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五月雨式に失礼いたします〜ハイスペ佐藤くんは天然後輩に振り回されながら恋をする〜  作者: もふおのしっぽ


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第51話:【投資判断】凛がいる未来を前提とした事業計画

(……うう、頭が痛い。でも、下の階が……なんだかすごく騒がしい……)



 寝室の布団の中で、凛はひえひえシートをずらしながら、必死に意識を浮上させようとしていた。




(焼き鯖の匂い……と、お米の匂いがする。それと、あの煮物の……。それに、太郎が吠えるのと、お父さんの笑い声と……)



 フラフラする体を引きずり、壁を伝って階段へ向かう。



(……この感じ。……もしや、巧ちゃまが、サバに乗って現れたのか……!?)




 もしそうなら、一刻も早く三途の川から帰還し、サバから彼を引き剥がさなければならない。



「うう……っ、待ってて、巧ちゃま……! 今、凛が! 凛が降りますからぁぁ!!」




 マッスル猫パーカーを羽織り、凛は三途の川の向こう岸から、必死に階段を滑り降りていった。




リビングに、フラフラと、しかし凄まじい迫力で現れた凛の姿。


アホ毛のアンテナどころはない、重力にさからった盛大なる寝癖。



「り、、凛!!」



 顔を青ざめるお母様。



「バ、バイオハザード発生!! 部屋に戻りなさい!隔離してるのに降りてこないでぇ!!」



「なんだ、パンデミックか!!」



 お父様が競馬新聞を片手に呆然と呟く。

 さっとマスクを二重にする蓮くん。

 そして庭先では、太郎が鋭く吠えた。



「ワン!(未確認ウイルス感知! 警戒レベル最大!)」



 太郎の野生の勘すら警報を鳴らす中、顔色が悪く今にも倒れそうな凛を、僕は瞬時に支えた。



「佐倉さん、フラフラしてる」

(めちゃくちゃ熱い……)



「ひぃん。みんな、楽しそうにして。混ぜて……寂しい」



 意識混濁状態でしがみつく凛。



 混乱する佐倉家を前に、僕は冷静に告げた。




「お母様、あの……僕がうつしたようなものなので、免疫ありますので、部屋に連れて行きます」



 そう言って、凛を抱き上げる。



 「あっ、手土産のアイスクリームを冷凍庫からいただきます……」



 その背中を見送るお母様とお父様は、揃って顔を見合わせた。



 お父様の驚愕と、お母様の呆れが混ざった沈黙がリビングに流れる。



 隅では蓮くんが僕の背中をバットで貫くような勢いで睨んでいたが、今の僕にそれどころではなかった。



 *



 凛を抱えて部屋に入ると、そこは彼女の趣味が爆発した空間だった。



 ベッドや棚を埋め尽くすぬいぐるみやキャラクターグッズの数々。



(……この散財の跡。これのせいでカニを逃したのか)




 僕は呆れつつも、抱きかかえた凛を優しくベッドに下ろした。




 布団に潜り込んだ凛は、熱に浮かされながら、寂しさと頭痛からメソメソと泣き続けていた。




「うう……っ、巧ちゃま……置いてかないでぇ……」



 僕はため息をつきつつも、冷凍庫から出してきたアイスクリームを取り出した。



「……これ、食べれる?」



「は、、はひ……」



 凛は涙目でコクコクと頷く。

 頬が熱で赤く染まっている彼女の額に手を当てた。



(……相当熱いな)



 熱い肌に触れ、僕の心臓が少しだけドクンと鳴った。



「巧ちゃま……いつから来てたんですかぁ……」



「……一時間前くらいかな?ごめん、なんかよく分からないまま夕ご飯をご馳走になってた」



 僕はため息をつき、アイスクリームを一口スプーンですくって、彼女の口元へ運んだ。



「……冷たくて、おいひぃ」



 その反応を見て、僕の口元が思わず緩む。

  


