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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第83話:【誤爆】二人の夜、家族にバレてました

 あれから、何度唇を重ねただろうか。



 触れるたびに、逃げ場のない熱が全身を駆け巡り「ロジック」や「効率」で武装していたはずの僕の理性が、彼女の吐息ひとつで簡単に吹き飛ぶ。



 ソファの上、僕の膝の間に納め凛を抱きしめると、彼女の細い肩がビクッと跳ねた。



「……んっ、……巧、くん……」



 重なった唇が離れるたびに、凛の口元から、甘く、切ない吐息がこぼれる。


 潤んだ瞳、上気した頬。


(……マズい。可愛い過ぎる……止められない)


 五月雨式を忍法だの、小生には子女子だのと、とぼけたことばかり言っていたはずのその唇。


 今は冗談のかけらもなく、ただ熱い吐息を僕の口元に漏らす。



 その劇的なギャップに、歯止めがきかなくなる。



 さっきまでの涙の跡はもう乾いているのに、それ以上に「危うい」憂いを帯びていた。



 僕が再び首筋に顔を寄せ口づけを落とすと、凛は僕のシャツをぎゅっと握りしめ、喉の奥で小さく鳴いた。


「ぁ、、ん……はぁ、……巧くん、……くすぐったい、です……っ」


 拒絶はない。それは僕には抗えないほどほ甘い誘惑に聞こえた。


「……凛。そんな声出されたら、僕……もう、ごめん」

 

 自分でも驚くほど、甘く、低く掠れた声が出た。


 けれど、僕の胸に押し当てられた小さな手が、小刻みに震えていることに気づいた。


 図鑑の外側にある「現実リアルの熱」を前にして、期待と同じくらいの「不安」に、凛の体を固くさせている。


(……くすぐったい。その先にあるものを、まだ知らないんだ)


 このまま理性を手放してしまえば、さらに深い未知の場所へ連れて行くことになる。


 けれど、凛の体温がさらに熱を帯びた瞬間、僕の脳の片隅で、辛うじて生き残っていた理性が緊急停止エマージェンシーを告げた。


(……これ以上は、ダメだ。まだ、早い。……大切にしたいんだ、心から)


 僕は凛の首筋に顔を埋めたまま、深く、熱い呼吸を繰り返して衝動を抑え込んだ。

 

「……はぁ、……ごめん。……今日は、ここまでにしよう」


「……え、……あ、はい……っ」


 僕がゆっくりと体を離すと、凛は潤んだ瞳で僕を見上げた。


 不安と安堵が入り混じったような顔。


 けれど、僕が優しく微笑んで引き寄せると、少し安心したように、ふにゃりと僕の腕に体重を預けて微笑んだ。


 どれだけの時間が過ぎたのか。


 腕の中でとろけていたはずの凛が、ふと手元のスマートフォンを開いて首を傾げた。


「……あれ? アップロードしたのにな」


 現実に引き戻されたような凛の声に、僕はわずかな名残惜しさを感じながら問いかけた。


「……何?」


「あの、巧くんとのアルバムアプリに共有した写真が見れないんです。巧くんの方はどうですか?」



 僕は自分の端末を取り出し、二人だけの共有アルバムを更新する。



「……いや。昨日のリス園と、あのフレンチの写真からないよ。最終更新も昨日の夜のままだよ」



「ええ? なんででしょうか。私、新幹線で全部一括でアップしたはずなのに……」



 凛が不思議そうに画面を操作する。その指が、ある一点でピタリと止まった。

 

「…………」

「凛?」

「あ、あわわわわ……っ」

「……? どうした」



 彼女の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。そして次の瞬間、静かなマンションの一室に、悲痛な叫びが響き渡った。



