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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第58話:【無事故】業務上の事故は無し!佐藤くんの社会的な心は全損です

 車は、鳴凪市内でも有数の高級マンション、そのエントランスに横付けされた。




『え?家で何するんですか?』



 (((何するつもり??佐藤くん!!!)))



 スピーカーから凛の声が聞こえる。

 車が停車する。

 ……しかし、降りたのは佐藤だけだった。




「…………」




 管理部、そして経理部。モニターを見守る全員が、一瞬息をのんだ。



『先輩、ここで待ってればいいんですか?』



 降りていく佐藤の背中に向かって、凛が声をかける。


 車に残された凛。


 そのまま車内に留まるのか、それとも後から追いかけるのか。


「「「なんで佐倉さん、家に入らないの!!!」」」



 経理部のお局様がモニターに向かって絶叫する。



 「ここで終わったら……私、許さないわよ」



 経理部のお局様が震える声で呟く。



 画面の中の佐藤は、一度振り返って何かを言いかけ、そのままエントランスの自動ドアへと消えていった。



「あ……戻ってきた」



 モニターを凝視していたお局様が声を上げる。



 佐藤のマンションに消えてから五分後。

 佐藤が割とすぐに、何かを手に持って車に戻ってきた。 



『……これ、赤くなってるから貼って』



 車内に入り、佐藤が佐倉さんに何かを差し出す。



 「……あ、よかった」



 島田が肩の力を抜いて深く溜息をつく。



「ええ、流石に勤務中ですしね。二人でしけ込まなくて本当によかった……」



 高橋もほっとした様子で胸をなでおろす。



 緊迫のタワマン前騒動は、佐藤の誠実さ(?)によって、ギリギリのところで業務の範疇に留まったのだった。




「……何よ。ただの冷感シートじゃない」




 モニターを食い入るように見つめていた経理部のお局様たちは、一斉に最高につまらなそうな顔になり、椅子に深く背をもたれかけた。



 さっきまでの興奮が嘘のように、現場には冷ややかな空気が流れる。

しかし。



 『はい、おでこ出して』



 映像の中で、凛が佐藤の指示通り、前髪をかき上げておでこを露わにする。  



 佐藤は、シートのフィルムを器用に剥がし、彼女のぶつけたおでこに丁寧に貼ってやった。



『冷たっ……あ、いい気持ちです』



『……赤みは、すぐ引きそうだね。良かった』



 佐藤が凛のおでこに触れたまま、数秒間、じっとその顔を見つめる。



「…………っ!!」



 つまらなそうな顔をしていたお局様たちが、再びモニターに張り付く。




「……見なさいよ。あのシートの剥がし方……優しすぎるわ! 絆創膏を貼ってあげるみたいな、あの雰囲気! 許すわ! カニくらい買ってあげるわ!」




 お局様の一人が鼻息荒く呟くと、再び合同鑑賞会は熱狂の渦に巻き込まれた。




 佐藤の堅物さが、逆に破壊力を増していることに、彼はまだ気づいていない。




 冷感シートを貼るという少女漫画のようなクライマックスの後、映像には特筆すべき波乱は映らず、社用車は静かに会社へと戻ってきた。




「……終わっちゃったわね」

 

 お局様が少し寂しげに呟く。




「ま、とりあえず事故報告書と経費の確認だな」

島田が満足げにインカムを直す。  




 そうして緊迫(?)の合同鑑賞会が解散した。



 数分後。



 管理部フロアの自動ドアが開き、佐藤と凛が三階のフロアに姿を現した。



「失礼します。忘年会の景品、とりあえず買ってきました」



 佐藤はいつも通りのスマートな表情で、手に持った景品の袋をデスクに置く。



 凛のおでこにはひえひえシートが貼られている。



「あら佐藤くん。景品、ご苦労様」



 経理部のお局様たちは、驚くほどスッと表情を切り替え、まるで何も見ていなかったかのような、慈愛に満ちた「仏の顔」で佐藤を見つめた。



しかし。



 その後ろで、島田と高橋は対照的な表情を浮かべていた。



 高橋は肩を激しく震わせながら、口元を必死に手で覆い、今にも爆発しそうな笑いをこらえている。



 島田は深いため息をつきながら、これ以上ないほどの「ニヤニヤ顔」で、佐藤の顔と凛のおでこのシートへと視線を往復させている。



 佐藤は、そのお局様たちの慈愛に満ちた顔と、二人の部下の怪しげな表情を見て、すべてを察した。



(あっ!!急ブレーキアラートか!)



(……見られた?……あの、ドライブレコーダーの映像、どこまで??)



 佐藤の時間が止まった。



 社用車の中で、ひえひえシートをおでこに貼ってあげた、あの恥ずかしい数分間。



 それを、島田たちはもちろん、経理部の女性陣まで全員で、鑑賞していたのだという事実に気づき、景品の袋を置いた手をそのまま固まらせ、呆然と全員を見回した。




「……あ、いや……その」




 短く、乾いた言い訳が漏れる。



 コンプライアンスを遵守し、常に冷静沈着、後輩の凛にスマートに(?)対応したはずの佐藤。




 (((間違った対応はしてない、コンプライアンス的には!)))




 だが「社用車の中でノリノリの歌声を聞きながら」「マッスル猫をダッシュボードに供え」「自宅マンションから持参した冷感シートで後輩のおでこを愛おしそうにケアする」という、全方位にツッコミどころしかない映像を、あろうことか大モニターで晒された現実が佐藤に突き刺さる。



 

「佐藤くん、顔、真っ赤よ?」



 経理部のお局様が、仏の顔のまま、優しく、しかし有無を言わせぬトーンで告げた。



「……えっと、佐藤くん。猫ちゃん、無事だったなら報告書は『ヒヤリハット』の記録だけでいいよ。事故じゃない。……『猫への対応』。そう書いてください!」



 島田が追い打ちをかける。



「そうそう。あんなに『優しく』対応してたんだもんなぁ? 佐藤?」



 高橋もニヤニヤと追い討ちをかける。



 佐藤の頭の中で、ガラガラと音を立てて何かが崩れ去った。



 一方の凛は、そんな空気も読まずに、おでこにひえひえシートを貼ったまま景品のラインナップを報告している。



「…………はい」



 佐藤は、完全に顔を真っ赤にしたまま、それだけを絞り出すように答えた。




 その場に崩れ落ちそうになりながら、彼は逃げるように凛を連れてデスクへと戻っていった。




 管理部3階の熱狂的な午後は、佐藤の深い、そして本日一番大きな溜息と共に幕を閉じた。




 物理的な衝突は免れたが、佐藤が負った精神的な『全損扱い』は、管理部・経理部の間では「マッスル猫&冷感シート事件」として長く語り継がれることになった

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