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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第一章

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第11話:【迎撃】3階の視線と、切り取られたエビデンス

佐藤は、震え続ける手首のスマートウォッチを無視し、意を決してエレベーターに乗り込んだ。



 目的地は3階。



 支社の管理部と経理部の「島」が広がり、最も「コンプライアンス」にうるさく、そして「噂話」が光の速さでアグリゲートされる魔境だ。



 チーン、という非情な電子音と共にドアが開く。



 一歩踏み出した瞬間、フロアを支配していたタイピング音が、指揮者に止められたオーケストラのようにピタリと止まった。



(……なんだ、この空気は)



 仕切りの低いデスクから、ひょこひょこと頭が上がる。



 ポロシャツのこけし集団だったおじさん達を含む、経理部・管理部の若手まで含む面々の視線が、全リソースで佐藤にロックオンされた。



 その目は明らかに「あ、SNSのサラダ王子だ」と言っている。



《おい、見ろよ。例の『ベストプラクティス君』がお出ましだぞ》



《鳴凪のイタリアンって、あんなにサラダ綺麗なの? 経費で落とせるか相談に来たのかな》



 ひそひそ声が「五月雨式」に耳に届く中、佐藤は真っ直ぐ、同期の『高橋』が座るデスクへ向かった。



 佐藤と同じく出向社員である高橋はニヤニヤしながら、わざとらしくモニターを隠して立ち上がった。



「やあ、サラダ王子。わざわざ3階まで『ナレッジ共有』に来てくれたのか? 小職、感激しちゃうよ」



「……高橋、声がでかい。あのコメントとメール、いい加減にしろ。あれは正当なビジネスアクションだ」



 佐藤が低く鋭い声で釘を刺すが、高橋はどこ吹く風。



 拉致があかないと判断した佐藤が彼を外へ連れ出そうとしたその時、背後で再びざわめきが爆発した。



「佐藤先輩! スマホ、ずっとなってますよ!」



 振り返ると、そこには3階の冷ややかな空気など微塵も気にしない、満面の笑みの凛が立っていた。



 彼女が掲げているのは、佐藤がデスクに置き忘れたプライベート用のスマホだ。



 社用端末を無視された同期たちが、そっちへ一斉射撃を開始したらしい。



 止まらないバイブ音がフロアに虚しく響く。



(終わった……。3階の全リソースが、僕を笑いものにするためにフルコミットされていく……!)



 そつなくこなし、人事評価も高く歩んできた佐藤にとって、それは入社以来初めての「完全敗北」だった。



 数字では勝ってきた。

 だが、噂には勝てなかった。

(ここに留まるのは危険だ!)



「(一旦、下におります!)」



 佐藤は人差し指で床を指し、必死のジェスチャーを送る。



「え??」



「(一旦、下におります!!!)」



 今は「彼女と一緒にいるところ」を誰にも見られたくない!



 エレベーターのボタンを連打し、到着するなり凛を押し込む。



「いや、私ついでに経理部に精算の件を……」


「(それは後でいいから!)」



 扉が閉まった瞬間、佐藤はその場に崩れ落ちそうになった。



 密閉された静寂。



 ようやく地獄から解放されたのだ。



「……佐藤先輩、顔色が精算を却下された時の榎木さんより土気色ですよ。大丈夫ですか?」


「……大丈夫に見えるか? 3階は地獄だ。」

(あそこには『コンプライアンス』なんてない。あるのは『悪意の最適化』だけだ……)



 佐藤が震える手でネクタイを緩めた、その時。



 スマートウォッチが、本日最大級の振動を見せた。高橋からの画像メッセージだ。



「…………は?」



 画面に映し出されたのは、数秒前の自分。



 必死な形相の佐藤が、凛の肩を抱くように(実際は押し込んでいるだけだが)、エレベーターの中へ「連行」している。



 背景には燦然と輝く「管理部」の看板。



> 件名:【速報】鳴凪のサラダ王子、業務時間中に3階から『強制連行』事案発生

> 構図が完全に「訳ありカップルの入店」なんだわ。笑。拝承。

>



「高橋ぃぃぃ!! あいつ、どの角から撮ってやがったんだ!!」


「え? 先輩、今度は何ですか? その顔、システム障害で全データが飛んだ時の顔になってますよ」



 凛が覗き込もうとするが、この「エビデンス」を本人に見せるわけにはいかない。



 佐藤は必死に腕を引いて隠した。



「? よくわかりませんが、いっそ『機内モード(サイレント)』にアサインしてはどうですか?」



 凛はノートに『機内モード(現実逃避)』と書き込み、不思議そうに首を傾げた。



 2階に到着する。



 扉の先には、また別の現場が待っているというのに、佐藤は一歩を踏み出す勇気すら失っていた。



「……佐倉さん。僕、今日で退職ドロップアウトしてもいいかな」


「だ、ダメですよ! まだ小職さんに『フィードバック』してませんから!!」



 凛の口から飛び出す、聞き慣れた、そして今は一番聞きたくない横文字の羅列。



(今は横文字全てが鬱陶しい)



 ああ、彼らは、ずっとこういう気持ちだったのか。



 皮肉にも自分の「弟子」から教えられることとなった。

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