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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第76話:【捕獲】秘密基地の終着点と、解けない抱擁

 シャンパンを傾けながら、共有されたアルバムを遡る。



 今日撮ったばかりのリス園の動画、新大久保でチーズを伸ばす凛の満面の笑み。



スマホの小さな画面を覗き込むたび、肩や腕が自然と触れ合う。



 その距離感に、心臓の鼓動は常に高止まりしたままだが、嫌な緊張感はない。



「ふふ、巧くん。この時の顔、本当にひどいですよ?全部ウケますねぇ」



「……それは僕が非合理な攻撃(リスの強襲)に晒されていたからだ」



 そんな軽口を叩きながら、チーズやフルーツを摘まむ。



最高級のアイスも、少し焦げたリスのクッキーも、すべてが二人の体温に溶けていった。



「……ふわぁ。……だめです、巧くん。もうこれ以上食べられないし、今にも寝落ちしそうです」



 凛が小さく欠伸をして、目をこすった。

 時計の針は、すでに日付を跨ごうとしている。



「……そうだね。そろそろ、パジャマパーティはお開きだ。歯を磨いてきなさい」



「はい……。はみがき、してきます……」



 ふらふらとおぼつかない足取りで、彼女がバスルームへ消えていく。

 


 一人残されたベッドの上。

 彼女が離れた瞬間の、刺すような寂しさ。

 それと同時に、一線を越えてしまいそうだった、あの張り詰めた空気感が一度リセットされたことへの安堵。



(……ふぅ。ノーポジションを貫いた自分を褒めるべきか、それとも臆病だと罵るべきか)



「……はぁ」



 どっと押し寄せる安心感に、僕は深いため息をついた。



 「飲みすぎたな」



 シャンパンの心地よい酔いが、全身を包んでいる。



明日の朝、二日酔いでポンコツを晒すのは、リスク管理として許容できない。



「……僕も、磨こう」



 僕は立ち上がり、彼女を追うようにバスルームへ向かった。

 

「はふみふんもみはきまふか?」

「全然なに言ってるか分からない……」


 鏡の前。

 お揃いのリスTシャツを着た二人が、並んで歯ブラシを動かす。



 シャカシャカという規則的な音が、静かな夜の洗面台に響く。



 鏡越しに目が合うと、凛が口の端に泡をつけたまま、おかしそうに眉を下げて笑った。



(…………なんだ、この幸福感は)



 ホテルの洗面台で、二人で歯を磨く。

 そんな、誰にでもできる、なんてことのない日常の動作。

 

 けれど、何兆円もの資金を動かすロジックを積み上げるより、今のこの「ただの日常」を共有している事実の方が、僕の心を強く、揺るぎなく満たしていた。



「……よし。スッキリしました!」



 口をゆすいだ凛が、少しだけ眠気の取れた顔で笑う。

 


 特別な夜の、終わりの合図のようだった。



 遅れてバスルームから戻ると、そこには静かな寝息だけが満ちていた。



 木の根の隠れ家を模した、あの狭いシングルベッド。



 凛はベッドの端っこで、丸くなるようにして眠りについていた。



 手元には、さっきまで僕たちが見ていたスマホが、アルバムを表示したまま力尽きている。



「……凛さん。こんな端っこで寝たら、体が痛くなるよ」



 僕は苦笑しながら、足元に畳んであった毛布を手に取った。


 

 (せめて、風邪を引かないように。)



 そっと、彼女の肩に毛布をかけようと身を屈めた、その時。



「……ん、……巧、くん……」



 熱っぽい寝言と共に、彼女の腕が、僕の首筋に驚くほどの速さで回された。



「……っ!?」



 抗う間もなかった。



 無意識の力とは思えない強さで、僕は狭いベッドの上に引き寄せられる。



 鼻先が触れそうな距離。リスTシャツ越しに伝わる、彼女の柔らかい体温と、シャンパンの残り香。



(……な、なんだ!? 護身術か!?)



 いや、違う。



 彼女はただ、心地よい「温もり」を求めて、一番近くにある大きな対象(僕)をホールドしただけだ。


 

 彼女の腕は僕の背中に回り、顔は僕の胸元に深く埋められる。



「り、凛さん、ちょっと、苦しいんだけど」



 シングルベッドという、極めてマージンの狭いマーケット。



 そこに、お揃いのリスが二頭、隙間なくパッキングされてしまった。



(……まずい。これは、非常にまずい)



 僕の理性の限界デッドラインが、警報を鳴らしすぎてショートしそうだ。

 


 引き剥がすべきか。



 だが、安らかな寝息を立てている彼女を揺り起こすのは、今の僕には不可能だった。



何より、僕自身の腕が、まるで磁石に吸い寄せられるように、彼女の背中を優しく抱き返してしまっている。



「…………降参だ」



僕は彼女の髪にそっと顎を乗せ――

ほんの一瞬だけ、その先を想像してしまい、目を閉じた。

 


(……これくらいは、許してくれ)



 今日一日、積み上がる誘惑と崩壊しかける理性の狭間で、必死に「ハイスペックな佐藤巧」を演じきった自分。これくらいは許されるはずだ。



 そんな自分勝手な理屈ロジックを並べながら、僕は抱きしめる力をほんの少しだけ強めた。



(……明日、きちんと気持ちを伝えよう)


 

 5台あるベッドの、なぜか手狭なシングルベッドに二人で押し込められているという非合理。



 けれど、腕の中に収まるこのかわいいリスのような凛こそが、今、僕が世界で最も守るべきポートフォリオなのだと、熱い確信が胸を満たす。



 消防士への備えも、焦げたクッキーも。



 すべてはこの「甘い拘束」へと続く伏線だったのかもしれない。



 深い安らぎの中に、意識がゆっくりと沈んでいった。

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