第56話:【衝撃】恋の緊急事態アラート!管理部と経理部の合同鑑賞会へようこそ
管理部のモニターにアラート。
「あらら、佐藤くんの車両だ」
隣の島で書類をめくっていた高橋が、音に反応して顔を上げる。
「佐藤の?珍しい。安全運転男が……」
社用車のドラレコが急ブレーキを感知し、管理モニターに強制的にアラートが表示されたのだ。
「結構ブレーキ踏んでるな。これ、衝撃レベル高くないか?」
「やっちゃったかな? 事故?」
ざわつく管理部。
高橋が食い気味に、キーボードを叩きながら声を張り上げた。
「島田さん!とりあえず、前後映像みれますかぁ!?」
管理部、車両担当の島田のPCを奪い、高橋の手が素早くマウスを操作し、現場の映像をモニターに呼び出す。
「これは、ブレーキがかかった直後の映像か……」
(なんか下、のぞき込んでるな……)
そう呟きながら、高橋はドラレコのタイムラインをさらに過去へ巻き戻す。
「エンジンがかかった時刻……ああ、これだ」
スピーカーからは、少し籠もった音質で、凛の弾んだ声が聞こえてきた。
『さあ!佐藤先輩!忘年会景品はこれでバッチリなはずです!会社に戻りましょう』
「……ハァー」
映像を見ていた島田が深い溜息をつく。
「同乗者は佐倉さんか……それにしても、ここはどこだ?」
高橋がモニターに映る映像の風景を分析する。
そこには、巨大なピンクとグレーの建造物が映っていた。
「ああ、忘年会の景品買いに出るって言ってたな。……巨大駐車場。なるほど、イオンか」
高橋は状況を把握し、再びドラレコの映像を進めた。
画面の中では、イオンを後にし車に戻ってきたであろう二人が何やら会話をしている。
『あ、先輩これ!』
『……え、なに?』
凛がゴソゴソと何かを取り出し、佐藤に差し出す。
『さっきコッソリ買ってたんです。あげます!』
佐藤が少し戸惑いながらそれを受け取る。
画面越しには判別しづらいが、どうやら小さなぬいぐるみのようなものに見える。
「…………」
モニターを見つめる管理部3階のフロアに、なんとも言えない、微妙な空気が流れる。
まるで付き合いたての、仲の良いカップルのようなやり取りが、あの佐藤の社用車で行われていたのだ。
「お……」
沈黙を破ったのは島田だった。
「面白いもん見ちゃったな……。高橋くん、これ後で佐藤くんに確認しといて。その『ぬいぐるみ』が業務上の必要な買い物だったのか」
高橋はニヤニヤしながら、再びブレーキ映像の解析に戻った。
「ちょ、ちょっと、これ大モニターに切り替えていい?」
高橋がマウスを動かしながらニヤニヤし、出力先を切り替える。
大モニターは三階全員が見れる100インチの大型モニターだ。
「いいけど……」
島田がそう答えるより早く、画面を見た経理部のエリアからも「キャーッ!」という悲鳴のような歓声が上がった。
経理部のお局様たちが、モニターに映し出された佐藤と凛のやり取りに釘付けになっている。
まるで昼ドラのクライマックスを見守るかのように、全員がモニターを凝視し、食い入るようにその行方を見守っていた。
「……あの佐藤くんが、ぬいぐるみ……? しかも嬉しそうに……」
「ダメよ高橋くん! もっとズーム! ぬいぐるみの詳細を映して!」と手を叩いて喜んでいる。
本来なら緊急事態のアラート画面が、一時的に管理部と経理部の合同鑑賞会と化している。
「待って。今の『ぬいぐるみ』、ちょっと待って!」
島田が画面を一時停止し、モニターにスマホをかざして写真を撮った。
「島田さん?何を……」
高橋が訝しげに見る中、島田は撮った写真をすぐに画像検索にかける。
数秒の検索時間の後、スマホの画面にヒットした商品名が表示された。
「…………『マッスル猫』」
「マッスル……猫……?」
高橋が島田のスマホを覗き込む。
画面には、シュールな筋肉質の猫のぬいぐるみが、いくつか並んでいた。
「くっ……あはははは! マッスル猫!!」
高橋が耐えきれずに爆笑する。
「佐藤……! 佐倉さんと 景品買いに行った結果! 鳴凪イオンで『マッスル猫』を買って! デレデレしながら受け取ってるの!? 画面越しに筋肉アピールしてくるその猫を!?」
高橋の爆笑につられて、管理部、そして経理部からも再び笑いが巻き起こる。
「佐藤くん……意外と、可愛いとこあるじゃない……」
お局様の一人がそう呟き、経理部エリアはさらに温かい空気に包まれていった。
爆笑の渦が収まらない中、島田が映像を再生に戻す。
すると、再びスピーカーから二人の会話が鮮明に聞こえてきた。
『……また無駄使いして。カニが遠のくよ』
佐藤の呆れたような、けれどどこか優しげな声。
『う……10年後までに貯めたらいいので、これくらいの出費は誤差です!』
凛の言い訳がましい声に、佐藤の肩が少し揺れる。
画面越しに、彼の口元が確かに笑っているのが見えた。
「『カニ』ってなんだよ……? ぬいぐるみ買ったらカニが遠のくのか……?」
高橋が困惑するが、経理部のお局様は表情を華やかにした。
「あら素敵……佐藤くんたちは二人で10年後にカニ食べ放題の約束でもしてるのかしら」
監視モニターは、完全に彼らのプライベートな会話を覗き聞きするドラマと化した。
「……これ、事故の映像確認してるんだよな、俺たち」
島田が苦笑いしながらも、スピーカーのボリュームを少し上げた。
二人のプライベートな会話は、管理部と経理部の合同鑑賞会をさらに加熱させる。
『先輩これどこにつけます?』
『……いや、つけないよ!』
凛がマッスル猫のぬいぐるみを車内のどこかに設置しようとし、佐藤が必死に拒否する。
佐藤の鞄を勝手にガサゴソと物色している。
『あっ、勝手に家の鍵につけないでよ!』
佐藤の悲鳴のようなツッコミがスピーカーから響き渡った。
「家の鍵……家の鍵に『マッスル猫』を!?」
高橋が目を丸くする。
「やだぁ、佐藤くんったら、拒否しつつも全然本気で怒ってないじゃない!」
お局様が身を乗り出す。
「カニ、マッスル猫、そして家の鍵。……これ、もう業務終了してカップルがデートしてる映像にしか見えんな」
島田は諦めたように笑い、画面の中で繰り広げられる「マッスル猫攻防戦」を見守り続けた。
画面の中の佐藤は、マッスル猫を膝に抱えたまま、盛大に大きな溜息をついた。
『……はぁ』
佐藤が、イオンの巨大駐車場から車を出す。
カメラはしばらく、鳴凪の幹線道路を淡々と走り続ける映像を映し出した。
「……あ、佐藤くん、今マッスル猫をダッシュボードの上に置いたな」
モニターを凝視していた島田が指摘する。
「おっ、マジだ。あんなに拒否ってたのに。完全に落ちてるな、佐藤」
高橋がニヤニヤしながら、20分後の急ブレーキの場面へと画面をスキップした。
「さて、この後何で急ブレーキを踏むのか……。昼ドラ、第二幕開始だ」
管理部のモニターには、再び不穏なブレーキ音と共に、事故直前の映像が流れ始めた。




