↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: サミダレもふ太
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/140

第68話:【出発】午前四時の境界線と、野生のリスへの備え

 午前四時。


 鳴凪駅のコンコースは、自分の足音さえ響くほどに静まり返っていた。


 僕はカシミアのコートの襟を立て、タートルネックに顎を埋める。


(……あまり眠れなかったな)


 遠足前の子どものような興奮――などという不合理な理由ではない。


 今回の「東京攻略ポートフォリオ」に抜け漏れがないか、脳内シミュレーションを繰り返していた結果……ということにしておく。


「……ふわぁ」


 思わず欠伸が漏れた。


 左腕の時計に目を落とす。


 久しぶりに着けた自前のブランド品は、驚くほど重たく感じられた。


(こんな重たかったかな?)


 集合時間まであと三十秒。


 今回の旅費のすべてを決済した身として、一秒の遅延も許されない。


(……遅いな。リスク管理として、モーニングコールの回数を増やすべきだったか)


 そう思った瞬間。

 駅のロータリーに、一台の軽自動車が滑り込んできた。


「気をつけてね! 消防士さんに見られないようにね!」


「もう、お母さん! 声が大きいってば!」


(……消防士? 救急車ではなく? そもそも何を見られるというんだ)


 そんな不可解で騒がしいやり取りと共に、大きなキャリーケースを抱えた凛が、転がるように改札へ向かってきた。


 目の前に立った彼女は、いつもの姿とは違う、気合の入った旅の装い。


……そして、その顔は僕以上に眠そうだ。


「はぁ、はぁ……! 巧くん! お待たせしました!」


「……おはよう、凛さん。遅刻はしていないよ。予定通りだ」


「よ、よかったです……。全然眠れなくて。あ、これ! 朝ごはん、作ってきました!」


 彼女が差し出してきたのは、丁寧に包まれたプラスチック容器のお弁当。


「帰りに荷物にならないように、捨てられる容器にしてあります。……巧くん、新幹線で食べませんか? 今回の旅費、全部出してもらっちゃってるから……せめてもの、お礼です」


 容器から伝わってくる、微かな温もり。


(嬉しい……。こういうの、人生で初めてかもしれない)


「ありがとう……」


 さらに彼女は、小刻みに震える手で小さな袋を僕に手渡した。


「あと、これは……クッキー。真心というか、心ばかりの……」


 袋越しに伝わる、不格好で愛おしい「真心」の重さを噛み締める。


 今回の旅費――宿泊代や南青山のディナーに比べれば、この弁当の原価は数百円だろう。


 けれど。


(今の僕の心拍数を跳ね上げているのは、ポケットのタンザナイトでも、フレンチの献立でもない。この、手作りのお弁当だ)


「……新幹線で、一緒に食べよう」


 僕は彼女の大きな荷物を引き受け、空いた手を差し出した。


 一瞬の躊躇いのあと、凛の小さな手が僕の手をぎゅっと握る。


「さあ、行こう。マリンライナーが来る」


「……はい! 絶対にリス、かわいいですよ!」


 町田の野生動物に想いを馳せる彼女の等身大の言葉が、たまらなく愛おしい。


 朝霧の中、マリンライナーのライトが遠くから見えてきた。


 お母様に送り出された彼女が、その鞄の中に「一万円の決意」を秘めていることなど、この時の僕は露ほども知らずに。


 僕たちの、不合理で特別な大冒険が、今、動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。