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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第70話:【激流】新宿の迷宮、リス園という聖地へ

 新幹線のドアが開いた瞬間、押し寄せてくる熱気と人の波。



 「富士山、見たかったなぁ……」とぷりぷりしていた凛さんも、一瞬で顔をこわばらせた。



「な、なんですかこれ……! 今日、お祭りか何かやってるんですか!?」



「いや、これが東京の『普通』だよ」



 僕は彼女の大きなキャリーケースを片手で持ち、もう片方の手で、彼女の手首をしっかりと掴んだ。



「……あ、巧くん!?」



「離さないで。ここで逸れたら、見つけるのが大変だから」



 本当は、ただ手を繋ぎたかっただけだ。


 けれど、そんなことを言える余裕はない。


 僕は彼女が人混みに流されないよう、自分の体で波を遮るようにして歩き出した。



 中央線で新宿へ。



 乗り換えの喧騒をすり抜け、ようやく辿り着いた小田急線のホーム。



 そこには、流線形の美しい車体――ロマンスカーが静かに佇んでいた。



「わぁ……! これ何っていう乗り物ですか!?」



「ロマンスカー。新宿から町田まで、これで行くよ。……さあ、乗って」



 凛さんを車内へと促す。



 人混みに酔いそうになり、僕のコートの袖をぎゅっと握りしめていた彼女も、ゆったりとしたシートに腰を下ろすと、ようやくホッとしたように息を吐いた。



「……すごーい。座れる。しかも、窓が大きくて景色がよく見えますね!」



「町田まで三十分くらいあるから。少し休むといい。……はい、お茶」



 岡山で買った、冷たくなってしまったお茶を渡す。



 新幹線の席も良かったけれど、この特急の落ち着いた空気は、二人だけの時間をより特別に感じさせた。



「……巧くん、本当にありがとうございます。なんだか私、お姫様になった気分です」



「……お、お姫様って。……大袈裟だよ」



 窓の外、新宿のビル群が後ろへ流れていく。

 


 さらっとそんなことを言う彼女に、僕の耳たぶはコートの襟よりも熱くなっていた。

(良かった……ポートフォリオはここまで間違えてない)


視線を窓の外に逸らすのが精一杯だ。



「……でも、巧くん。町田に着いたら、リス園まではバスなんですよね? そのバスも、こんなに豪華なんですか?」



「……いや、バスは普通の路線バスだよ」



 キラキラした目で問いかける彼女に、僕は少し冷や汗をかいた。



 (……期待させすぎたかな。町田の駅からリス園までのバス移動、普通の住宅街を通るけど、がっかりされないだろうか)



 僕はスマホを取り出し、慌てて町田駅のバス乗り場を再確認し始めた。


 

 特急が多摩川を渡る。

 野生のリスが待ち受ける町田まで、あとわずか。



「……なんか、このあたりの景色はあんまり東京っぽくないですね!」



 町田駅から乗り込んだ路線バス。



 窓の外を流れるのは、立ち並ぶビルではなく、どこか見覚えのある住宅街の風景だ。



「23区から出たら、割と普通の景色だよ。このへんは鳴凪のイオンの周りとそんなに変わらないんじゃないかな」



「あ、本当だ! 巧くん、あそこの看板! 鳴凪にもありますよ!」



 そんな些細なことで弾む会話が、特急の時よりも肩の力が抜けていて心地いい。



 バスが坂道を登り、目的地のアナウンスが流れると、凛さんの瞳に再び強い光が宿った。



 バスを降りてすぐ。目の前に現れたその場所を指差して、彼女が叫ぶ。



『リスはともだち』と書かれた黄色看板。



「巧くん! つきました! リス園!!」



 平日の昼前。

 幸いにも行列はなく、門の前には穏やかな時間が流れている。



「すごい! 巧くん、写真! 入る前に門のところで写真撮ってください!!」



「……はいはい。わかったから。」



「あれ? 私のスマホ、どこだ……。えっと、カバンの中……」



 慌ててカバンを漁り始めた彼女を制して、僕は自分のスマートフォンを取り出した。

 


「僕ので撮るよ。データは後で送るから。ほら、そこ立って。……そう、リスの看板の下」



 レンズ越しに見る彼女は、鳴凪で出会った時よりもずっと、柔らかくて眩しい笑顔を浮かべている。



(……ああ、やっぱり。南青山に固執せず、凛に合わせて大正解だった)



 シャッターを切ると、彼女が僕の腕をぐいっと引いた。



「巧くんも! 一緒に来たって写真を撮らないと!」



 自撮りモードに切り替え、二人の笑顔を収める。


 そのまま、はやる気持ちを抑えきれない様子で突き進もうとする凛さんの襟足を、僕は軽くつまんで引き止めた。



「凛さん、慌てないで。リスは逃げないし、もう目の前だよ」



 受付には「噛まれないように」という注意書きが並んでいる。



 独特の緊張感とワクワクが入り混じる中、僕たちは貸し出される厚手のミトンを受け取り、ひまわりの種が入った小さな袋を購入した。



「よし、巧くん。……いざ、リスです!」



「……ああ。行こう」



 ミトンをはめてグーパーと手を動かす彼女の後ろ姿を追いながら、僕たちはついに、野生のリスたちが待ち受けるエリアへと足を踏み入れた。

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