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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: サミダレもふ太
第一章

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第64話:【戦装束】彼女のドレスを本気で選ぶ

 東京旅行に向けた「ドレス調達作戦」を決行するべく、僕は凛の車の助手席に揺られていた。


 辿り着いたのは、僕が数日前に「鳴凪の洗礼」を受けたあの場所だった。


「……またここか。鳴凪のイオン」


 見慣れた看板を見上げ、僕は深い、深いため息を漏らした。


 凛は「はいっ!」と元気にサイドブレーキを引き、満足げにハンドルを叩く。


「ここなら間違いありません! 結婚式用のドレス、たくさん売ってますから! 私の友達もみんなここで揃えてます!安心・安全のイオンクオリティですよ、巧くん!」


「……いや、凛さん。僕は商店街の方の百貨店……せめて市内の老舗に行きたかったんだけど」


 僕の脳内では、当日に格式ある百貨店の外商部、あるいは南青山の馴染みのセレクトショップで、彼女に最高の一着を仕立てるシミュレーションが完璧に完了していた。


 職人の手による採寸、最高級のシルク、シャンパンを飲みながら選ぶ至高の時間。


 だが、その完璧なポートフォリオは、昨日、町田の野生によって全て「パー」になった。


(……リス園。あそこをねじ込んだせいで、当日の『仕立て』に割く時間は一分たりとも残っていない……!)


 町田から銀座へ滑り込むには、事前に戦闘服(ドレス)を完全装備した状態で東京入りし、ホテルで音速の着替えを済ませるしかない。


 つまり、事前の調達が不可避となったのだ。


「だめです! 百貨店なんて桁が違いすぎます! 巧くん、一着で私の月給が飛ぶような服を着てフレンチなんて食べたら、ナイフずっとカチャカチャ音ならしてしまいます。ここなら、私の予算で届く『可愛い』が見つかるんです!」


「……凛さん。僕が誘ったんだから、当然僕が買うよ。予算のことは考えなくていい」


「それもダメです! 巧くんに全部出してもらったら、私、当日リスに餌をあげるときに『これ巧くんの金(の服)……』って気になって、リスを直視できなくなります!」


 凛は助手席の僕を真っ直ぐに見つめ、一歩も引かない構えを見せた。


「……分かった。今日はまず、ここで探そう」


 僕は諦めて車のドアを開けた。


 南青山のセレブ御用達ショップが、鳴凪のイオンのフォーマルウェア売り場に化けた。これも全て、リスと園長のためだ。


「よし、巧くん! 行きましょう! 私、一万円以内で最高に輝いて見せますから!」


「……一万円か。(僕のネクタイの半分にも満たないが)その『制約』の中で、僕が最高の結果を出してみせる」


 エリートの眼光でイオンの自動ドアをくぐった。


 (たとえ場所がイオンだろうと、僕が選ぶからには、老舗フレンチで気後れさせるような真似はさせない。)


 港区男子のプライドを懸けた、イオンでの「極限・低予算コーディネート」が今、始まった。



◇




 自動ドアを抜けた瞬間、凛の足取りに迷いはなかった。


 まるですべての座標が脳内のGPSに叩き込まれているかのような、無駄のない挙動。


「さあ巧くん、こっちです! 専門店街の奥、ここが『鳴凪の社交界』の入り口ですよ!」


 凛が一直線に向かった先には、パステルカラーのシフォンや、キラキラとしたビジューが並ぶレディース・フォーマルショップがあった。

 

 店頭のハンガーに並ぶのは、凛が宣言した通りの「一万〜三万円」という価格帯。


 南青山の路面店なら、ストール一枚すら買えるか怪しい金額だ。


「見てください巧くん! このネイビーの、リボンが大きくて可愛くないですか? 誕生日ですから奮発します!」


 凛は目を輝かせてドレスを掲げるが、僕は足を止め、腕を組んだまま鋭い眼光をマネキンに向けた。


(……甘い。甘すぎるぞ、佐倉凛)


 確かに可愛い。


 (だが、老舗フレンチの重厚なエントランスをくぐるには、その「可愛さ」だけでは強度が足りない。あの空間の空気圧に、ポリエステル100パーセントの既製品で挑むのは、裸で戦場に赴くのと同じだ。)


「巧くん? そんなに怖い顔して、生地の密度でも計ってるんですか……?」


「凛さん、離れて。ここからは僕の領域だ」


 僕はショップの棚を端から端まで全てを検品していく。


 この価格帯の既製品には、必ず「弱点」がある。コストを抑えるために簡略化された縫製、安っぽく光るプラスチックのファスナー、重みに欠ける裾のドレープ。


 だが、中には「奇跡の個体」が紛れていることがある。


 パターン(型紙)が極めて良く、素材の安さをデザインの洗練さでカバーしている掘り出し物が。


「……これだ」


 僕は奥のラックの隅、少し地味な印象で埋もれていた一着を抜き出した。


 落ち着いたミッドナイトブルー。


 光沢を抑えたマットな質感。


 一見するとシンプルだが、ウエストの切り替え位置が数ミリ高く、デコルテのラインが絶妙に計算されている。


「え、それですか? 地味じゃないですか? せっかくの東京なのに……」


「いや。これに、別の店で探すパールのネックレスと、君の肌の透明感を合わせれば、南青山のライティング下で最強の『資産』に化ける。……凛さん、試着室へ」


 僕は有無を言わさぬ手つきで、ドレスを凛に預けた。


「は、肌?!……はいっ。……巧くん、なんだか警察学校の教官みたいに怖いです……」


 凛が少し頬を赤くして試着室のカーテンの向こうへ消える。


 僕は試着室の前で、まるでM&Aの最終合意を待つ投資家のような顔で、彼女が出てくるのを待った。


(たとえ予算が一万円だろうと僕が選ぶ以上、彼女を「成層圏」まで連れていく!リスには負けない!)

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