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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第63話:【拒絶】解けないリスの方程式

「……凛さん。悪いけど、町田には行けない。リスは無理だ」



 iPadを置き、断腸の思いで(といっても僕のプライド的には当然の判断として)告げた。



 凛は、リスのような丸い目をさらに見開いて僕を凝視した。



「えっ、なんでですか!? 東京ですよ! 同じ東京の空の下じゃないですか!」




「同じ空の下だが、地上での距離が絶望的すぎるんだ。ほぼ東京のようで、あそこは実質、神奈川といっても過言ではない。いい? 一泊二日のタイトなスケジュールで23区外へ出るのは、物理的に不可能なんだ」



 iPadで東京駅から町田駅までのルート検索結果を突き出した。



「見て、この移動時間を。往復だけで、僕が予約したフレンチのフルコースを二回は食べ終えられる時間が消える。リスに行けば、新大久保のチーズハットグも、僕が君に見せたい青山の夜景も、全てスキップすることになる」



「そ、そんな……。でも、リスですよ? 園長のTシャツですよ? お揃いで着たくないんですか? 巧くん、リスに囲まれてモフモフしたくないんですか!?」



「モフモフの価値は認める。僕も生き物は好きだ。でも今回のポートフォリオには組み込めない。リスを取るか、フレンチを取るか……二者択一だ」



 冷徹にロジックを展開すると、凛はソファのクッションを抱え込み、あからさまにリスの様に頬を膨らませた。



「巧くんのケチ……! 効率とか解像度とかばっかり。

東京の人って、みんなそんなに分刻みで生きてるんですか? リスの一匹や二匹、誤差じゃないですか!」



 僕は流石に大きな溜め息をついた。



「誤差じゃない、致命的なタイムロスだ。鳴凪から東京へ行くのはそう高い頻度じゃない。だから最もバリューの高い場所を厳選すべきだよ」



「……バリューって。リスより高いバリューなんて、この世にあるんですか……」



 凛は本気で落ち込み、小さな背中を丸めた。



 その姿を見ていると、胸の奥がチリチリと痛む。



(……ロジックでは僕が正しいはずなのに、なぜ僕が悪者のような気分になっているんだ)



「……分かった。リスは無理だが、別の案を提示する。23区内でも、君が喜びそうな……原宿!原宿に今色んなアニマルカフェがある!」



「リス……リスじゃなきゃ、ダメなんです。あの、ちょっと狂気を感じる園長のイラストじゃないと……」



(……狂気の園長……。それよりも凛のリスにかける熱意の方が狂気だよ)



 僕はため息をつき、再びiPadを手に取った。



(なんとかして、この「町田の野生」をプランの隅っこにねじ込む方法はないのか。タクシーをチャーターするか? いや、国道246号の渋滞を計算に入れると、それこそリスク――リスだけに――が高すぎる)



 僕らの東京旅行は、出発前から「町田」という巨大な壁にぶち当たっていた。





 凛はふてくされて顔を上げない。


(まさか、泣いてないよな……)



「はぁ……分かった。凛さん、顔を上げて。プランを再構築しよう」



 僕の言葉に、クッションに顔を埋めていた凛が「……本当ですか?」と、おずおずと顔を上げた。その期待に満ちた瞳を見て、僕は自分の理性が敗北を認めたことを確信した。



「ああ。ただし、条件がある。このスケジュールは秒単位の管理になる。君が『あ、リスがひまわりの種を食べてる、かわいい……』と見惚れている間に、僕らは次の目的地へ向かう列車に乗っていなければならない」



 iPadに先ほどまでの優雅なプランとは似ても似つかない、軍事作戦のような過密スケジュールを表示した。



「まず新幹線は始発で鳴凪を出る。品川駅に着いた瞬間に京急ではなく、JRに乗り換えて横浜線経由で町田へ向かう。……いや、新宿まで出て小田急ロマンスカーの特急券を今すぐ押さえる。これが一番確実だ。リス園での滞在時間は最大九十分。それ以上は一分たりとも延長できない」



「九十分! ……あ、でも園長のTシャツを買う時間は入ってますか?」



「レジでの会計時間を三分と見込んでいる。……そして町田から新大久保へ急行し、ハットグを『歩きながら』食べ、ホテルへチェックイン。三十分でドレスアップして南青山の店へ滑り込む。……これが、リスとフレンチを共存させる唯一の解だ」



 僕が提示した、およそ誕生日旅行とは思えない「強行軍」に、凛は目を丸くした。



「すごいです、巧くん! まるで忍者の修行みたい! ……私のリス……譲ってくれてうれしい」



(歩み寄って良かった……のか?)



 顔を逸らしたが、耳が熱いのは隠しきれなかった。



「やっぱり、行きたい所へ行くのが正解だと思って……」



「えへへ。ありがとうございます、巧くん! 私、絶対遅れないように、当日は移動中もずっと巧くんの袖を掴んでますから!」



「……。……ああ、離さないで。……いや、離れないようにね」



 自分の失言を誤魔化すように、冷めたコーヒーを飲み干した。



 港区男子としての僕のアイデンティティは、12月3日、町田の地でリスに噛みちぎられることになるのかもしれない。



「よし。次はドレスだ。凛さん、リスに噛まれてもいいような……じゃない、フレンチに相応しい装いの話をしよう」



「ドレスですか? そんなの持ってないですけど」



 凛の屈託のない答えに、僕は頭を抱えた。



 こうして、僕らの「成層圏」を目指した東京旅行は、なぜか町田を経由する奇跡の航路になった。

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