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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第77話:【硬直】モーニング・コールと、身体的負債(バキバキ)

 まどろみの淵で、小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から差し込む朝日を感じた。



「ん……何時だ?」



 重い瞼をこじ開け、意識の覚醒リカバリーを試みる。



 だが、思考よりも先に脳が感知したのは、全身を駆け巡る「異様なまでの強張りと痛み」だった。



「……っ、つ……」



 首から肩、腰にかけてのバキバキ感。



(なぜ、港区のホテルに泊まって、僕は格安深夜バスの乗客のようなコンディションに陥っているんだ?)



 その疑問の答えは、すぐ目の前にあった。



「…………」



 腕の中には、昨夜から一ミリもポジションを変えていないらしい凛が、僕の胸元をしっかりとホールドしたまま、すやすやと幸せそうな寝息を立てている。



(……うわっ。そうだ、お互いホールドしたまま爆睡してたのか……!)



 シングルベッドに、大人二人。


 

 お互いを抱きしめ合うという、最高にロマンチックな密着状態。



 一線を越えず、理性で耐えきった自分への「ご褒美」だったはずの抱擁。



 それが朝には、まさかの「全身筋肉痛」という形で決済(清算)されるとは。



(……痛い。腕が、痺れて感覚がない……)



 けれど、僕の腕の中で、凛が「ふにゃ……」と口角を上げて、僕の胸を枕代わりにさらに深く潜り込んでくる。



(……くっ、この「多幸感」。理屈じゃ説明できないリターンが多すぎる……)



 僕はバキバキの体に悲鳴を上げながらも、彼女を起こさないよう、痺れた腕をそのままに、もう一度だけ天井を仰いで深い溜息をついた。



――その時、眼球に鋭い異物感が走った。



「……っ!? ……いた、い……」



 無理に瞬きをしようとした瞬間、角膜が砂漠のように乾燥し、何かが眼球にベッタリと張り付いている感覚に襲われる。



(……最悪だ。コンタクト、外さずに寝たのか……!)



 致命的なミス。



 バキバキの体、痺れた腕、そして砂漠のように乾ききった瞳。



 今の僕は、まさに「不良債権の塊」のようなコンディションだ。



「はぁ……最悪だ」



 僕が慎重に、まるで爆発物処理班のような手つきで体を動かそうとした、その時。



「んぅ…………」



 腕の中の凛が、気だるげな声を上げて瞼を揺らした。僕の体温の源(供給源)が動き出し、密着が緩んでいく。



「……うう……あれ……?」



 彼女は寝ぼけ眼で僕の胸元を見つめ、そのまま事態を把握しようと、虚空を彷徨うように首を傾げた。



「私、いま……消防士さんに捕まってますか……?」



 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内の警戒アラートが、昨夜のアイスクリーム頭痛以上に鋭い音を立てて鳴り響いた。



「……は?」



 寝起きの脳ミソで、全力のツッコミを捻り出す。



「……それなら警察官が正しいだろ。……そもそも、君が昨夜から僕をホールドしてるんだけど。現状、僕が君に捕まってる側だけど」



「えっ……!? 消防士さ……あ、巧くん……?」



 ようやく彼女の視界に僕の顔がピントを合わせたらしい。



 凛の目が驚きで見開かれ、次の瞬間、彼女の顔がまるで沸騰したポットのように真っ赤に染まった。



「ぎゃああああ! ご、ごめんなさい! 私、寝ぼけてて、また何か変な夢を……っ!」



 パニックになった彼女が、勢いよく僕から飛び退こうとする。



 ――しかし、その拍子に、痺れきった僕の腕と、バキバキに凝り固まった僕の腰に強烈な痛みが走る。



「……っ、つ……!」



「あ、あの! ごめんなさい、巧くん! どこか痛いですか!?」



 慌てふためく彼女に、僕は天を仰ぎながら、荒い息を整える。



「……大丈夫だ。ただ、……代償として、完全にデッドロックに陥ってるだけ」



「デッドクロスってなんですか!?不穏な響きです! ご、ごめんなさい! 今すぐ……今すぐ救急車呼びます!」



 寝癖のついた髪を揺らしながら、必死に僕の肩を揉もうとする凛。



 その無防備なポンコツ加減に、朝からまた、理性が少しずつ決壊しそうになる。



「……頼むから、寝ぼけて警察官や消防士を呼ばないで。これ以上、僕の心臓(リスク管理)を攻撃するのは……勘弁してほしい」



 そう言いながらも、僕は彼女の小さな手が肩に乗っている幸福感を、全身の筋肉痛以上に大切に噛み締めていた。



 バキバキの体を無理やり起こし、枕元に転がっていたスマホを拾い上げる。



 画面に表示された数字は、「7:02」。

(寝過ぎだな……)


