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スルトは概ね充実した生活を送れていると思っていた。
何故だか子どもたちはスルトを遊びの輪に入れてはくれないし、たまに誘われたかと思えば悪役ばかりで何かスルトに恨みでもあるのかと思うほどにぼこぼこに叩きのめされるけれど、それでもスルトは平気だった。
何故だか大人たちはみな目を合わせてはくれないし、かと思えば親の仇でも見るかのように苛烈に睨みつけてくるときだってあるけれど、それでもスルトは平気だった。
スルトは悲しい気持ちを溜め込むような性分ではなかったし、何よりそういう人間ばかりではないことを、スルトは知っていたから。
いまも、スルトにいつも優しい数少ない職員に、先程捕まえたカマキリを見せに行こうとウキウキで廊下を進んでいるところだった、のだけれど。
「——見目はいいのに、目がアレだからな……」
「やっぱり目だけくりぬいて義眼を入れたらいいんじゃない?」
「さすがのスルトでも、大人しく抉らせてはくれないだろ」
「意外といけたりしてね。あなたは口が上手いんだし、あの子はあの子で頭が弱いんだし」
「お前スルトのこと舐めすぎじゃね?」
頬が力なく笑みの形を失っていくのを、スルトは他人事のように感じた。己の手のひらの上に鎮座するカマキリと視線が合って初めて、スルトは自分がいつの間にか俯いていたことに気が付いた。
声の主は、常からスルトに優しくしてくれている二人だった。話しかけても決して邪険にせず、むしろ向こうから気にかけてくれる二人。孤児院しか知らないスルトの狭い世界のなかで、彼に優しくしてくれていたたった二人の人たち。
彼らが抉ってしまえと笑った赤い瞳を、スルトはぎゅっと瞑った。
「目が赤いだけでも災厄ものなのに、スルトって名前を付けるとか院長もなかなかに酷だよな」
「え、あれって髪の色にあやかってスルトじゃないの?」
「表向きはな。ただ、スルトの元ネタは世界を焼き尽くす炎の巨人だぞ。破壊、終末の象徴。さっさと死ねって言われてるのとほぼ同義だろ」
「まあ、国からお金貰って孤児院経営してる以上、捨てられた子どもを保護する場所にもかかわらず、こっちから子どもを捨てたって知られたらどうなるかなんて火を見るより明らかだものね」
くすくす、とスルトの知らない彼らが笑いあっている。
「俺はてっきり、お前がスルトに絆されたんじゃねえかって思ってたけどな。目はアレだし馬鹿だけど、顔だけはいいからさあ、うっかり好きになっちまったかなって」
「まさか。口じゃなんとでも言えるのよ、赤い目なんて世界がひっくり返ってもごめんだわ。ただ、スルトに優しくしてると周りから憐れまれて気遣われるのよ、それが本当に気持ちよくて……」
「ああ分かる、だから俺もスルトを気にかけて——」
そこまで聞いて、スルトはそっと扉から離れた。
茫然と、しかし早くこの場から離れたいという気持ちばかりが急いて、スルトは当てもなくふらふらと、ただ外だけを目指した。
気が付けば、スルトは手のひらのなかのカマキリを見つけた場所にまで戻ってきていた。
そっと手のひらのなかを見下ろして、大人しくそこに収まったままのカマキリに、ほんの少しだけ笑みをこぼす。
「……ごめんな、勝手に連れまわしてさ」
スルトはそっとカマキリを野に放って、しばらくその小さな姿を見つめた。
そして、大きく息を一つだけ吐いて、大きく腕を伸ばしながらころりと芝生の上に仰向けになった。
「そうだよな、理由もなしに俺なんかと仲良くしてくれるわけないよなあ」
言いながらスルトはなんだかおかしくなってきて、ころころと笑い転げた。
これまではあの二人が構ってくれていたから、どんな言葉も態度も視線も平気だったけれど、今のスルトなら独りぼっちでも耐えられそうだった。世界の不条理を知った、今のスルトなら。
だから、スルトは寝っ転がった自身の頭の辺りに降り立った相手に気が付かずに、ころころ、ころころと笑い声を上げ続けた。何が面白いのかもよく分からないままに。笑っていれば、何かが楽になる気がしたから。