「うぎゃあああああああ!!!」

「っ!? びっくりした……何があったんだ」

「あ、あぁ、共有先……間違えてる……っ!!」

「え?」

「家族の共有アルバムに……アップロードしてるぅぅ!!!」



 血の気が引く感覚が、僕にも伝染した。



「まって、ちょっと落ち着いて。……どれをアップしたの?」



「パジャマパーティのですぅ!!! 巧くんとアイス食べて、シャンパン飲んでイチゴ食べて……ツーショットも全部!!」

「消して!! 今すぐ全部消すんだ!!」

「ダメです! これ、一枚ずつしか消せない仕様で……消してる間に、たぶん……っ」


 僕は頭を抱えた。

 僕の、そして鳴凪の平和が終わる音が聞こえた気がした。


「……だ、誰が見れる設定になってるんだ?」

「家族みんなです。お父さん、お母さん、蓮と、太郎ですぅ……」

「太郎は犬だ! 奴は見ないし、見たところで何も分からない! しっかりしろ、凛!」



 その時、ふと、駅での凛の態度を思い出した。



 タクシーで帰れという、お母様からのそっけない連絡。



「…………あぁ。お母様の『タクシーで帰ってこい』は、そういうことか」

「えっ?」

「……もう、見られてるんだよ。僕たちが、ホテルでお揃いのリスTで泊まってる所を」

「…………ひ、ひぃぃ……っ!!」



 鳴凪の夜。


 甘い空気は完全に霧散し、僕たちの前には「義実家への釈明」という、今回の旅行で最大の難所が立ちはだかっていた。



パニックで過呼吸気味の凛。

対して僕の脳内では最速でリスク計算が回り始めたが、ふと……根本的な懸念が脳裏をよぎった。



「……というか。この旅行、誰と行くって家族に伝えてたの?」


「……と、友達と行くって言いました」


(終わった……)


 目眩がした。


 お母様が旅行用の下着まで用意してくれていたというのに、「友達」で押し通そうとしたのか。あのパジャマ姿の写真は、その稚拙な嘘を粉砕し、僕たちの関係を「事後報告」という最悪の形で突きつけたことになる。



「直ぐに送っていく。今からカーシェア予約するから」

「えっ、でも……」

「……よし、一台近くで空いてる。凛さん、行くぞ!」



 僕はスマホを叩き、最短ルートを確保する。


 だが、凛は僕のシャツの裾をぎゅっと掴んで離そうとしなかった。



「か……っ、帰りたくないですぅ……。このまま、巧くんといたいです……」



 上目遣いで、消え入りそうな声。


 ついさっき恋人になったばかりの彼女にそんなことを言われて、僕の理性がグラりと揺らぐ。


本当は、僕だって今はこのまま彼女を帰したくない。


この部屋で、二人きりの夜を過ごしたいという独占欲が、脳の半分を占拠している。


 けれど、もう半分……冷静な「佐藤巧」が猛烈に警鐘を鳴らしていた。


「だめだ! 余計に事態が拗れる!!」


(僕だって、今は佐倉家(魔王城)には近寄りたくないのが本心なんだ!! 嘘をついて男と外泊していた娘が、朝まで帰ってこない。……そんな状況、お父様が知ったら明日の朝にはこのマンションが物理的に包囲されるぞ!!)



 今は「誠実さ」のスコアをこれ以上下げないことが最優先だ。



「いいか、凛。僕たちの『長期的な運用』のためだ。ほら、行くぞ!」



 深夜の鳴凪。

 甘い初夜の予定は、「釈明会見」という極めてリスクの高いミッションへと書き換えられた。



 * * *



 カーシェアの車を飛ばし、佐倉家の前に到着した。



 玄関の灯りが煌々とついている。



(……あぁ、やはり「待機」されている。)



 車を降りた瞬間、家の中から野太い咆哮が聞こえてきた。



「ワンワン! ワンワンッ!!」


「巧くん! 太郎が私に吠えてます!! 絶対に写真見せてますよ、これ!!」


「落ち着いて! 犬に共有アルバムを見せる家族がどこにいる!」


「だって今の鳴き声、『この嘘つき! 娘をたぶらかした男め!』って聞こえましたもん!!」


「犬語の翻訳精度が高すぎるだろう……っ」



 凛は真っ青な顔をして、玄関のノブに手をかけるのを拒んでいる。


「い、家に帰りたくないですぅ……っ!」

(……やっぱり、そっちの『帰りたくない』だったか)



 さっきの甘い雰囲気はどこへやら。

 今、彼女の瞳に宿っているのは純粋な「恐怖」だ。


(……僕だって嫌だ。ご家族に会いたくない。このままUターンして東京に戻りたいくらいだ!)



 けれど、ここで逃げれば、僕は一生「凛をたぶらかした不誠実な男」として、鳴凪の地でブラックリストに載り続けることになる。



「……行くぞ、凛さん。……僕が、後ろにいるから」


(凛さんは盾になってくれ)


 僕は震える彼女の肩を押し、二度目となる佐倉家の敷居を跨いだ。

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