 

 チェックアウトまで時間はたっぷりあるが、僕の「心の平穏」を維持するための時間は、すでに一秒も残されていなかった。



「……な、なに?」



 視線を感じて横を向くと、二度寝しようと布団にくるまった凛が、僕の顔を至近距離からじーっと凝視していた。



 その瞳は、一点の曇りもなく、僕の肌の質感を確かめるようにスキャンしている。



「……ヒゲ、生えないんですね……」



 少し掠れた声で、彼女がポツリと呟いた。


 

「……ああ、脱毛してるんだ。……毎朝、シェービングするの面倒で」



 凛は「ふーん」と興味なさそうに聞き流した。


 

 そして、彼女は布団の中で「もぞもぞ」と動き出したかと思うと、あろうことか僕のスネあたりに、自分の細い足を絡ませてきた。



「……ほんとだ。つるつる……」



 肌と肌が直接触れ合う。



 彼女の体温が、僕の脚から全身へと一気に逆流してくる。



(……待て。あかんぞ。これ以上は、本当によくない)



 頭の中が真っ白になり、すべての思考が停止した。



 「かわいいリス」だと思っていた彼女の存在が、一瞬で「抗えない異性」として僕の中に突き刺さる。


 

 バキバキだったはずの体が、別の意味で強張り、熱を帯びる。


 

 抑え込んでいた本能が、理性の防波堤を軽々と飛び越え、あまりにも正直すぎる反応を引き起こしていた。

(……まずい。これは、本当に…………っ)



 僕は爆発しそうなほど熱くなるのを感じながら、彼女の足を押し戻そうと、震える手でその膝を掴んだ。



「……凛さん。……今すぐ、離れてくれ。……お願いだから」



「……え? 巧くん……?」



 不思議そうに小首を傾げる凛。



 その無防備な上目遣いが、トドメの一撃になりかねない。僕は震える手で、枕元にあったティッシュを一枚引き抜くと、目に張り付き乾燥しきったコンタクトレンズを、半ば強引に剥ぎ取ってそこに葬り去った。



(……くっ、視界が……)



 レンズを失った瞬間、僕の世界は一変した。



 数メートル先のホテルの壁も、窓の外のビル群も、すべてが水彩画のように溶けて判別不能オフバランスになる。



 だが、皮肉なことに。



 目鼻の先、わずか数センチの距離にいる凛の顔だけは、今の僕の裸眼のピントに恐ろしいほど合致していた。



 潤んだ瞳の虹彩、細い睫毛の震え、そして少しだけ開いた唇の熱い質感。

 


 遠くの景色という「ノイズ」が消えたせいで、世界には彼女一人しか存在しないかのような、極限のクローズアップ。



(……ダメだ。情報量が、多すぎる……っ)



 

 僕は痺れて感覚のない腕と、悲鳴を上げる腰にムチを打ち、パジャマパーティの「聖域」だったシングルベッドから、逃げ出すようにして抜け出した。



 ドタンッ



「わわっ、巧くん!?」



「……すまない。……少し、冷たい水でも飲んでくる」



 僕は床に着地した瞬間の不自然な関節音も無視して、よろよろとキッチンカウンターへ向かった。



 冷たいフローリングの感触が、火照りきった足の裏から、僕の暴走する本能を少しずつ冷却してくれる。



 背後では、ベッドに取り残された凛が、リスのTシャツの裾を整えながら「……そんなに嫌でしたか、私の足……」と、見当違いなショックを受けている気配がする。



(……嫌なわけがないだろう。逆だ。逆すぎて、僕がまともでいられないんだ……!)



 僕はキッチンの水道を捻り、冷水を一気に飲み干した。



 窓を開けると、冷ややかな空気が流れ込んできた。



 朝日を浴びる高層ビル群を眺めながら、僕は何度も深く深呼吸を繰り返す。


 

「……よし。……落ち着け。僕は、冷静な大人だ……」



 自分に言い聞かせるように呟くが、スネに残る彼女の柔らかな感触と、鼻腔にこびりついた石鹸の香りが、なかなか消えてくれない。



 お誕生日旅行、二日目の朝。

 僕たちは、まだパジャマという名の無防備な格好のまま、ぎこちない空気の中で新しい一日をスタートさせた。

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