第52話:【デューデリジェンス】M&Aは両面から
車の助手席に置かれた、お母様の手作りのオニギリとおかずの匂いが社内に溢れる。
「凛がいる未来」を真剣に検討する段階。
彼女は株を持っていない。
当然だ、彼女は個人だ。
フォックスエネルギーの社員であって、フォックス社の所有者ではない。
ならば、これは市場を通した公開TOB(株式公開買付け)ではない。
……これは、佐倉家という個人の人格と、その家族全てを僕の人生に組み込む、全面的なM&A(合併・買収)だ。
非公開企業を取り込むのだから、手続きは一層複雑になるだろう。
太郎の懐柔、蓮くんの反感、そしてご両親の承認。
僕側のデューデリジェンス(資産査定)はもう粗方済んだようなものだ。
カオスだけど炊き立てのご飯のような実家、太郎、そしてあの寝癖。
全て把握した上で、僕は彼女を選ぼうとしている。
しかし、M&Aは片方向で行われるものではない。
逆に、凛のほうにもデューデリジェンスをしてもらわなければいけない。
彼女がいま鳴凪でみている僕とは違う、本来の僕。
チプカシもしない。
キラキラした羞恥心を捨てたSNS投稿もしない。
仕事のご褒美に牛丼を選択しない。
外交官の父。
全ては血筋だと言い切り、血統から犬を選ぶ母。
僕の育った世界は、全てにおいて東京的で、冷徹で、合理的なものだった。
……もしそんな僕の家族と価値観に触れたら、彼女はどう反応するかわからない。
本当の僕の価値観を「冷たい人間」だと思うだろうか。
その決定的な溝を、彼女は受け入れられるのか。
そして彼女がその世界を拒絶した時、僕は凛を選べるだろうか。
冷徹な計算機が音を立てて再起動する。
「……確認の為に、東京に一緒に行きたい」
だが、僕の金で連れ出すのは受け入れないだろう。
二万円に涙をのみ旅行を辞める凛。
ぬいぐるみやグッズへの無駄使いが多い彼女だが、不思議とそういう感覚は人一倍しっかりしている。
ならば、チャンスは一つ。
もうすぐボーナスだ。
そのタイミングに焦点を合わせると決めた。




