第10話:【拡散】SNSマナーなき「おじさんたちの逆襲」
月曜の朝。
出社した佐藤は、デスクに座った瞬間、端末を閉じて天を仰いだ。
フォックスエネルギーのイントラネット、社内SNS『フォックス・ナレッジ』のトップページ。
そこに、目を疑うような投稿が「注目度NO.1」として鎮座していた。
> 投稿者:鳴凪支店 営業企画G 榎木
> タイトル:【オフィスカジュアル】現場のマインド、フルスイング!
> 皆さん、拝承です!
> 鳴凪のおじさん達も「おふぃすかじゅある」を導入しました。
> 総勢10名、ポロシャツの着こなしもバッチリ!
> この「せぐめんと」で打ちっぱなしからの一杯、まさに「りそーす」の最大化ですね。
> (写真1:ゴルフ練習場にて、全員が申し合わせたようにポロシャツを着て、軍団のように並ぶおじさん10人の集合写真。全員、恥を捨てた満面の笑み)
> (写真2:居酒屋。赤ら顔の榎木がジョッキを片手に「ブラッシュアップ!」と叫んでいるようなスナップ)
> そして!
> 我らがアイドル佐倉さんも、佐藤くんと「せぐめんと」の違うサラダのお店で「あうとぷっと」中とのこと!
> オシャレな草(?)ですねぇ。
> (写真3:凛が送った、あの隠れ家イタリアンの瑞々しいサラダと、その向こうで少し顔が写り込んだ佐藤、そして満面の笑みでピースをする凛のツーショット写真)
> 佐藤くん、次は僕も連れてってね。
> よろしくコンプライアンス!
>
既に『いいね』が500近く付いている。
「………………」
(……牛丼にしなくてよかった。けど、サラダの代償がデカすぎる……!)
(……これ、人事評価に影響しないよな?)
佐藤の鼻先に、あのイタリアンの香りではなく、現実という名の加齢臭が漂ってきた気がした。
「……榎木さん。これ、完全に『マナー違反』どころか、社内コンプラのグレーゾーンですよ」
佐藤が震える声で呟くと、隣のデスクから「ふふん」と鼻を鳴らす音が聞こえた。
見れば、そこには「デスノート」を広げ、表紙にツーショット写真を印刷し貼り付けている。
裏面はもれなく『こけし集団』だ。
(やめてくれ……。本当にやめてくれ。)
「佐藤先輩。榎木さんを責めないでください。あれは、彼なりの『透明性の高い情報共有』ですよ。……まあ、私の写真を無断転載されたのは想定外でしたけど」
「……佐倉さん、言葉の使い方がどんどん尖ってきてない?」
(その前に、その表紙もアウトだ)
「先輩に教わった通り、セグメントを分けて考えたんです。あの日のおじさんたちの笑顔は、本部のどのエビデンスよりも価値が高い。……だから、あんなに楽しそうに『ペアルック』アピールしてるんです」
凛はそう言って、ノートに貼り付けたのポロシャツを着て「こけし」のように並ぶおじさん軍団を、慈しむような目で見た。
「でも、僕との写真は消させてください。」
佐藤は、画面の中で「次は僕も連れてって」とウインクする榎木のアイコンを、そっとミュートにし、佐藤は、震え続けるスマホをポケットの奥深くに押し込んだ。
しかし、スマートウォッチが非情にもその内容を、手首の上でバイブレーションと共に文字に起こしていく。
(くそ……いつもの時計にしとけばよかった……)
> 件名:【要回答】鳴凪支店における特定個人のLTV(Love & Together Value)向上疑惑について
> 佐藤
> 小生(これ、お前の嫌いな田中さんの真似な)、社内SNSの爆弾ログを確認した。
> 鳴凪のおじさん10人衆のポロシャツ祭り、あれは何のデモだ? いや、それはどうでもいい。
> 問題は、最後の一枚。例の「佐倉さん」とのツーショットだ。
> 以下の項目について、詳細に回答いただきたく。
> 彼女できたの? 隠蔽(コンプライアンス違反)は認められない。
> 次の同期飲みで「サラダ事案」の真相を全開示しろ。さもなくば、お前のカレンダーに勝手に「婚活パーティ参加(確定)」の予定を全日ブチ込む。
> 拝承待ってるぞ。
>
「…………最悪だ」
佐藤がデスクに突っ伏すと、隣で「デスノート」をパラパラとめくっていた凛が、不思議そうに顔を近づけてきた。
「佐藤先輩、どうしたんですか? また武藤さんから『五月雨式リマインド』ですか?」
「……いや、武藤さんならまだマシだった。同期っていうのは、本部の数倍、マナーもロジックもない『アグレッシブな野蛮人』なんだってことを忘れてたよ」
「? 同期の方から、何か『クリティカルなフィードバック』でも来たんですか?」
凛は、佐藤のスマートウォッチに流れる「彼女できた?」「サラダ野郎」という心ない(?)横文字の羅列を、キラキラした瞳で読もうとしている。
「……見ないで。これは、僕の人生の『コンプライアンス』に関わる問題だから」
「えー、気になる。あ! もしかして、さっきの榎木さんの投稿のせいですか? 私、コメント欄に『佐藤先輩のチョイス、最高でした!』って追い打ち……じゃなくて、補足しておきましたよ!」
佐藤はゆっくりと顔を上げ、凛を見た。
「……佐倉さん。それ、火に油を注ぐ(バーストさせる)っていうんだよ」
凛は「えっ、良かれと思ってやったのに!」と心外そうな顔をしているが、その手元のノートにはちゃっかり『バースト(追い打ち)』と新しい用語が書き込まれていた。
佐藤のスマホは、今もポケットの中で、同期たちからの「おめでとう(という名の呪い)」で震え続けている。
「あ、またコメントついてます! 先輩、これ見てください!」
凛が楽しそうに画面を指差す。そこには、鳴凪の「ポロシャツこけし軍団」の投稿に対して、いの一番に書き込まれた、最も見たくなかった名前があった。
投稿者:高橋 実玖人
コメント:
まるで「サラダ王子」だね(笑)。ベストプラクティス、拝承。
「……高橋……実玖人……っ!」
その名の同期は、佐藤が最も「ロジックもマナーも通じない」と恐れていた男だ。
「『サラダ王子』……。先輩、かっこいいじゃないですか! あれ?高橋さんって、確か……」
「褒めてない! 佐倉さん、それは100%バカにされてるんだよ!」




