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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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53/112

第53話:【機能美の墓場】ダサジャンパーと背負わされた「Leader」

 金曜日、凛がインフルエンザから復活した。



「皆様! 長らくお休みしてしまい、本当ーーにご迷惑おかけしました!」



 数日ぶりの出社だというのに、彼女の目はいつも以上に輝いている。



(……少し頬が痩せてるな)



 連絡は毎日取り合っていたが、僕は彼女のいつも通りのアンテナ(アホ毛)を見て内心で安堵の溜息をついた。

(完全復活、か。……いや、これは『過剰復活』と言うべきか)



 だが、その安堵は一瞬で霧散することになる。

 


 凛の有休中に届いていた段ボール箱から取り出されたのは、親会社が誇る高級スポーツブランド「フォックス・スポーツ」の最新鋭ウインドブレーカーだった。



 手に取ればわかる。超軽量、撥水、そして計算し尽くされたアスリート仕様のシルエット。





 流石一着四万円は下らない代物だ。




 だが、それを広げた瞬間、僕の視界は歪んだ。




「……っ、これは……」



 洗練されたブランドロゴの直下。




 そこには、凛の手によって魔改造された、あまりに無慈悲な一文が躍っていた。


 


【鳴凪支店・地域貢献DX推進チーム】





 高級ブランドの品格を叩き落とす、圧倒的なデザインの暴力。 




 使用フォントは極太のダサい明朝体。




「うわぁ! これ、いいじゃないか! 佐倉さん!」



「ですよね!自信作ですから!」




 真っ先に袖を通したのは、榎木さんだった。




 彼はシャカシャカと素材の音を鳴らしながら、鏡の前で何度もポーズを決めている。




「見てくれよ、この『やってる感』! これで冬のカジュアルデーは勝ち筋が見えた。毎週同じポロシャツを着なくて済むよ!」




 榎木さんは、ブランドの価値など一ミリも理解していない。




 ただ、「お揃いの、新しくて高そうな上着」という事実に、子供のように目を輝かせている。




「早速、三階の管理部にも自慢してくるよ! みんな羨ましがるぞぉ!」




 榎木さんは、背中の『DX推進チーム』という巨大な文字を棚引かせながら、誇らしげに二階フロアを後にした。




(……やめてくれ、その背中が僕たちの「公式」だと思われたくない。)




「さあ! 巧ちゃ、あ、先輩も着てください! ほら、特注仕様ですよ!」




 凛が、僕の目の前に最後の一着を突き出した。




 その右腕部分には、虹色の装飾に縁取られたフォントで、誇らしげにこう刻まれていた。




『Leader』




「(……いらない。)やっぱりこの右腕の主張、強すぎない?」




「何言ってるんですか! 船頭リーダーが誰か一目でわからないと、海の上では迷子になっちゃいますよ!」




 僕は泣きたい気持ちで、その「四万円のクソダサジャンパー」に袖を通した。




 悔しいかな、着心地は最高だ。




 肌に馴染む高級素材が、僕のプライドを優しく、しかし確実に締め付けてくる。




「榎木さんが戻ったら、即、写真撮影ですからね! 巧ちゃま、またキラキラした『飛翔』とか『共創』とか入れた文章、よろしくお願いしますね! 映え(?)ますよ、このジャンパー!」





(……南青山の友人たちには、死んでも見せられない)





 僕は、右腕の『Leader』の文字をそっと手で隠しながら、成層圏ではなく、この鳴凪の冷たい潮風に吹かれる覚悟を決めた。





「……はい、高橋さん。今すぐ二階に来てください。至急、広報用のスチール撮影が必要なんです」





 凛が事務机の内線電話を切り、満足げに親指を立てた。

 




