蓮が不承不承、リビングのスイッチを切った。


 暗闇の中、つぎはぎのケーキの上で揺れる2本の炎。


 お父さん、お母さん、蓮。


 そして、隣でまだ幽霊のように佇んでいる巧ちゃま。外からは、なぜか空気を読んだ太郎の遠吠えがBGMとして響いてくる。


「「ハッピ〜バ〜スデ〜、ディア、凛〜♪」」


 家族の歌声に混じって、隣から聞こえてくる低音のバリトンボイス。


「ハ……ッピ……バ……ス……デ…………」


 巧ちゃまを見れば、そこには「この世の終わり」のような、なんとも形容しがたい凄まじい顔があった。



 眼鏡の奥の瞳は焦点が合っておらず、口だけが精密機械のように歌を紡いでいる。



(……プロポーズ、そんなにショックだったんだ。……かわいいですね、もう。OKに決まってるじゃないですか!)


 つぎはぎのケーキに、私の煩悩も、彼のショックも、家族の欲も全部詰め込んで。


 私は思い切り息を吸い込み、25歳の火を吹き消した。

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