第59話:【狭間】「狡猾なハイエナ」と「無能な負債」
――早い。あまりに早い。
社内SNSのタイムライン最上部にある投稿。
ナレッジ共有された松本の投稿画面には、凛が作った素材を加工した広告が次々とアップされていた。
特にSNS広告の動画に対しては、凛のアイデアの良さが生き生きとしていた。
ただの割引訴求ではない。
キャラクターのちょっとした仕草、テンポの良い音楽との連動、そして最後に見る者にクスッと笑いを誘う「オチ」に至るまで。
それは広告ではあるが、つい手を止めて、最後まで見てしまうキャッチーさがある。
サービスステーションのイメージを根底から覆す、洗練された「神技」だった。
だが、それは全て石油部門が独自に展開したとして、アプリの新規会員獲得推移や、SNS広告のコンバージョン率が次々と報告されている。
視察に来てからわずか数週間で、あの狡猾な松本が、僕ら提案した運用スキームを完璧に自部門のシステムへ組み込んだ様にアピールしているのだ。
クーポン機能の先をゆく展開力、 SNS広告への昇華。
そして、今後の展望として、顧客の来店履歴とアプリデータを紐付けた「車検・コーティングのパーソナライズ広告」や、給油ついでにリース車の試乗予約ができる「実店舗×SNSのシームレスな誘導施策」まで打ち出させている。
流石は上昇志向の塊だ。
(……だが、このベースデータを誰が作ったか、松本は一言も触れていない)
土台を構築した凛の存在は、組織のスピード感の中でかき消され、松本の手柄として積み上がっていく。
――そういう世界なのだ。
以前の僕なら、その効率性を「正しい」と評価しただろう。
だが今、僕はそのコメント欄に、凛の姿を探してしまう。
(……手柄が欲しいなら、僕がいくらでも佐倉さんのデータを売ってやる……。もうそうするしか彼女の神業が昇華される方法がないじゃないか)
僕は小さくため息をつきながら、松本の投稿に「参考になる展開だ」とコメントを打ち込んだ。
僕の胸には、誇らしさよりも、激しい独占欲と、複雑な焦燥感が渦巻いていた。
ふと視線を感じて顔を上げると、デスクの向こうで凛と目が合った。
僕を目が合いふわりと微笑んだ。
彼女は今も、楽しそうに次のアイデアをノートに書きなぐっている。
そして、先ほど松本の投稿に「すごいですね!参考にします!」と、何の疑いもなく素直なコメントを残したばかりだ。
(…………はぁ)
彼女の中では、松本の行動は組織のDX化を進める「正解」でしかないのだ。
その純粋さが、今は何よりも、僕の焦燥感をかきむしる。
(……僕だけが、その純粋さを松本の出世欲で汚して欲しくないと願っている。……バカげているが、このまま、彼女のアイデアを僕たちだけのものにしてしまいたい)
僕はPCの画面を閉じ、もう一度、彼女の笑顔を真っ直ぐに見つめ返した。
「……さ、佐藤。あのさ」
背後に亡霊のように、同期の高橋が立っていた。
「う、、うわぁ、た、高橋?!何?」
普段の余裕のない顔が、さらに土気色になって震えている。
「ちょっと、ちょっと席はずせる?」
高橋が僕を会議室へ連れ出そうと、肩を掴んできた。
その時、僕のデスクの固定電話が、無機質な音を立てて鳴った。
内線ではない。
外線だ。
「はい、フォックスエネルギーの佐藤です」
『あ、お忙しいところ失礼しまーす。私、高橋さんの<古い友人>のヤマダと申しますがぁ。高橋さん、いらっしゃいますかね? 以前よりお話いただいておりました件で確認を……』
背後で、高橋が「ヒッ……!」と、喉の奥でカエルのような声を漏らした。
「……会社名を教えて頂いて構いませんか?」
(……なんだ?誰だこいつ)
声の主は、妙に低姿勢で、それでいて粘りつくような明るさを持っている。
「友人の山田からと高橋さんにお伝え頂ければ分かると思います~」
(((これは、在籍確認か)))
相手は絶対に社名を名乗らない。
「友人」という、極めて抽象的で脆弱なプロトコルを利用した、実質的な債権回収のプレッシャー。
「あいにくですが、当支店では『勤務時間中に私用電話』をお繋ぎすることは不可能です」
『……あー、冷たいこと言わないでくださいよぉ。高橋さんには、ちょっとした<お約束>を守ってもらわないといけなくてですねぇ——』
(……なにで詰んだんだ?高橋よ)
「ご友人ならば、個人の連絡先にお願いします。失礼します」
ガチャリ、と受話器を置く。
「さ、佐藤ぉ……! もっと優しく断ってくれなきゃ、あいつらまたかけてくるだろ!」
凛は全く分からないといった表情で、ペンを止めてこちらを見ていた。
(……呆れるな。同じ同期の松本が凛のデータで成果を上げている影で、高橋は借金の在籍確認か)
「……高橋。首になったAさんのコンプライアンス事例から、来年からはお前が研修の事例になるぞ。在籍確認電話がきた時点で、チェックメイトだ。……今すぐそこから立ち去って解決してこい。これ以上僕の時間を奪うなら、ヤマダ(仮)をコンプライアンス部門へ繋ぐ」
「ひっ……! わ、分かったよ! ごめん!」
逃げるように会議室へ駆け込んだ高橋を、僕は見捨てることができなかった。
(……夢見が悪くなる。……それに毎年、事例(Tさん)として研修で共有されるの御免だ)
着信番号を検索し僕は小さくため息をつくと、PCを閉じ、凛に「少し打ち合わせ」と告げ高橋の背中を追った。