 飲み込んだのを確認して、また一口と口元に運ぶ。



 この甘い冷たさが、彼女を少しでも現実に引き戻してくれればいいのだが。



 アイスクリームを全部食べ終え、僕は空になったカップを置くと、凛を再びベッドに横にさせた。



「……巧ちゃま、帰っちゃうんですか?」



 熱で潤んだ瞳で、上目遣いに見つめてくる。



(……くっ、ここ君の実家なんだよ。長居するのはおかしいだろう)



「……はぁ。お母様には、しばらく様子を見てるって伝えてくるよ」



 僕はため息をつき、凛の布団を掛け直して部屋を出た。



 階段を降りてリビングに戻ると、そこではお父様、お母様、そして蓮くんが真剣な面持ちで顔を突き合わせていた。



(……な、なんだ? 深刻な話か?)



 僕が声をかけると、三人は一斉にこちらを振り返った。



「……巧ちゃま、いえ佐藤さん。もしかして、あなたは凛の彼氏さん?」




「ち、違います。(今は、まだ……)」




 お母様が、全てを見透かしたような微笑みを浮かべる。



「いいのよ、細かいことは。それより佐藤さん、本当に凛をよろしくお願いしますね。……私ら、うつりたくないから」



「え……?」



 お母様の微笑みは、聖母の慈愛ではなく、「感染リスクの完全外部委託アウトソーシング」を達成したビジネスマンの顔だった。



「毎日、毎日巧ちゃまの話を聞かされる身にもなってよねぇ。ねぇお父さん!」



「うむ。日次報告どころか、ほぼリアルタイム報告だな。おかげで娘が今どの段階のウイルスに侵されているか手に取るようにわかる。……佐藤君、あとは頼んだぞ。リビングの防衛ラインは死守せねばならん」



(……あぁ、僕の気持ちと外堀だけは、こういう形で埋まっていくのか)



 蓮くんだけは二重マスク越しに納得いかない顔をしている。



 太郎は穏やかな顔でこちらを見ている。



 こうして僕は、無事に(?)・防疫担当)に拝命を受けた。




 *




 リビングを後にし、僕は再び凛の部屋へと戻った。




 ドアを開けると、布団から這い出た凛が、まるで迷子の子供のような心細い表情でこちらを見ていた。




「……巧ちゃま?」



 彼女は小さく震える手を、僕の方へ伸ばした。



「……はいはい。巧ちゃまですよ」



(……ああ、可愛いな)



 二人であの日食べたアイス、君に帰ってほしくなかった。


 ため息をつき、彼女の隣に腰を下ろした。



 伸ばされたその手を、今度は僕から力強く握り返す。



「……行かないよ。……君が、僕を離さない限りは」



 熱に浮かされた彼女は、その言葉を理解したのか、安心したように目を閉じ、僕の手を抱きしめるようにして眠りに落ちた。





(はぁ……流石に、21時を過ぎるのは良くない)



 僕は眠る凛の手をそっとほどき、一階へ降りてご両親に挨拶をした。



「……遅くまで申し訳ありませんでした。では、これで失礼させていただきます」



「あら……佐藤さん、ちょっと待って!」



 お母様がキッチンから戻ってくると、ずっしりとしたお弁当箱を袋に入れて渡してきた。



「今日、本当にありがとうね。これおにぎりとおかず!やっぱり白米は毎日たべないと。冷凍しておいて」



「……え? あ、いや、そんな」



「いいからいいから! また夕ご飯食べにきてね」



 僕は深々と一礼し、佐倉家を後にした。




 車の助手席に置かれた、お母様の手作りのオニギリ。



 ずっしりとした温かさが、冷徹な僕の心にまで伝わってくるようだった。



 僕は帰路につく車中で、頭を巡らせる。


 ……エリートコースと凛との両立。


 (いや、違うな。)


 凛がいる未来を前提に、どう設計するかだ。

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