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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第81話:【限界】凛の暴走列車

 ……ふ、と意識が浮上した。



 新幹線の規則正しい振動が、心地よいまどろみを誘っていたらしい。



「……うわ、寝てた……」



 視界を整理しようと瞬きを繰り返す。

 窓の外は、もう完全に暗くなっていた。


 僕は首筋に走るわずかな凝りを感じながら、現在地を確認しようと身じろぎする。


「……ん」


 その時、右手に不思議な「熱」を感じて動きが止まった。


 視線を落とすと、僕の指の間に、小さな、けれど力強く彼女の指が深く絡められている。


(凛さん……?)


 寝ている僕の手を、彼女はずっとこうして握っていたんだろうか。


 その温もりに胸の奥が熱くなり、僕はもう一度、彼女の頭を自分の方へそっと寄せようとした。


「……ん、巧くん」


 不意に、隣で小さな声がした。


「あ……ごめん、起こしたね」


 凛が、驚いたように大きな瞳を瞬かせている。


「………今、どこですか?」

「新神戸だ。……あと少しで岡山に着くよ」

「はぁい……」


 寝ぼけているのか、凛はもぞもぞと僕の肩に頭を預け直した。


 そして、握られた僕の手のひらに、ぎゅっと、さらに力が込められる。


「…………」


 この温もりを、ただの「出向期間の思い出」で終わらせるつもりなんて、僕には毛頭ない。

 

 今までの僕は、誰かに選ばれるのを待つだけの「受動的な恋愛」しかしてこなかった。


 けれど、今は違う。

 自分から誘い、自分からこの手を取ったんだ。


 僕は絡められた指先を、逃がさないように静かに握り返した。


 鳴凪に着くまでに、この「期間限定」という呪いを、僕自身の言葉で解くために。


「……凛さん。……起きてる?」

「……起きてますよぅ」


 肩口から返ってくる、甘えたような声。


「……お茶、飲む?」


 寝起きの喉を潤そうと、僕は空いた左手でサイドテーブルのペットボトルを指差した。


「……ください」


 凛の声はまだ、夢の中に半分残っているみたいに柔らかい。


 彼女はボトルを手に取った。

けれど、そこであることに気づく。


 ――僕の右手と、彼女の左手は、今もしっかりと指が絡められたままだ。


 普通なら、ここで一度手を離すはずだ。


 だが、凛は……ボトルを持ったまま、離していない方の手を、さらにぎゅっと握り込んできた。


「……開けてください」


 凛がボトルを僕の前に差し出す。


 僕は一瞬、自分の右手をまじまじと見つめた。

 

(……手を離さないのか)


 片手が塞がった状態で、僕は器用にもう一方の手を使い、ボトルの蓋を回した。


 カチッ、と軽い音を立ててキャップが開く。


「ありがとうございます」


 受け取った彼女は、そのままコクコクとお茶を飲み、また満足そうに僕の肩に頭を乗せた。


 そして――。


(((…………なんだ、これは)))


 飲み終えたボトルを置く時も、彼女の手は僕の指を離そうとしなかった。


 むしろ、より深い位置で指を絡め直し、僕の体温を確かめるように強く握りしめている。


 確信犯なのか、それとも無意識の甘えなのか。

 

(……これでは、僕の方が逃げ場を失っているじゃないか)


 不意に湧き上がる独占欲と、それを上回るほどの愛おしさ。


 僕は、もう隠す必要のないその温もりを、力強く握り返した。


「……凛さん」

「……はい?」

「……もうすぐ乗り換えだ。降りる準備しよう」


 潮風の匂いが混じり始める僕たちの日常まで、あと少し。




 (……まだ、離さないのか?)

 凛は新幹線を降りるときも、乗り換えた後の今もずっと手をはなさない。


((もはやそういうゲームなのか?))


 岡山で乗り換えたマリンライナーは瀬戸大橋の巨大な鉄骨を抜け、列車はあっという間に鳴凪駅に滑り込んだ。


「はぁ……。着いちゃいましたね」


 ホームに降り立つと、生ぬるい潮風が僕たちを包んだ。


 僕は隣を歩く彼女の顔を覗き込む。


「凛さん、迎えは? お母様はもう駅に来てるのか?」

「…………」

 凛は一度だけ、強く唇を噛んだ。


「……凛さん? なんで無言なの」


 不意に、彼女の雰囲気が変わった。


 さっきまでの「名残惜しそうな彼女」の面影は消え、何やら決然とした、少しだけ不機嫌そうなオーラを纏っている。


「……タクシーで帰れって、さっき連絡きてました」


「あぁ、そっか。……じゃあ、あの」


(……このまま、ここで告白しようか。でも、駅前は人通りがあるしな……)


 僕が言葉を選んでいると、凛が僕の手を、今までで一番強い力でグイと引っ張った。


 そのまま、目指すはタクシー乗り場だ。


「な、なに? なんでそんなに急いで……っ」

「いいから、来てくださいっ!」


 一台のタクシーの前に着くなり、凛は後部座席のドアを開けて、僕に構わずそそくさと乗り込んだ。


「お、お疲れ様。……じゃあ、気をつけて……」


(本当は、ここで言わないといけないのに……そんな空気じゃなくなってる)



 その時ーー


 車内から伸びてきた凛の手が、僕の腕を思いっきり車内へと引きずり込んだのだ。


「うわっ……!?」


 バランスを崩し、タクシーの座席に倒れ込む僕。


 だが、衝撃はなかった。


 凛が、その小動物のような体で僕をしっかりと受け止め、抱きとめたからだ。


「……っ、凛さん!?」


 密着した彼女の体温と、かすかな甘い香り。


 混乱する僕をよそに、凛は僕の首筋に顔を埋めたまま、耳元に有無を言わさない声で言った。


「巧くん、巧くんの住所……早く運転手さんに伝えてください」


「…………え?」


「早くっ!」


 ((……なんだ、これは。))


 告白するタイミングも、かっこいいセリフも、全部彼女の「暴走フルスロットル」にかき消された。


(……よっぽど、僕を帰したくないのか。それとも、僕が言い出すのを待てなくなったのか……)


 僕は苦笑しながら、運転手さんに自分のマンションの住所を伝えた。


 夜の鳴凪を走るタクシーの中。


 僕たちの「第二ラウンド」は、どうやら僕の予想を遥かに超えた場所からスタートするらしい。

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