「やめてくれ。他部署に見せるのはまだ心の準備が――」




 僕の制止も虚しく、階段をドタドタと駆け下りる音が響く。




 三階へ自慢しに行った榎木さんと、獲物を見つけたような顔の高橋が戻ってきた。





「ぶっ! ははははは! 何だよそれ佐藤! 腕! 腕見ろよお前!!」





 高橋は僕の右腕に刻まれた『Leader』のフォントを見るなり、膝から崩れ落ちて爆笑した。




「……笑いすぎだ。これでも親会社の繊維部門が誇る最高級ブランドなんだ……。機能性は抜群なんだ……」





「ロゴが泣いてるよ! お前、南青山のカフェにそれ着て行けんのか? 『あ、リーダー入りましたー!』って店員に弄られるぞ!」





 高橋の容赦ないツッコミが、僕の残された自尊心を微塵切りにする。





「いやいや、お前ら。こんな魔改造して、本部のブランド管理室に怒られるんじゃないのか?」





 僕が必死に正論で抵抗するが、高橋は涙を拭きながら面白そうにカメラを構えた。





「まぁいいや、俺はただのカメラマンだからな。ぶはは! カタログみたいにキメッキメで撮ってやるよ、リーダー!」




「はい、じゃあ撮りますよ! 榎木さん、いい笑顔です!」




 榎木さんは、一流アスリートが絶対に見せないような、町内会の餅つき大会のようなほっこりした笑顔でポーズを決める。




「次は私です! 先輩、見ててください!」




 凛は凛で、ファッション雑誌のモデルのようなアンニュイな表情を作り、無駄にキレのあるポージングでシャッターを切らせている。





 背中のクソダサい明朝体とのギャップが凄まじい。





「よし、最後は真打ち! 佐藤、真ん中に立て!」





 高橋にレンズを向けられ、僕は逃げ場を失ってセンターに立たされた。





「ほら、先輩! 腕の『Leader』がしっかり見えるように、こう、ぐっとポージングしてください! 鳴凪の未来を背負ってる感じで!」




「……こ、こうでいい?」





「違います! もっと胸を張って! 成層圏を見つめて!」





 高橋が「くっ、ふふっ……いいぞリーダー! 哀愁漂うエリートの成れの果て、最高にダサカッコいい!」とシャッターを連写する。





「よし、撮れたぞ! リーダー、最高に……その、『味わい深い』一枚だ!」





 高橋がスマホの液晶を見せながら、必死に笑いを堪えている。





 そこには、鳴凪の光り輝く海の水面を背負い、右腕の『Leader』を誇らしげに(凛に強要されて)突き出した僕の姿があった。





 高級ブランドのシルエットと、町内会パトロール隊フォントの奇跡の融合。





「(ええい、ままよ。)……もう知らない。宇宙の藻屑になる覚悟……」





 僕は震える指で、社内SNSの投稿ボタンを叩きつけた。




【All Company】

鳴凪から放つ、一体感(Oneness)の熱風――。

皆様、本日は私たちが纏う、新たな「共創の戦闘服アーマー」をご紹介します。

この度、営業企画グループでは、当社が誇る最高級スポーツブランド『フォックス・スポーツ』の特製チームジャンパーを導入しました。

現場の潮風を切り裂き、DXという名の荒波を乗り越えるための、私たちの「誇りの証明」です。

本日午後、私たちはこの輝けるジャンパーを身に纏い、ガス取引先である地元の飲食店様へ取材に赴きます。

地域の「食の温度」を守り、デジタルで繋ぐ。その第一歩を、この背中の文字と共に刻んでまいります。

(添付画像:光り輝く海を背景に『Leader』の文字を光らせ、虚空を見つめる佐藤の写真)

もし、この「鳴凪の熱風」の詳細が知りたい部署があれば、すぐにご連絡を。追加手配の準備はできています!

なお、独創的クリエイティブなデザイン監修は、当支店の佐倉さんが担当しました。

共に、成層圏の向こう側へ飛翔しましょう!

We are Narunagi. We are the Leader.





 投稿完了。




 刹那、スマートフォンの通知が「爆発」した。




「あ! 巧ちゃま、早速本部の方からDM来てますよ! 注目度ナンバーワンですね!」




「……だろうね。苦情かな? ブランドイメージを毀損したっていうクビの宣告ですか?」




 絶望する僕の横で、凛が画面をスクロールしながら声を弾ませる。




「違いますよ! 繊維部の方から、『鳴凪での普及、ありがとうございます!』ってお礼です! 『まだ豊予ほうよ地方には直営店舗がないので、ぜひそのジャンパーで宣伝してください!』って大絶賛ですよ!」




「……は?」





「ほら見てください、この返信! 『その大胆なフォント使い、現場のパワーを感じます』だって。先輩、本部のお墨付きですよ! 公式認定のダサ……じゃなかった、公式認定のリーダーです!」




 繊維部の連中、正気か?




 自社ブランドのロゴの下に「極太の日本語」が入っている現状を、彼らは「現場の熱気」としてポジティブに処理したらしい。





「……よかったじゃないか、佐藤。これで誰にも文句は言わせない。お前は今日から、胸を張ってその『Leader』を世界に晒せるわけだ」




 高橋が僕の肩を叩き、再び「ぶははは!」と爆笑の渦に戻っていく。




「……さあ! 公式の期待を背負って、定食屋の取材に行きましょう! 豊予地方のアイコンになるんですよ!」




(……僕はこれから、この『重すぎる期待(Leader)』を背負って戦場に行くしかなくなった)




 僕は、右腕の虹色縁取りフォントが放つ眩しさに目を細めながら、重い足取りで支店の自動ドアへと向かった。




 背後で響く高橋の「行ってらっしゃい、リーダー!」という声が、鳴凪の潮風に溶けて消えていった。

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