第57話:【監視継続】管理部と経理部の絶叫!越えるコンプライアンス遵守
急ブレーキの少し前、画面の中の佐倉さんが楽しげに体を揺らし始めた。
『あ〜る〜晴れた〜昼下がり〜♪』
スピーカーから、凛のノリノリの歌声が響き渡る。
「……あー、よくいるやつだ」
高橋が苦笑する。
「お調子者が、大声でノリノリで歌いながら……」
島田の予言めいた言葉が続く。
『市場へ続く道〜♪』
『……佐倉さん、声が大きい。それにちゃんと前を見て』
佐藤が注意するが、佐倉さんは止まらない。
『ててててててててててててててー♪』
その瞬間だった。
歌声が最高潮に達したところで、画面が激しく揺れた。
「っ、盛大に事故るやつだ!」
島田が叫ぶ。
幹線道路の真ん中に飛び出してきた猫を避けるため、画面の中の佐藤が急ブレーキを踏み込んだ瞬間、画面が激しく揺れ、警告音が鳴り響く。
映像の中では、ダッシュボードに置かれていたマッスル猫が宙を舞い、盛大に頭をぶつけた凛の悲鳴が響き渡った。
『痛ったーい!! なに!? 先輩、なに!?』
「あー……佐倉さん、頭ぶつけたな。かなり派手な音したぞ」
高橋がモニターに顔を近づける。
「猫は!? 猫は無事!?」
お局様が叫ぶ。
画面では、佐藤が後続車を気にしつつも慌てて車から降り、車体の前を確認している。
「猫は大丈夫みたいだな……。それより佐藤くん、佐倉さんの心配はどうした!?」
島田の突っ込み通り、映像の佐藤は車体の下を覗き込んだ後、猫が逃げたのを見届けて車内に戻る。
「……あっ」
高橋が画面を指さし、息をのむ。
派手に頭をぶつけて呆然としている凛の髪に手を伸ばす。
佐藤は前髪を優しくかき上げ、ぶつけたおでこを覗き込むようにして、
『……痛い? 大丈夫?』
静かに、けれど明確に心配する様子が映し出された。
「…………」
その瞬間、管理部と経理部を繋いでいたスピーカーから、一切の音が消えた。
あまりの映像の破壊力に、全員が言葉を失った。
次の瞬間。
「キャーーーーーーーッ!!!」
「佐藤くんが! 佐藤くんがおでこに手をッ!!」
経理部エリアから、建物が揺れるほどの絶叫が上がった。
「ヒューヒュー!やるじゃん佐藤くん!」
島田がモニターを叩いて歓喜する。
「おでこ……前髪上げて……しかもあの優しい顔! これは昼ドラどころか、少女漫画のクライマックスですよ!!」
高橋が狂喜乱舞し、モニターの前で一人でダンスを始める。
業務中であることを完全に忘れ去った3階は、佐藤と凛の恋の行方に完全に陥落していた。
「あ、事故の記録がここで終わりだ」
高橋が冷静になってシステムを確認する。
「続き見るなら、リアルタイムの映像に切り替えたら見れますよ。どうします? 繋げます?」
高橋が島田とお局様たちを見回す。
「繋げ! 今すぐ! 一秒も逃したくないわ!」
「早く! あの佐藤くんの優しいお顔をもう一度!」
経理部から再び絶叫に近い命令が下る。
高橋がニヤリと笑い、キーボードを叩いて映像を「リアルタイム監視」へと切り替えた。
モニターに、再び先ほどの車内の映像が、今度はライブで映し出される。
「あ!動き出したわよ!」
画面の中の車が、猫騒動の現場から再び走り出す。
「あら、中央区方面にUターンしてる」
お局様の一人が画面を凝視する。
「ん? これ、佐藤くんの家の方?」
「……本当だ。佐藤のマンション、あっちでしたね」
高橋が地図と照らし合わせる。
「まさか! 連れ込み!? ……いや、それはあかん、あかんよ、佐藤くん! まだ就業時間内!」
島田がインカムを握りしめ、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「島田さん……ちょっと、これもう見ちゃだめじゃ」
爆笑していた高橋も、状況のあまりの劇的さに少し引き気味になる。
管理部のコンプライアンス課の面々も息を飲む。
(((佐藤くん!!!一線は越えないでくれ!ヒアリングやら後々面倒だぞ!!!)))
「……見ちゃダメ、でも、見たい……!」
経理部エリアでは、お局様たちが悲鳴にも似た歓声を上げながら、神妙な面持ちでモニターの行方を見守っていた。
職場は、佐藤と凛の「かもしれない」行動に、嵐のような緊張と興奮に包まれていた。




