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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第78話:【補正】丸ぶち眼鏡とガン見の視線

 洗面所の鏡の前で、僕は眼鏡のケースを開いた。



 中に収まっていたのは、普段家でかけている実用性重視の「黒縁」ではなく、外出用の「丸ブチ」のおしゃれ眼鏡だ。



 カチリ、と耳にフレームをかける。



 瞬間、ぼやけていた世界が鮮明な4K画質へと修復された。



「……良かった。外出用の持ってきていて」



 今日はもう、コンタクトへの復帰は絶望的だ。



 眼鏡のバフを受け視界がクリアになった瞬間、背後に立っていた凛と、鏡越しに目が合った。



「…………」



 凛が、文字通り「ガン見」している。



 瞬きも忘れ、僕の顔を隅々まで、まるで最新の顔認証システムのように執拗にスキャンを繰り返している。

 


「……な、なに? そんなに不自然か、眼鏡」

「いえ……。巧くんの眼鏡、……すごく、好きです……。なんだか、もっと優しくて賢そうで、……」



(……っ、この子は!)



 朝の光、パジャマ姿、そして無防備な「ほぼ告白」宣言。



 丸ブチのレンズの奥で、僕の視神経が再びオーバーフローを起こす。

 


(……もう、このまま押し倒したほうが早いんじゃないか……!?)



 僕の中の「野性的本能アニマルスピリット」が、理性の防波堤を力ずくでこじ開けようとした、その時。



 ひょいっ、と僕の鼻先から、丸ブチ眼鏡が軽快に抜き取られた。



「あ……!」



「あはは、なにこれっ! 巧くん、目の前がボヤボヤして、全然見えませんっ! うけるー!」



 僕の眼鏡をかけた凛が、視界が奪われた世界で楽しそうに首を振る。



 僕の視界が4K画質から再び低解像度へ突き落とされる。



「……ちょっと、返して。……それがないと、何も見えないんだ」



「えー、ダメです。今の巧くんの『困り顔』、すごくレアで……あ! 巧くん、どこですか! こっちですか!?」



 視界不良のデバフを背負ったまま、僕の胸元に突き当たろうとする凛。



 無防備な距離に、僕の理性が音を立てて崩れ去る。



(……おい、わざとか? まさか、確信犯なのか……!?)



 距離は数センチ。

 眼鏡を奪われた凛の瞳が、至近距離で僕を捉えようと揺れる。



 僕が彼女の腰を引き寄せ、再び強引に抱きしめてしまいそうになった、まさにその刹那。



 ――ピンポーン。



 静寂を切り裂く、無機質なチャイムの音。



「ひゃっ!? 消防士さん!?」


(……くそっ、このタイミングか!)

 

「……ルームサービスだ。……昨夜、指定しておいたんだ」



 爆発しそうな心臓を強引に鎮め、リビングへと向かう。



 このホテルはプライバシーを徹底した「非対面式」。



 玄関横のデリバリーボックスに、朝食が収められているはずだ。



「……助かった。非対面で。このタイミングで対面エンカウントだったら、お揃いのリスTを冷ややかな目で見られる所だった……」



「? 巧くん、何の話ですか?」



「……何でもない。……さあ、朝ごはんだ。凛さん、冷めないうちに食べよう」



 僕は丸ブチの眼鏡をクイと押し上げ、逃げるようにしてモーニング・バスケットを手に取った。



 僕はキッチンカウンターに立ち、備え付けの器具でコーヒーを淹れ始めた。



 丁寧に豆を挽き、細い湯を注ぐ。



 部屋中に広がる香ばしいアロマが、荒ぶっていた僕の感情を落ち着かせてくれる。



「わあぁ……! 巧くん、見てください! クロワッサンがツヤツヤです! サラダも宝石箱みたい!」



 リビングのソファでは、凛がモーニング・バスケットの中身を広げ、瞳を輝かせていた。



 ご機嫌な彼女は、リスTシャツの下のショートパンツから覗く、細くしなやかな脚をパタパタと浮かせている。



 ――つい数分前、僕の脚に絡みついていた、あの感触の主。



 パタパタと揺れるたびに、白い肌が朝の光を反射して、「丸ブチ眼鏡」のレンズに突き刺さる。



(……落ち着け。僕は今、世界最高水準のコーヒーを淹れているんだ。不純な思考ノイズを混ぜるな……)



 自分に言い聞かせるが、視線はどうしても、彼女の自由奔放な足の動きに引き寄せられてしまう。



「巧くん? コーヒー、まだですか? 私、お腹ぺこぺこです!」



「……あぁ、今いく。……そんなに足をバタバタさせないで。落ち着きがない」



 僕は精一杯の平然を装い、サーバーを手に彼女の元へ向かった。



 ローテーブルの上には、ホテルのシェフが腕を振るった豪華なラインナップが並んでいる。



 バターの香りが弾けるクロワッサン、湯気を立てる黄金色のオムレツ。瑞々しいサラダに、彩り豊かな季節のフルーツ。



 僕は彼女のマグカップに、丁寧にドリップしたコーヒーを注いだ。



「あ、ありがとうございます! 私はこれに、牛乳をたっぷり入れて……えいっ」



 凛は用意されていたミルクを、漆黒の液体がミルクティーのような優しい色に変わるまで注ぎ込んだ。



「ふふ、特製カフェオレです! 巧くんは?」



「……僕はブラックでいい。脳をシャキッとさせたいから」



 僕は自分のカップに注いだ漆黒の液体を一口啜る。



 苦味が喉を通り、暴走気味だった脳内を強制的にフラットへ戻していく。



 目の前では、凛が「あむっ」とクロワッサンを頬張り、幸せそうに頬を緩めていた。



 相変わらずショートパンツから覗く脚は、リズムを刻むように楽しげに揺れている。



(……この温度差。僕は起きてから、自分の中の強欲グリードと戦っていたというのに)



 当の本人は、クロワッサンのカスを口につけたまま、「巧くん、このオムレツ、雲みたいにふわふわですよ!」と無邪気に笑っている。



「……凛さん。口、ついてる」



「へ? どこですか?」



 僕は溜息を一つ吐くと、自分の指先で、彼女の口元をそっと拭った。



 彼女の体温が指先から伝わってくる。



(……やはり、ブラックコーヒー一杯くらいでは、この『熱』は冷めそうにないな)



 南青山の爽やかな朝食タイム。


 僕は今日も朝から激しく揺さぶられ続けていた。

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